第3話 マスコミとヤス子

 ゴンダビルを狙った爆発。帝国トップ企業がテロリストに襲われたという衝撃は爆発と共に帝都全体に瞬く間に広がった。スラムの住人やレジスタンスはこの瞬間とばかりに大騒ぎし、数人が拘束されたとラジオのパーソナリティが語っている。


「馬鹿な奴らだ。大人しくしてりゃあいいのによ」 


 繁華街とスラムの間に位置する雑居ビル。うなぎの寝所といえる建物の1階と2階にその新聞社はある。帝都日報。その隣の3台しか停められない狭い駐車場。停車している小型車の中で、その男は燻っていた。


(あの爆発……ありゃあテロリストの仕業なんかじゃねぇ) 


 ヨレヨレのストライプのスーツに中折れハット。足をハンドルの上で組み、顔を帽子で隠している。特注の無線で風を拾い、帝国の通信、兵士の動きを傍受する男。その行為が法律で禁止されているのは言うまでもない。 

 助手席のドアが開く。乗ってきたのは紙袋を持った笑顔の少年だ。


「買ってきましたよ、トベさん」  


 白いシャツに七部丈のパンツ。サスペンダーにキャスケット。新聞屋の丁稚を絵に描いたような少年はトベと呼ばれた人物の後輩だ。会社から「教育せよ」と託された期待の新人は今日もトベの講義を録音したレコーダーを大事そうに持っている。対帝国特班員イサム•トベは彼のその姿をできるだけ見ないようにしていた。


「おう、ご苦労」 


 少年の紙袋を取り上げ、中に入っていた肉まんをむさぼる。変わり者の後輩のシャツの裾、パンツのポケットからレコーダーのマイクが覗いている。一つ二つではない。『録音されている』その圧に耐えられるのは社内ではトベくらいだった。そして可愛い後輩は質問をする。


「なんか面白い情報、入ってきました? 行方不明の人たちの行方とか……」


 トベが肉まんを握る手が止まる。トベが片手で取材ノートを捲り、該当のページを取り出す。被害者はいずれも元気で明るい、人の目を引く存在。街やその周辺から次々とそんな人が消えている。一方で陸上軍は増員、そして新聞社には陸上軍から行方不明事件の情報統制が入った。


「あのなぁ、チェルシー。ビッグニュースなんてのは無線からは来ねえの。地味ぃな地味ぃな情報をビッグニュースにするのが俺らの仕事。それに、きっとその事件は陸上軍を見張ってたら、そのうち出てくるさ」

「やっぱり、帝国が絡んでるんですね」


 紙袋を取り返し、中を探る彼の名はテルシ•アオヤマ。愛称はチェルシー。跳ねるような声のトーン、キャスケットを直す仕草、そして少しの行動に添えられるささやかな笑顔。そんな姿が女性社員の間で人気となったことからトベが名付けたが、本人もその愛称を気に入り、意外にも全員に浸透した。社員たちは口をそろえて言う。「録音が無ければ最高」と。


「まぁ、情報統制出してるところが本丸ってのはよくあるわな。」

「勉強になります!」

「いや、あっちゃいけねぇと思うのよ? 本来」


 車の後部座席には二人がすっぱ抜いた帝国のスキャンダルを報じる記事の新聞がほったらかしにされていた。日付は3か月前。そこから更新はない。


「記事……書きたいっす」

「奇遇だな、俺もだ」


 無線の傍受はトベが左耳に付けたイヤホンと特製の小型端末で行っている。その小型端末は帝国軍で使われているものに似ているが改造された跡がある。


「トベさんってどうして傍受なんてできるんですか?」

「言ったろ? 昔いたんだよ、あそこに」

「また一人で危ない橋渡るんだから……僕たち、チームじゃないんすか?」


 傍受しているのはあくまでトベ一人というスタンスを取る。彼のルールだ。チェルシーは無線を聴かせてもらえないため、自分で録音した過去のトベの講義を再生している。そこに興味深い名前が出てくる。 


「あの、トベさん。ヤス子って誰なんですか?」 

「忘れろって言ったろ」 

「無理ですよ、あんな未確認生物みたいな説明を聞かされたら」


 ヤス子……それはトベの無線から時々漏れ聞こえてくる名前だ。帝国が注目している存在。なんでも両親をパンツァー・カトウの子飼いのボマー「カドタ」が殺したとかいうとんでもない話がトベのイヤホンから聞こえてきたのが数日前だ。


(ヤス子の両親か。今は少女の姿らしいが……どうなっている?)


 トベの表情が曇る。チェルシーはいつの間にかトベの研究資料を手に取っていた。そこには、とある洞窟の古い壁画の写真が貼られていた。映っているのは「爆弾を連れた少女」と死や輪廻をモチーフとする記号だ。メモには『縄文時代』、『古エジプト文明』、『紀元前』と書かれている。他にも色々な王朝の歴史において、『爆弾を連れた少女』との戦いを表す痕跡が残っているようだった。


「勝手に見るなよ」

「と言いながらも、トベさんは僕から資料を奪うことはないのであった」

「……好きにしろ。誰かに追われてもしらねぇぞ」

「え、怖……」


(……僕たち、チームじゃないんすか? か) 


「もう少し捲ってみろ」


 チェルシーがトベに言われたとおりに数ページ捲ると「ボマー」というページにたどり着いた。


「ボマー?」

「お前が知りたい、俺の目的さ。世界に数人しかいない、爆弾を連れた存在。自ら考え、望みを叶える爆弾。所有者ではなく爆弾自身の望みをな」

「オカルトですか?」


 チェルシーは怪訝な表情をする。トベは少し突っ込んで説明したやったが、やはり突き放すことにした。今はまだ。


「だから言ったろ。お前にはまだ早ぇよ」


 トベは一気に思考を巡らせたために、こめかみを抑え、軽くマッサージを行う。チェルシーもトベの資料をダッシュボードにしまった。時刻は21時。あの爆発から2時間が経過した。


「あ、ジョニー首長の会見が始まりますよ」

「音上げろ」 


 トベはハンドルから足を降ろすが、座席は倒したままだ。チェルシーはラジオの音量を上げる。


「今回のテロリストの行為は非常に悪質なものである。しかし、私はこんなことでは倒れないぞ。粛清部隊の増員を行った。2倍だ! 街に潜む反帝国政府の異分子は関係性が判明次第、重罪に処する。覚悟しておけ」


 一見すると支配者然とした態度だが、トベはその本質を見抜く。


「ふっ、タヌキだねぇ。『判明しなかったら有耶無耶にします』って言ってらぁ。しかも判明しない自信ありって声だ。こりゃあ今夜なんかあるぜ」

「ホントですかぁ? トベさんのカンって結構外れるしなぁ」 


 チェルシーも袋からピザまんを取り出して一口食べる。トベにホットコーヒー、自分にはホットティーだ。


「まぁ、見てろって、絶対に何か……」 


 すると、トベの小型端末が複数の雑音と断続的なビープ音を傍受する。ガバッと、トベが姿勢を正し、左耳に神経を集中し、端末の目盛を細かく調整する。彼は軍属時代に築かれた脳内の暗号帳を捲っているのか、指がリズミカルにハンドルを叩く。そしてチェルシーから無言で渡されるメモ帳とペン。『暗号帳の種類』、『縦横の記号』、『羅針盤(文字変換の小道具)の回転数』が次々とトベによって書かれてゆく。


(少し変えてきてやがるが、付け焼刃だな。羅針盤を変えるくらいして来いよ……【陸5番から侵入者】か!)


 トベは傍受を正しい手順で止める。一拍おいて、チェルシーに笑顔を向けた。


「来たぜ、チェルシー! 陸上軍だっ! 5番ゲート行くぞ!」

「い、いきなり軍部ですかぁ!?」 


 トベはアクセルを全開にして新聞社を後にする。新聞社の名前が書かれた小型車は道路の段差も颯爽と飛び越えていった。

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