第4話 ボマーたちとヤス子

 今日も肉まんの売れ行きが快調だ。やはり寒い帝都には温かな食べ物がよく似合う。帝都南側の屋台市にモクモクと上がるセイロの湯気。それがこの店『欣蕾小吃シンレイシャオチー』の看板だ。

 屋台の前の机では、牛肉麺を啜るワイシャツ、長髪の浅黒い肌の男性と、それをじっと眺めるエプロン姿でお団子頭の若い女店主が何やら会話をしている。男性は何かの陶片を金継ぎした円形のネックレスを下げている。彼の眼鏡が湯気で曇る。店主のお団子頭はわざと乱されており、それは雷雲のようにどこか攻撃的な活発さを感じさせる。


「はぁ……シャドさん、またそんな良い音出して」

「麺を啜ってるだけだよ」


 何故か彼女の顔は紅い。まるで猫が笑ったような表情で机に両手で頬杖をつく。客の流れは落ち着いている。


「美味しそうな音出してくれたら、作った甲斐があるよ」

「まぁ、旨いよ。シンレイの飯は」

「えへへ……」


 シンレイと呼ばれた女性は周りに気を配りながらシャドと小声で会話する。


「シャドさん、怪獣見つかったか?」

「探しているのは宇宙由来の物質。多分、これと同じものさ。怪獣と決まったわけじゃない」


 シャドはネックレスをシンレイに見せる。陶片のようなものが金で繋ぎ合わされている。


「だが陸上軍のお偉方が怪獣らしいものを飼ってるらしい。関係があるかも。あの趣味の悪い戦車野郎のことだ。一筋縄ではいかない」

「私、あいつ見つけたら多分正気保てないね。友だちたくさんいなくなったよ。きっとあいつよ。私、カタキ取りたい。」


 シンレイの店にも行方不明者の情報提供の紙が貼られている。シンレイの店だけではない。この市場の全員が解決を望んでいる。それでもラジオやテレビでもその関係の報道は今日もない。


「でもチャンスがないと難しいね。さっき新聞屋のかわいい丁稚が来たから、何か騒ぎが起きそだよ?」

「だったらいいけどね。騒ぎに乗じて、隕石の情報をいただくくらいはしたい。危なくない程度に」

「何かあったら守ってあげるね」


 シャドは街の上級警備員の身分証を首から下げている。ここ最近、連日報道されている隕石関係のニュース。全て大気圏で消滅したらしいが、果たして。シャドは小型のPCを取り出し、なにやら文を打ち込んでいる。

『小惑星に追随して飛来する微生物の生態について』


「ま、今は『ケン』。待ちの時間さ……客だぞ、シンレイ」

「あー! いらはいいらはいー! 包子パオツー? ビンはもうこの時間からは焼かないね。作り置きになるよー、その代わり半額だよー?」


 元気に接客するシンレイ。その彼女の耳は繁華街の喧騒の中でも陸上軍の基地から聞こえた爆音を聞き逃さなかった。


「! シャドさん、爆音ね!」


 シャドはというと、喧噪にまぎれて聞こえなかったのか、のんきに構えていた。


「祭りか何かかな? 確かに何か……」

「お客さんたち、今日は閉店ね。ごめんね。これ今日は特別! 全部タダでいいからあげるね。また来てね♪」


 お客たちに最高の笑顔を振りまき、残り物を配り、シンレイは屋台を手際よく片付ける。サッと仕舞えるものだけを売っていたのはこのためだ。シャドも彼女の直感を信じ、机と椅子をテキパキと端に寄せる。シャドとシンレイの顔つきが変わり、彼女の顔の紅みが増す。化粧で隠された火傷の痕が興奮でほのかに覗く。


「行こうか、シンレイ」

「うん。シャドさん、心の音、良い音ね」

「緊張してるな、多分」


 シャドは胸に手を当てた後、茶色の革手袋をはめ、ネックレスと共鳴させる。シンレイはエプロンを脱ぐ。スキニーなジーンズにスタジャン。そしてレイナの背後には、いつの間にか三角錐型の物体が二つ浮かんでいた。


……


 街と基地を隔てる高い壁。数字の5、戦車のエンブレムとヒゲ面ニヤケ顔。妙な絵が描かれた背の高い門は高圧的で、ヤス子とクロウの導火線に火をつけるには充分な鬱陶しさだ。見張り台には兵士が数人。手にはライフルを持っている。


「流石にただ飛んだだけでは撃たれそうね」

「……ピ」

「いくよ!」


 爆ぜる門。重厚な門が粉微塵になる。爆発跡が赤く光りマグマのように音を立てている。黒煙が見張りの兵士の視界を塞いだ。


「な、なんだ!?」


 兵士がライフルを構える。しかしヤス子の姿はまだ見えない。黒煙が晴れてゆくと、そこには少女が。しかし、彼女の次の行動に、撃鉄に当てた指が止まる。彼女は爆弾の上に乗っていたのだ。


「な、何をして……」 


 次の瞬間、クロウは爆発し、ヤス子とクロウが消えた。彼女たちは爆発の衝撃を利用して破損した壁をゆうに飛び越え、その先の軍司令部へ続くエントランスの屋根へ降り立つかに思えた。実際、降り立てば待ち受けた銃弾の格好の餌食だ。 


 しかし、ヤス子は共に飛び上がったクロウから生えてきた紐を持ち、エントランスの屋根にクロウを叩きつけ爆破。そしてまた爆風で高く飛び上がり、一瞬にして司令部のある奥側のビルへ辿り着く。そして尚も彼女はクロウを同様にビルへ叩きつけ、爆破。82階建てのビルを外側から上へ爆風で飛び上がる。兵士が逃げるのを確認し、爆破。逃げない兵士がいる場合は威力を加減して爆破。徹底している。 


 ヤス子は途中、むせ返るような魂の濃度の部屋を見つける。窓を割って中に入ると、多くの人間が標本のように飾られていた。それはまるで美術館のようで、ヤス子は目を見開く。ゆっくりと近づくと、標本の下のプレートに説明書きまであった。


『帝都外苑にて確保。その髪質、瞳色。他に似て非なる。美しい。よって実験体ではなく、ここに保存する』


 ヤス子は奥歯を噛み締める。何回人生を繰り返しても、やはり人の非道というものは慣れない。奥歯だけでは足りず、拳も悔しさで軋む。彼女は標本の表情を見ている。眠っているような静かな表情に眼だけが開いている。その瞳の裏をヤス子は透視するように眺める。そして彼女の瞳が鋭くなる。


「……自分以外はもうどうでも良くなったか、『タカ子』」


 タカ子。その存在は今はヤス子にしかわからない。ヤス子の表情は悔しさを含んでいた。

 彼女の標的『パンツァー・カトウ』。彼は自分の軍を増強するためにたくさんの人々を攫っていた。ボマーのコピー作成のために。さらに気に入った者は遺伝子を保存するという名目で標本にされていた。ヤス子の目から流れる涙は犠牲者たちが流させた涙だろう。


 警報が鳴り響き、ヤス子がいるフロアから人々が避難してゆく。実際ここまで彼女の後を追うのは一般の兵士には無理だ。彼女は爆発と同時に爆風で飛び上がり姿を消す。これを追い回せる者などいない。同じボマー以外は。ヤス子の足元に四角い爆弾が投げられる。


「!」


 飛び退いたヤス子は側面から強い蹴りを受けて壁へ吹き飛ばされるが、クロウが盾になってくれた。ヤス子がぶつかっても標本のケースはびくともしない。


「……くっ」

「威勢がいい奴がいると思ったら、やっぱりお前か、ヤス子!」


 見開かれた目、迷彩服にゴツゴツした体。そして身体の四肢につけられた長方形の4つの爆弾が呼吸している。クロウと同じ『再起型思考性爆弾』。地上軍特殊爆破部隊隊長「カドタ」がヤス子の動きを止めた。ゴロリとヤス子の蹴られたお腹からクロウが転がる。その姿は外殻を広げて呼吸を伴い、相手を威嚇しているようにも見える。


「それがお前の得物か……確かにボマーってわけだ。初めてだぜ、ボマーとやるのは」

「お前と一緒にするな、三下」


 ヤス子は実力を看破しているようだが、カドタは飄々としている。彼女の意図が伝わっていない。


「蹴り飛ばされていて、よく言うぜ。足ガクガクのくせによ」


 まだ幼い身体に彼女の闘争心がついてきていない。ヤス子は階下にも別の爆弾の気配を感じていた。


「格上の相手をやるなら最初の一撃でやりなさい。二度もチャンスを逃すなんて、三下以外の何者でもない」

「二度?」


 そもそもどうしてコイツはヤス子の名前を知っている? 答えはもちろん、今のヤス子を見たことがあるから。


「私の家、吹っ飛ばしたのはテメェだろって言ってんだよ、三下ぁ!!」


 あどけないヤス子の顔が復讐に歪む。カドタから飛ばされる爆弾。その爆炎がしっかりとヤス子を捉える。しかし、彼女はカドタの爆破をまともに受けながらもクロウから自身の配合を抽出し、爆炎に混ぜることで軽傷で済ませる。カドタの爆発の風味にヤス子は確信する。じじとばばをやったのはコイツだ。 


(許さない。いや、許す必要はない!)


 爆発には個性が伴う。ボマーは寿命で死ぬ頃にようやく完全な配合を見つけ、その時初めて爆弾と一体になれる。ヤス子はこの数千年でクロウとの一体感という点では人智を超えている。


 カドタの爆弾のうち、足の爆弾が爆発する。爆風で並行移動する彼は、さながらスケート選手のようだった。勢いのまま拳がヤス子へ向かう。ヤス子はそれを身体を翻して躱し、力を溜めたクロウを意思で爆発させる。


 クロウは火薬の配合を器用に変えることができる。今の爆発は対物への衝撃。人には効かないが、物であれば範囲内全ての物を破壊する。標本を覆っていた大型ケースから、柱、床に至るまで、人以外の物が全て破壊される。そのスケールにカドタは恐怖した。


「な! 床が!」


 階下ではコピーのボマーたちとシャド、シンレイが争っているところだった。彼らの行動速度も脅威的。恐らくボマーだと、ヤス子は読んだ。


「なに!」

「アイヤー!」


 床が崩落し、コピーボマーの大半が無力化される。ヤス子は腕を組んだまま階下へ降り立ち、カドタへ向けて仁王立ちを続ける。その表情は硬い。


「くっ! 化け物じゃねえか! 何が『ただの少女』だ! テメェらも何だ! テーマパークじゃねぇぞ!」


 ヤス子は火薬の配合を対人爆弾にしなかった。標本となっている人間の中に生きている者がいる気がしたからだ。ヤス子の視界にぼんやりとした雲か霧のような光の塊が浮かんで見える。その形が小さい者がいた。彼女の経験上、小さい魂は恐らくまだ生きている。


 帝都には多くの人々の魂がいる。兵士として死んだ者、囚われた者、そして犠牲になった者。彼らの魂をできるだけ彼女の爆発で救い上げる。彼女が育ての両親の魂を爆破したのと同じように。


(見ててね……タカ子)


 見知らぬ二人にヤス子は指示を出す、軍と争っていたのだ、立場は同じだろう。


「あんたたち、あそことあそこの娘、まだ生きてる。任せていい?」

「えっ!」


 シンレイはヤス子が示した娘の顔を見た途端、瓦礫の中を駆け出した。あの必死さなら、おそらく友人なのだろう。


「ルオシー! アキナ!」


 その歩みをカドタが阻む。長方形の爆弾をシンレイに投げつける。


「掃討官の宝物を盗むってかぁ!」


 シンレイの前にシャドが立ち塞がり両手を広げる。太古の陶片のようなものを手袋に埋め込んでおり、再起型思考性爆弾の爆炎でさえ、彼の手とネックレスのバリアを超えられない。


「ほう、コピーは良いとして、本物の爆弾もやはり陶片と相性は良いらしいな。実に興味深い」


 そしてシャドの背中を踏み台にシンレイは大きく飛び、三角錐型の物体が鋭利に姿を変える。


「邪魔ね!」


 三角錐が何度も交差して飛び、カドタの右腕を貫き、血が吹き出す。シンレイはその脇を掠め、二人を救出する。シャドもそれについて来ている。二人ともかなり素早い。シャドが上着をシンレイに渡し、守るように手を広げる。


「シンレイ、一度引こう。二人を連れてこれ以上は無理だ」

「戦車野郎殴りたいけど、仕方ないね。お嬢さん! 借りはまた返すね!」


 三角錐の物体を背中につけ、二人は夜の街を飛んだ。


「あー、定員オーバーかもしれないね!」

「一人貰おう」

「変なとこ触ったら分かってるね!? シャドさん!」

「わかった、わかった! 落ちるって!」


 カドタは苦々しく二人を見送るしかなかった。カドタの敗因は二人に構いすぎたことだ。


「くそ! 掃討官に何と報告すれば……」

「大丈夫よ。私がよろしく言っておくわ」


 足元にクロウ。ゴロリとカドタの足元に死が迫る。見ると今までと大きさが違う。小型でひっそりと迫る。しかし、地獄のような殺気を放っている。


「くっ! 爆弾ども、俺を守れ!」


 長方形の爆弾4つが十字に集まり、カドタを守ろうとする。だが、二人のおかげでヤス子の配合は完璧に仕上がっている。人も物もクロウの威力は防げまい。ヤス子は4つの爆弾に別れを告げた。


「健気ね、あなた達。もし残ってたら、また会いましょう」 


 クロウが爆発する。この部屋で迷っていた魂たちも爆炎と共に昇ってゆく。その威力は部屋のみならずフロアごと消し去り、上の階がそのままだるま落としのように降ってきた。ヤス子は上を見上げる。クロウが彼女を守る。衝撃音の後、彼女は怯むことなく上階へ向かった。

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