第5話 パンツァーとヤス子

 地上軍司令室。そこには人……いや、軍服を着た豚の上半身のような男がいた。人を何かが待つ階下へ放り投げている。人を偏愛し、コレクションとして集め、あまつさえ興味のなくなった者は廃棄する。パンツァー・カトウ。それがあの悪魔の名だ。


「おやおや、ここまで辿り着いてしまったのか。待ってくれたまえ。もうすぐエサの時間が終わるからな」 


 なおも人を放り投げるカトウ。奴の周りに魂が見える。奴に殺された魂たちが大勢纏わりついており、ヤス子には最早カトウが見えないほどだ。周りには人間が散乱していた。行方不明の人たちか、実験台となった者たちの成れの果てか。ヤス子はカトウから目を離さない。魂を弄ぶ者にどんな道理があるのか興味が湧く。


「エサ? 何か飼っているような口ぶりね」

「そうだ。人間を食わせている。正確に言えば人のエネルギーを与えている。搾りカスだがな」


 違和感を感じる。ただ人を集め、改造し、標本や手下としているだけではない。エネルギーを何かに与えている。カトウは粗方終えたのか、ヤス子の方へ向き直る。


「私のコレクションを随分と可愛がってくれたようだな……ヤス子」 

 

 カトウがこちらへ向き直る。その醜悪な顔を視界に入れた途端にヤス子はクロウを投げつけ炸裂させる。周りの魂たちが霧散する。しかし、カトウの身体には傷一つない。 


「むはーっはーっはーぁ! 話は最後まで聞きたまえよ! 夢幻ゆめまぼろしの【爆弾】など効かぬわ。この日のために作られた私の身体を見よ!」 


 奴の下半身は戦車となっていた。唸るキャタピラ。対爆装甲。その姿は正しく異形だった。ヤス子は夢幻という言葉に眉をひそめる。カトウは爆弾について何か知っている。ヤス子はクロウを持ち、腕を通して爆薬の配合を想起し、頭の中で配合を組み立て、クロウに伝える。


「夢幻ってどういうこと?」

「ははっ! 意外とおしゃべりなのだな。皇帝が見られたという夢。カドタも爆発事故にあったことがある。チラッとは見たのかもな。夢がボマーの起源だろう? そして幻と契約する」


 ヤス子は遥か昔を思い出す。熱い爆発。自分の死。家族との別れ。タカ子との別れ。そしてクロウとの出会いと誓い。クロウは本当に律儀だ。誓った約束を何千年も守ってくれている。


【タカ子を助ける。それまで私は死ねない】


 あれは夢ではない。まして幻でもない。そのとき、クロウが何か言ったような気がする。しかし、ヤス子はそれが何か思い出せないでいた。


 配合を対人ではなく、対物に特化させ、ヤス子は再度投擲を行う。しかし、クロウはカトウの腰元のキャノン砲に撃ち抜かれ、空中で爆散する。天井に穴が開く。丁度月が見える。


「無駄だ無駄だ! この装甲は宇宙由来の物質で作り上げている! 夢幻など規格外の力の前では無力よ!」 


 カトウのもう一つの目的。宇宙由来の物質の収集。彼の下半身の戦車に纏わせている陶片のような物。瑠璃色に輝く物質。カトウはニヤリと笑い、もう一言付け加える。


「ワシはそう信じておる! 信じる力はこの宇宙では偉大だぞ」


 カトウのキャタピラがうなりを上げ、ヤス子へ突進する。部屋の段差、階段、端末、手すり、そして倒れた人たち。全てを平らに蹂躙してゆく。全てはテロリストの仕業。カトウの所業は卑劣であった。 


 ヤス子は小さな身体を巧みに操り、カトウの突進を躱してゆく。クロウがなかなか再起しない。欠片がヤス子に集まるのみだ。


「はっ! 貴様の爆弾も破壊してしまえばそれまでよ!」 


 カトウは自らの改造された手を5メートルほど伸ばし、ヤス子の首を掴む。その握力は破壊的だ。少女に耐えられるものではない。


「ぐっ!」

「捕まえたぞ、ヤス子よ! 人類の歴史に名を残す爆弾の女神よ! ワシのコレクションも一度壊れたが、また新しい段階となる! 貴様の魂は唯一無二だ! 輝ける魂よ!」 


 ヤス子の首を持つ腕には猛毒の液体が仕込まれている。一度噴出されればその毒性で身体が麻痺してしまう。しかし、カトウはこの時冷静さを欠いていた。ヤス子を、人類史の女神を自分のコレクションに! その興奮がカトウの目を曇らせていた。  


 ヤス子の服はあんなに黒光りしていただろうか。ヤス子の首を持つ彼の指が乱暴に広げられる。ヤス子にではない。ヤス子の首に装着されている黒光りする装甲がカトウの指を押し広げる。


「な!」 


 充分に広がったところでヤス子は腕から脱出し、勢いのままキャノン砲を足で粉砕する。彼女の身体は10歳の少女。そんなことができるはずはない。ただ、彼女の足は黒光りする装甲で覆われており、その一撃はまるで巨人の豪撃であった。 


 そして右腕に首を守っていた装甲が集まる。キャノン砲の折れた口に【クロウ】となった右腕を捩じ込む。配合は【彼】に任せた。


「私は、女神じゃない」 


 次の瞬間、対爆の戦車は司令室と共に弾け飛んだ。天井も壁も全てが爆散し夜の街へ落ちてゆく。もはや屋上となった司令室を傾きがちな月明かりが優しく照らす。どうやらこの街にも明日が来るらしい。 


 辛うじて生きているカトウ。ヤス子の装甲が解かれ、クロウに戻る。カトウの戦車の残骸。その光が消えてゆく。


「まさかな。夢幻の産物に宇宙物質が中和されてゆく……夢から、とんでもないものを引っ張ってきたな……ヤス子よ」

「爆弾は、爆弾よ」 


 そしてカトウの頭蓋にクロウが置かれる。鎮魂の瞬間。ヤス子の爆破が一瞬遅れる。しかし、彼の右手には何かのボタンが握られていた。


「ははははっ! これで貴様も終わりだ! ヤス子ぉ!」 


 ヤス子の爆破がパンツァー・カトウを吹き飛ばす。しかし、ボタンは押されてしまった。揺れる地面。クロウに乗り、空を舞うヤス子。そして深淵たる都市の地下から瑠璃色の粒子がまるで大量の蛍のように立ち登り、結集する。次の瞬間、カトウの隠し玉である巨大怪獣がヤス子の眼前、摩天楼に現れた。

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