第2話 相棒とヤス子
ヤス子とクロウはかつてのパートナーを訪ねて帝都に来ていた。ヤス子は記憶を辿り、彼のイメージを想起する。
(『目立ちたがり』で、『金に堅実』、『静かな抵抗』。『どこかかわいい奴』……そうだったかしら?)
帝都は南側といえど肌寒い。ヤス子は暖かい息を手にかけ、その手をこすりながら街のモニターでニュースを眺めている。彼女が相棒を探すときはいつの時代も必ずニュース媒体を見る。彼ならきっと目立つ場に現れる。そしてその時はやってきた。
『本日の『経営者の一言』は大型モービルを取り扱う、我らが帝国の導火線! 帝都首長企業『ゴンダ』のジョニー・ゴンダ首長です!』
何度繰り返しても相棒の姿を見つけるとヤス子の右の口角がフッと上がる。
(へぇ、今回は羽振りがいいわね。ジョニー)
ヤス子は子どもの姿を利用して街で聞き込みを行う。先ほど路地裏で絡まれてやったときに返り討ちにした男の金でそれなりの暖かい服を買う。クロウは小さくなり、コートのポケットに入った。
(うん。あいつの隠し子ならこれくらいの服だろう)
そして、ヤス子は街の警備員の詰め所へ向かった。そこはコンクリート剥き出しの簡素な箱という感じだった。ここでいいのか? と、訝しげにヤス子はゆっくりと引き戸を開けた。
「えぇ!? 君がゴンダ首長の子ども!?」
「はい。父を訪ねるように母に言われて、これだけ持って、ここまで来ました」
ヤス子はほどほどに身なりは良いが汚れた服で現れ、握った拳でなけなしの金を机に出す。
「で、でも、ゴンダ首長って独身……」
「ばか、お前、それは……そういうことだろ」
「えぇ……?」
こそこそと相談を行う警備員たちにヤス子はジョニーの居所を聞く。
「あの……父のビルって、どこですか? 場所だけでいいんです。外から、眺めるだけでも……」
「あぁ、ゴンダビルなら帝都南エリアにあるビルだよ。ここだ」
親切な警備員たちは地図で場所を示してくれたり、お菓子や飲み物まで出してくれた。
「ただ、ビルのすぐ南側はスラムだ。あまり近寄らない方が良い。武装アンドロイドが出動しているとか、そういう噂も……」
「おい!」
言ってはいけないことだったのか、若い警備員の椅子が先輩らしき人物にに蹴られる。武装アンドロイド。帝国の対人兵器か。
「ありがとうございます。気を付けます」
さて、目的地は分かった。生放送らしい番組が終わるまで待機だ。すると、先ほどの若い警備員が先輩の眼を盗んでヤス子に情報を渡してくれる。
「南エリアで困ったら、ここを訪ねたらいい。きっと力になってくれるよ」
ヤス子にはクロウがいるので、困ることは基本ないのだが、ありがたくメモを受け取った。『帝都日報』……新聞だろうか。若い警備員が奥に呼ばれる。はにかんだ笑顔で彼はヤス子に少し待つように言った。そろそろ限界だな。
「陸上軍のお偉方が女の子を探しているらしい。テロリストらしいぞ」
「君、もう少し詳しく話を……って、あれ?」
ヤス子の姿はない。机の上には手を付けていないお菓子と飲み物。そして書置きが残されていた。
『ありがとう、優しいおにいさん』
……
帝都南エリア。ゴンダビルの上空。先ほどのテレビ局のクルーが帰るのをクロウに乗り、空から見ていたヤス子は目的の部屋の窓までたどり着くと、硬質なガラスにクロウごと体当たりし、中へ侵入した。見知った顔の男がデスクの向こうで驚き、思わず立ち上がる。
「な! お、お前ーーヤス子か? その体は……」
「やっぱり最上階の角部屋だった。ジョニー、老けたわね」
驚いた顔のまま、一瞬躊躇い、男は大股で近づいてくる。ジョニー・ゴンダ。先ほどまでテレビに出ていたヤス子の元パートナーにして巨大企業『ゴンダ』の社長兼この街の首長だ。
ただ、ヤス子を見たジョニーの表情はテレビで見たような強面ではなかった。ヤス子の目の前まで歩み寄り、腰をかがめ、ヤス子と目線を合わせ、涙目のまま抱きしめた。ヤス子はジョニーの背を軽く叩いた。
「お前はいつも突然現れる。しかも出会った頃のままで……やっぱり不思議な女だ」
「この爆弾、クロウがそうさせるの。現れる時もこの子が決める。話したことはあったでしょ?」
「にわかには信じられなかったよ。実際、今の君を見るまではな」
ヤス子が生まれ変わり、老夫婦に拾われる前。帝国子飼いの処理屋として、汚れ仕事ばかりを行っていた二人は、その状況から逃げ出そうとしていた。当時ヤス子は20歳、ジョニーは26歳。その時のヤス子は戦いに疲れ、ジョニーと共にいることが喜びだった。
「ヤス子! 俺たちは自由になるんだ!」
「ジョニー! 爆弾も一緒よ!」
「もちろんさ!」
懐かしい記憶だが、結果は失敗。二人は帝国からの追手に追い回された。ヤス子は逃亡先で帝国に命を奪われ、クロウは爆発。彼女はジョニーの前から姿を消した。彼女の閉じられた運命が回り、その10年後、今回の人生へ転生した。そして幸せな10年間を故郷で過ごし、今に至る。ジョニーはもう46歳か。
「お前がいないこの20年で、俺の手はまた汚れちまったよ」
ジョニーがヤス子から離れる。ヤス子がいなくなった時のジョニーの絶望たるや、彼が帝国の支配へ下るに充分だった。そしてまた彼女が現れた。
「やり直せばいい。このクロウや私のように」
「俺はお前じゃないんだよ」
ヤス子は何も酔狂でそう言っているわけではない。彼女の相棒はいつも決まって『ジョニー』だ。何世紀にも渡る連綿と続くその魂の繋がりは鎖のようにヤス子とジョニーを結び付けている。
それはジョニーも同じだが、彼には毎回、前世の記憶がない。いつも覚えているのはヤス子だけだった。そして、また彼女は爆弾と共に現れた。帝国が蔓延る、この世界を今度こそ浄化し『あの子』を救うために。ジョニーの一度の人生で二度もヤス子と出会うのはとても珍しいことだった。
「見ろ、今や全ての街は帝国のものだ。街のネオン、ビルの灯り、人の喧騒、金の流れ。全て帝国が手に入れたもの。俺たちから無くなったものだ。帝国はこの星のすべての国を力で脅かし、統合しようとしてる。世界平和はもうすぐらしいぜ」
地上ではスラムの人々がそれぞれのルールで暮らしている。暗い照明、捨ててあるのか置いているのか分からない車や家具。そしてアスファルトから立ち上る残雨の香りに、廃油のような臭いが混ざっている。そして、人々の叫び声。武装アンドロイドの人々を襲うセンサーの光。
「狂った光は、見るに耐えない」
ヤス子はクロウを窓から街に向かって投げつけた。
「おい!」
クロウが宙を舞い、少しの間が開く。そして地面で炸裂する爆弾。阿鼻叫喚の叫び。しかし、その叫びはすぐに歓声に変わる。クロウがまるで巻き戻されるようにヤス子の手元に戻り、録音機能で下のスラムの音声を伝える。
「帝国のアンドロイドが壊れたぞ! 今のうちに逃げよう!」
「お母さん!」
「大丈夫よ! 神様が見てくれてるんだわ!」
唖然とするジョニー。何が起こったのか。黒髪の透き通るような少女が彼の記憶の中の女性と重なる。心の温かさはそのままだ。しかしこんなに冷たい表情だっただろうか。
(犠牲者が……出ていない? この距離、この高低差で武装アンドロイドだけを狙って……)
「ビューティフル……」
思わずジョニーは呟いてしまった。咄嗟に咳払いでごまかす。それは遠い昔。まだジョニーがヤス子の相棒だった頃の口癖。
ヤス子の鋭い目元がジョニーを射抜く。問うような視線。答え次第ではその眼差しは侮蔑へと変わるだろう。ジョニーは息を呑む。
「腐ったのはお前もか? ジョニー」
「……言ったろ、俺はお前ではない。できることを、やっているさ」
電話が鳴る。
「すまん……私だ。あぁ、スラムの住人への『粛清部隊』を増員しろ。アンドロイドが出てきているーーそうか、分かった」
『粛清部隊』という言葉にヤス子の眉間が割れ、眉が不機嫌に曲がる。
「ジョニー……」
「安心しろ。粛清部隊という名の『防衛部隊』さ。そう言わないと北側が納得せん。武装アンドロイドなど、たとえスラムだろうとこの街には入れされるわけにはいかん。やってる風って奴さ」
ジョニーは自らの会社を隠れ蓑に住人を守っていた。聞けば、先ほどの警備員たちもそちら側の連中らしい。ヤス子の口元だけが綻ぶ。
「身内が爆弾で殺されたわ。見ず知らずの私を赤ん坊からここまで育ててくれた。私は帝国を許さない」
ジョニーが「そうか……気の毒に」と言いながら、複雑な表情を浮かべる。ヤス子の冷たい表情の理由が分かった彼は、ある一人の男の顔を思い浮かべ、頬を震わせる。ヤス子はジョニーの当てがありそうな表情を見逃さない。それほどにヤス子からジョニーへの心のベクトルは太く、長い。
「当てがあるの?」
ジョニーが背中を向けて言いづらそうに伝える。敵は帝国。一筋縄ではいかない。
「帝国陸上軍掃討官。パンツァー・カトウ……おそらく奴の子飼いの部隊だ。爆弾を主に使う部隊がいる。さっきの武装アンドロイドも奴の仕業さ。ただ奴は陸上軍のトップだ。そう簡単に手出しは……」
ジョニーが壊れた窓から吹く寂しげな風に気付いた時には、もうヤス子は消えていた。ヤス子がいたところには大きく膨れたクロウが残されていた。ジョニーはヤス子の意図を汲む。
「ふっ、ヤス子……優しいな、お前は」
次の瞬間、ジョニーの部屋が爆散する。風通しの良くなった部屋からクロウが空を舞い、先に飛んだヤス子に追いつき、街のネオンに消えていった。ジョニーは本国へ救援を求める。テロリストによる襲撃だと。
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