第10話 ジョニーとヤス子
ヤス子は
「この世界は爆弾で作られたのよ。神の爆弾、ビッグバンで。きっとそれを消滅させれば、私の役目は、いえ、クロウの役目も終わる気がする」
「終わらせるんだろ? 僕はそれを信じた。あの子は、もう君の知っている彼女じゃないかもしれない。それでも、救ってもらうよ」
ヤス子は薄く笑う。私が知っているかどうかは重要じゃないわ、と。
「いくら周りの認識で人の存在が曖昧になろうと、魂は変わらない。摩耗したように見えるだけ。ジョニーもそうだった」
「あの男、なぜいつも君の側にいるんだ? 僕のようにビッグバンの爆発を耐えられるわけでもないのに」
さすがのヤス子もこの世の全てが分かるわけではない。数千年の命でも分からないことがある。
「縁……なのかな」
「不確かだな。だがそれも終わる。そうだろう?」
あの子は好きなタイミングでビッグバンを使い、いくつもの選択を渡ってゆく。ヤス子は死ぬタイミングでまた生まれる。この二重の輪廻がもうすぐ終わる。
(ごめんね、ジョニー)
帝国皇帝領。そこに聳える大きな城のような屋敷。皇帝の私室のバルコニーに白爆とヤス子は降り立った。見張りは意図的に下げられているようだった。白爆は彼女の決意を感じる。あの子もやはり終わらせようとしている。
「ヤス子、ついたよ。あの子も覚悟しているみたいだ」
「ありがとう、白爆。信じてくれて」
白爆の頭脳がヤス子の認識を改める。タカ子に似ていると。それゆえに彼女を助けられると。
「……まぁ、君とは数千年の付き合いで、毎回僕の全勝だからね。最後くらい看取ってあげるよ」
「それはどうも……」
ヤス子は服の切れ端で傷口を縛っているだけで、止血を満足にできていない。ふらつく足取りで部屋へ向かう。そしてクロウは大きくなり、肩を貸してくれた。四角い爆弾もそれに追従する。しかし、四角い爆弾が足りない。海に落ちた爆弾は再起してついてきたから、あと1つ。
(あぁ、そうか。ジョニーとギラに渡したっけ)
クンッとヤス子は手首を回す。これで後で追いついてくるだろう。爆弾に書いた似顔絵を思い出す。ジョニーとギラに託した爆弾。
(後を濁しちゃダメだね。バイバイ、ジョニー)
静かな夜。もう争いはない。静かに、静かに沈んでゆくんだ。あの子と一緒にーー
「あの子を頼む」
「えぇ」
白爆は機械の瞳を閉じ、来るべき時を待った。ヤス子がバルコニーから薄いカーテンを開けて中へ入る。天蓋と御簾。シルエットでは彼女は眠っていた。しかしヤス子へ声がかかる。
「ヤス子……来たの?」
彼女の声は10代のそれだ。しかし声の速度は誤魔化せない。何かを通した若い声。もっと本当の声が聴きたい。
「ええ、久しぶりね。タカ子」
何世紀ぶりに会話が成立する。きっと、これが最後だ。
……
ジョニーとギラは爆撃機の後始末をレジスタンスと共に行なっていた。敵は拘束。敵も味方も全員命が助かった。これ以上ない勝利だ。トベとチェルシーは早速記事にしようと写真を撮ったり、レコーダーに向かって捲し立てたり、忙しそうだ。
シャドとシンレイがジョニーの方へ向かってくる。ジョニーは「やれやれ」と座り込んでタバコを探る。今日に限って、ジャケットの胸ポケットに入れた手が空を切る。その姿を滑稽に見たシンレイが笑顔をこぼす。
「あはは、タバコ忘れた。疲れたか? ジョニー?」
「無理しちゃダメですよ?」
ジョニーは後ろ頭を掻いてごまかす。
「おう、もう歳だからな」
「ヤス子は?」
「あいつなら大丈夫さ、クロウもいる。俺たちが居たら、逆に自由に動けねぇ」
ジョニーにヤス子の天敵である白爆の記憶はない。ジョニーはシャドの手袋の陶片を見つめる。爆発が効かない物質……。ジョニーが眼を細める。
「確かに。あの子、凄いパワーね。でもきっと、寂しいね」
「寂しい?」
「爆発に巻き込まれた人で爆弾に選ばれた人がボマーになる。私もだけど、約束させられるね、爆弾に。願いを叶える代わりに、爆弾の願いも叶えてあげるね」
ジョニーは初耳だった。ヤス子の願い、クロウの願い。一体何だったのか。自分はそんなことも知らないのか。ヤス子は死んだら戻ってきた。シンレイは?
「シンレイ、お前、死んだらどうなる?」
「はぁ? 死んだらおしまいね。当たり前のこと聞くなよ」
「そうか、そうだよな」
ヤス子は輪廻し、転生する。ボマー全員がそうというわけではない。ヤス子が特別なんだ。そしてクロウも特別なんだ。ジョニーは今更ながら、自分がヤス子のパートナーをやれていたことを不思議に思った。握った手を見つめる。行くべき……だったか?
「どしたね?」
「いや、なんでもねえ」
すると、ジョニーの頭上でギラが雄たけびを上げた。ギラはもう一度ヤス子の爆弾を爆破し、元の姿へと戻った。ジョニーの首で肩車をした形。ギラの手と、手に持った爆弾がジョニーの目を塞ぐ。ジョニーはギラを心から労った。
「おっとっと。ギラ、お前スゲェよ」
「ギラァ!」
ギラは笑っている。地上に降り立つギラ。そしてギラはヤス子の爆弾をジョニーに返した。受け取ることをジョニーは少し躊躇った。
「いいのか? スゲェ力だぞ?」
ギラは首を横に振るう。ギラは言葉がある程度わかっているようだった。
「ギーラ」
「ギラは強いね! 心も体も!」
ギラは夜空を見上げている。今日起こったことがまるで夢のように。自由になり、大切な仲間ができ、人を大勢助けた。すると、シャドがギラの異変に気付く。眼鏡を直しながら、シャドはギラに近づく。
「ん? ギラ、どうしたのですか? その光は……」
ギラの身体が輝いている。比喩ではない。ジョニーもその姿に心配して声をかける。心に穴が空いてゆくような感覚。
「ギラ? お前、どうした?」
「ギラ……」
同時にシャドのネックレスとグローブもギラの光に共鳴し出す。そしてギラは煌めきの粒となって、ヤス子の爆弾に入った。
「お、おい! ギラ!」
「これは! 爆弾と同化した陶片に、還ったのでしょうか?」
「シャドさん、ギラ、どうなっちゃう?」
シャドが状況から予想を立てる。仮説にすぎないが、これしかシャドは思いつかない。
「この陶片はこの宇宙の誕生によって割れ出たものと予想してる。卵の殻みたいなものだよ。ギラはそれにどこかで付随した生命の集合体だったと考えるべきかな。そしてそれが隕石に乗り、飛来し、バラバラになり、また纏まろうとしている」
シャドが眼鏡を直す。ネックレスも行きたがっているようにシャドの首を引っ張る。シャドは金継ぎのネックレスを外すと、手のひらに置いた。ネックレスが震えている。
「磁石が集まるように各事象が集まっているのかもしれません。より大きな流れに惹かれるように。そうか、君ともお別れか」
その言葉を裏付けるように、戦闘機に付いたものから、シャドの手袋に付いたものまで、陶片が光に包まれている。シャドは手袋の陶片も外す。別れ……ジョニーの脳裏に、ヤス子との別れの経験が想起される。
「まさか……!」
瑠璃色に煌めく爆弾が唸る。ジョニーの手の中で。ヤス子の四角い爆弾がどこかに呼ばれている。ジョニーは震える爆弾を抑えようとしがみつく。
「ダメだ、ダメだ、ダメだ! 行かせねぇ! 行かせねぇぞ、ヤス子!」
そしてジョニーの体は空を飛んだ。正確に言えば、空を飛んだ爆弾をジョニーが掴んで離さない。シャドの陶片たちも後に続いた。
「ジョニーさん!」
「ジョニー! きっと離しちゃダメよ! ヤス子を頼むよー!」
「うわぁぁー!!」
あまりの風圧に掴んでいる手が離れそうになる。しかしジョニーは離さない。まだ掴めるうちに、爆弾を懐に抱える。自分の体ごと持っていきやがれとでも言うように。ジョニーは確信する。これを離したら、もうきっとヤス子には会えない。
「絶対に、絶対に離さねえ! 爆弾! ギラ! 俺をヤス子のところに連れてってくれ!」
とんでもない速さで風を切る爆弾。時速100キロ、200キロ……ジョニーは想いだけで爆弾にしがみつき、人の限界を超えようとしていた。目を瞑り、風に耐え、加速に耐える。爆弾の全面に体を預け、服でもなんでも、もう体裁など気にしていられない。
「ヤス……子ぉ……!」
そのとき、集まった陶片に刻まれた数千年の記憶が光に乗って爆弾と並行移動し、徐々に距離を詰め始めた。方々から光が一つに収束してゆく。
「これ……は……」
ジョニーは人の身でその光の収束に巻き込まれた。彼の脳裏が瑠璃色の光で何かに繋げられる。繋がった先は根源か、はたまた行く末か。
「はっ!」
ヤス子との様々な出会い、そして別れ。数千年の喜びと苦しみ。その魂の記憶が人を超えたジョニーの小宇宙に大宇宙から降り注いだーー
「思い……出した……」
違う時代の様々なヤス子の笑顔、笑い声、抱きしめた時の感覚と香り、そして別れの涙の味。ジョニーの皺が消えてゆく。爆弾は尚も進む。運命に導かれるように。
「待ってろ……ヤス子!」
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