第6話 怪獣とヤス子
突如現れた鱗に覆われた二足歩行の巨大怪獣。トベとチェルシーは混乱する地上軍の只中にいた。基地は原型を留めていない。
「こりゃあ、すげぇ……」
「て、帝国の地上軍の基地が! あ、避難! 先輩、街のみんなに……」
トベは「もう言ってるよ」と、チェルシーにビルの電光掲示板を指さす。避難命令の文字。トベはビルがだるま落としに吹き飛んだ際、既に車中で上司に連絡していた。
帝国日報の心臓部、ヤクモ・アシタバ。トベよりも若いそのデスクの手帳には帝都の全ての機関の重要人物、窓口となる人物の連絡先、連絡回数、貸し借りの数、そして強みと弱みが書かれていた。アシタバからの連絡。それは帝都の重要事件。重役をベッドから跳ね起きさせるなど、訳ない。
「トベ君、毎回、毎回……勘弁してよ~」
その軽口が電話口で聞こえたのと同時に、ビルの電光掲示板には避難を示す命令が表示されていた。
「ジョニー君がさ、帝国やっちゃうかもって。記事の後詰め、よろしくね」
とんでもないニュースだが小踊りするのは早い。帝国を潰す? そんな夢物語をとうとう語るようになったか、あのタヌキめ。トベはそう思っていた。怪獣を見るまでは。
「レジスタンス、立ち上がるらしいぞ」
「マジっすか!? やっぱりジョニー首長って!」
「チェルシー! この場で草案を喋る! 音声録音しとけよ。怪獣が倒れるまでな!」
チェルシーのレコーダーを持つ手が汗ばむ。
「わかってますよぉ! 他社は怪獣が倒れてから執筆! 僕らは怪獣が倒れるときにレジスタンスの蜂起まで一面すっぱ抜き! 最高っすよぉ! この仕事、やめられないっす!!」
月夜の晩、怪獣と対峙する黒い物体をチェルシーは輝く瞳で捉えていた。
(もしかして……あれが、ヤス子?)
……
「あぁ! か、怪獣だ! やっぱりいたぁ!」
怪獣から少し離れた病院の屋上でシャドが子どものようにはしゃいでいる。シンレイは救出した友人に付きっきりだ。未だに余談を許さない。ただ、窓から見えた怪獣にシャドは居ても立ってもいられず、屋上まで走ってきた。シャドの瞳が輝く。シャドの金継ぎのネックレス、手袋の陶片が怪獣の存在と共鳴して光り輝く。
(あれはきっと宇宙由来の生物の集合体だ。それがあの質量! 戦車野郎め、溜め込んでやがったな)
「シャドさん、変わんないね。いつまでも子どもよ」
振り返ると、そこにはシンレイがいた。死んでいると思っていた友人を救出できた。その涙を拭ったことで少し化粧が落ちてしまっている。シンレイの火傷が赤みを帯びる。シャドはシンレイに詫びる。
「友達は?」
「私、あそこにいても、変わらないね。今回もありがとう、シャドさん」
シンレイは大学で新米助教授のシャドの助手だった。全く未知の分野に挑戦しているシャドの姿はシンレイから見ると、本当に子どものようだった。そんな中で、シンレイは調査先の地方でテロ事件に巻き込まれた。反帝国を掲げた爆発に巻き込まれたとき、シンレイはヤス子と同じ光景を見た。爆弾たちが向こうの世界でも人の姿を保つ、強い者の心に語りかけてくる。
「私たちをあなたの世界へ連れて行ってほしい」
「あなたの望みを叶える。だから私たちの望みも叶えてほしい」
「所有者になれなかった者たちの望みを」
しかし、シンレイは恐怖し、爆弾に心を開くことは難しかった。爆弾も彼女に無理強いすることはなかった。彼女が自分の死を受け入れようとしたとき、最後の最後で『二対の三角錐型の爆弾』と出会った。それらは二つを合わせない限り爆発できない個体だった。何故かその爆弾とは通じ合うことができた。シンレイの生への力が戻ってくる。
『私がいないとシャドさん、爆発できないね。あなた達、私たちと似てるね。名前は? 望みは何?』
『名前はない。命を感じたい』
『うん。命を教えてほしい』
『うーん、難しいね。でも、やってみるね。一緒にいくよ。名前……インとヨウでどうかな?』
気付けば病院のベッドで寝ていた。目の前に三角錐型の爆弾『イン』と『ヨウ』が飛んでいる。そして、うな垂れたシャドが椅子に座って眠っていた。聞けば、現場に救助が来るよりも早くシャドがシンレイを救出し病院まで運んだらしい。顔に跡が残ったことを、シャドはシンレイの実家まで謝りにいき、シンレイもシャドに救われたことを話し、二人は元の鞘へ収まった。そしてインとヨウもシンレイの髪の中に収まった。
怪獣の傍に戦闘機がやってきた。そしてその隣には爆弾らしきものが浮いていた。きっとあの女の子だろう。だが、今はそれよりも大事なことがある。自分の行動をシャドは恥じた。
「戻ろう、シンレイ」
「え? いいの? 怪獣貴重だよ?」
「二人の無事を傍で祈ろう。それからでもきっと遅くないさ。人は望んだ方向にしか行けない」
シンレイは「うん」と、シャドの手を取った。
「化粧、直した方がいいかもよ」
「え! とれてる? あー、うー、今はいいよ! もう……」
……
クロウに乗って空を飛び様子を伺うヤス子に、戦闘機が近づいてくる。コクピットを見ると操縦しているのはジョニーだ。ヤス子は爆弾から出ている紐を戦闘機に接続する。これで通信が可能となった。ジョニーがマイクでヤス子に語りかける。
「ヤス子! こいつはパンツァー・カトウの置き土産か!?」
「そのようね」
ゴンダが誇る高性能戦闘機。ヤス子は戦闘機の装備を一瞥する。ミサイルにガトリング。使えないことはなさそうだが、圧倒的に火力が足りない。
「パンツァー・カトウは始末したのか?」
「養豚場へお帰りよ」
ジョニーはカトウへの積年の恨みを吐き捨てた。
「はっ! それならもう猫被る必要はねぇ。完全に安全とは言えねぇが、本丸だけなら充分相手にできる! このバケモンをやれば、レジスタンスの心をまとめられる!」
「そっちは任せるわ。こっちはバックアップよろしく」
ヤス子に頼られる存在。ジョニーは久々の体験に口角が上がる。
「まかせと……け!」
先制攻撃。早速怪獣にミサイルを発射する。怪獣は左腕を振り上げ、向けられた敵意を弾き落とす。爆発するミサイル。しかし、怪獣の側頭部でも爆発が発生する。ヤス子だ。ミサイルを囮として、怪獣の目を狙い、爆弾をぶつけ爆発させる。
しかし、分厚い瞼に阻まれ、眼を潰すには至らない。怪獣が右腕でヤス子を振り払おうとするが、怪獣の首すじでも爆発が起こる。ヤス子だ。
ヤス子は瞼にクロウをぶつけた反動のまま、止まることなく、まるでアメリカンクラッカーのようにクロウの背中側を怪獣の首すじにぶつけていた。高度を下げながら、次は前肩、肩甲骨、腹部、腰……次々と爆破してゆく。ジョニーは久々に見たヤス子の動きに口笛を吹く。
「この音……まるでメトロノームだな」
規則的に連続する爆発に流石の怪獣もたたらを踏む。爆発する毎に威力が上がり、足を爆破する頃には鱗を吹き飛ばせるほどの威力になっていた。クロウは、自らの爆破が効かないと感じると自動で火薬の配合を変えている。しかも内部で空気中の物質から特製の火薬を精製しており半永久機関となっている。まるで心臓を躍動させる人間の「呼吸」のように。
「この配合、覚えて」
ヤス子はクロウの背に手を寄せる。その姿はまるで弟を励ます姉のようだった。
「……」
沈黙の同意。ヤス子はジョニーの戦闘機に繋げた紐をちぎり、怪獣の足元の同じ部分に何度もクロウを叩きつけ爆発し、足を吹き飛ばしにかかる。その姿はまるで狂戦士だ。怪獣の体勢を崩す目的ともう一つ。だが、ヤス子が怪獣に掴まれる。
「ヤス子!」
ジョニーの叫びは最早ヤス子には聞こえない。怪獣はそのままヤス子を握り潰そうとする。苦しげなヤス子の顔、ジョニーは見ていることしかできない。
「くそぉ!」
ガトリングを全開にして怪獣の腕を狙おうとするが、ヤス子の首が出ており、このままではヤス子に当たってしまう。ジョニーは外に出ているヤス子の爆弾を狙う。確かバラけさせれば細かい移動ができたはずだ。
しかし、破壊したクロウはヤス子に集まり、少しは軽減できているようだが、解放には至らない。
「くっ! どうすれば!」
すると、ヤス子はジョニーの戦闘機を見つめる。苦しげな表情ながら、彼女は笑っていた。クロウの破片が瑠璃色に輝く。破片は彼女に操られ、怪獣の口に入っていった。クロウはバラバラとなっても必ず再起する。
そして口内で一度の爆発。怪獣は狼狽し、手を離す。ジョニーの戦闘機がヤス子の足場となる。
ヤス子は地面に向けて手を広げる。すると、地面から四角い再起型思考性爆弾が飛んでくる。カドタのものだ。
「やっぱり大丈夫だったんだ。本当に丈夫ね、貴方たち」
ヤス子は四角い爆弾と自分の配合を共有する。四角い爆弾はヤス子の配合に代わり、意識を共有。合計四つの爆弾が新たにヤス子の力となった。ひとりでに四肢に取り憑く爆弾。ヤス子が微笑む。
「そう、あなたはそういう子なのね」
執拗に口内で爆発を繰り返すクロウ。怪獣が悲鳴を上げる。ヤス子がジョニーに提案する。
「アイツ、子分にしていい?」
「はぁ!? 人間なんて食わせないぞ!」
「人間、本当に食ってたのかな?」
怪獣の足元を爆破していた時、ヤス子は腐った人間の死体の山を発見していた。とんでもない臭い。その山も一緒に爆破し、ヤス子はまた魂を天に帰していた。あの時、狂戦士に見えたヤス子は、慈悲に溢れた破壊神だった。そして怪獣は酷い臭いの中、狭い地下で、どんな気持ちだったのだろう。
「悪い奴とは、思えない」
「はぁ……お前の感は当たるからな。わかった。好きにしろ」
倒れた怪獣のおでこに着地するヤス子。クロウの爆発を止める。
「まいったか?」
怪獣は尚も抵抗しようとする。そして口内の爆発を再開させる。悶える怪獣。再度爆発を止める。今度は四肢の四つの爆弾も一緒に構える。
「ま・い・っ・た・か?」
怪獣は再度の質問にグゥ……と大人しくなる。
「よしっ!」
ヤス子が白い歯を剥き出しにして笑う。丸い月の下で、ヤス子の優しい笑顔が光る。まるで、あの田舎の村で乱暴な少年たちをやり込めた時のように、彼女の笑顔は母のように姉のように慈愛に満ちていた。ヤス子は夜空を見上げ、故郷を想う。
(ツムギたち、元気かしら)
怪獣のおとなしい姿は、どこかヤス子の故郷の友人に似ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます