ビューティフルボマー・ヤス子
蛙野紅葉
第1話 旅立ちとヤス子
山道で赤子が泣いている。田舎の山中に住んでいる老夫婦の村からの帰り道。【黒光りする球体】と共に、いつの間にかその赤子は老夫婦の目の前にいた。老夫婦は捨てられたのであろう彼女を気の毒に思い、彼らの家へ迎えてくれた。【球体】もコロリンとついてきた。
拾ってからは途端に泣かなくなった寡黙な表情の赤子。その代わりと言っては何だが、空腹時には頻繁に「うー」と唸っていた。眉間に皺も寄っている。そんな彼女の表情を見ても、老夫婦は互いに「可愛いねぇ」と伝え合い、愛情が変わることはなかった。傍らにある【球体】と共に、老夫婦は彼女を大層可愛がった。
【球体】はこの世界の一般人が「爆弾だ」と解釈できる常識的な形をしているのだが、老夫婦はそうとは知らず「きっと親の形見か何かだろう」と、大切に扱っていた。【爆弾】の側面には『やすこ』と読める瑠璃色の文字のような印が浮かび上がっていた。それを見たお爺さんは膝を打った。
「ヤス子! この子はヤス子じゃ!」
老夫婦は自由に大きさを変える【爆弾】を日常の育児の友とした。ヤス子と共におくるみに包み、夜は添い寝させ、時には手に取り、彼女をあやしていた。ヤス子が最も好きだったのは、お爺さんが【爆弾】を「たかいたかい」と言いながら上へ放り投げる行為。彼女はそれが始まるとよく笑っていた。
ヤス子が物心ついた頃、最も好きだった場所はお爺さんの道場だった。今や引退した身だったが、昔はそれなりに門下生がいたらしい。雑巾がけに、黙想。透き通るような時間を毎朝お爺さんと二人で過ごし、ヤス子もお爺さんに倣って同じように体を鍛えた。お婆さんのご飯も毎日美味しかった。
ただ、ヤス子はときおり夢を見た。自身が沢山の大人に追われ、誰かと【爆弾】と共に逃げている夢。夢は決まって、ヤス子が死ぬ場面で真っ白になる。そしてヤス子と同じくらいの一人の女の子が大人たちを操り、笑いながら泣いている姿が浮かぶ。成長するに従って、夢を見る頻度は増えていった。
ヤス子が10歳の頃、麓の村を【爆弾】と共に初めて訪れた。お爺さんが猟で仕留めたキジや熊などの獲物を足を悪くしたお婆さんの代わりに売り歩くためだ。薬膳としても売れるように、珍しい動植物も一緒に持っていった。
鳥が鳴き、色々な香りがする。往来する人々もその表情は明るい。麓の村は穏やかに思えた。【爆弾】はヤス子の足元を楽しそうにひとりでにコロコロと転がっていたが、人目を引いた。すると地元を仕切っている金持ちの息子ツムギがヤス子を見るなり、取り巻きと共に大声で叫んだ。彼女が連れた【爆弾】を正しく爆弾と認識した初めての人だった。ツムギは本物の爆弾や大砲の弾を見たことがあったのだ。
「爆弾魔だ! おれたちをぶっ殺す気だ!」
ヤス子が驚いた顔をするが、ツムギとその取り巻きは彼女の周りを囲んだ。咄嗟に武器を掴んだ者もいる。彼女は身構えた。
「これは爆弾というものなの?」
齢10才のヤス子は少年たちに問う。目元で短く切り揃えられた髪から鋭くも真っ直ぐな瞳が覗く。実際たじろぐ少年もいた。ツムギたちは言葉に詰まりながらも構わず続ける。
「な、何言ってんだコイツ! とぼけやがって!」
「ば、爆弾だなんて! 村を守るぞ! 危ない奴だ! やっちまえ!」
飛びかかってきた少年たちの合間を縫うように身体を滑らせ、かかってきたツムギの脇腹に拳を叩き込む。彼が痛みによろけたところに、小さくなった【爆弾】が転がり、足下を掬う。
拳を引き抜くと、背後の気配。そのまま後ろを取った2人目の少年にヤス子の肘が刺さる。
(あっ!)
ヤス子は当てた肘を返し、裏拳の姿勢となるが紙一重で止めた。そしてフラフラしている少年はそのままうずくまった。
3人目。頭上から振り下ろされた棒切れをステップでかわし、体勢を立て直す前に棒切れに踵を落として折り切ると、少年の顎を蹴り上げる。
そして【爆弾】から出された紐を掴み、砲丸投げのようにスイングさせ、残りの少年たちを薙ぎ倒した。
ヤス子は倒れたツムギを脅し、情報を吐かせる。倒れている頭にゴリッと【爆弾】を乗せる。
「これをどうやって使う?」
「す、すみませんでしたぁ!」
ヤス子はそれ以外何も言わなかったが、ツムギをはじめ、少年たちはヤス子に許しを請う。彼女は【爆弾】について再度ツムギに聞いたが、彼は一般的な爆弾について彼女に教えた。それはヤス子の表情を強張らせるのに十分だった。爆弾とは火や衝撃を加えると物だろうが動物だろうが爆散させる危険物。そんなものと共に10年間暮らしていた。そしてコイツらが【爆弾】を見て縮み上がる理由も分かった。
事情が分かり「悪かったな」と思ったヤス子はツムギに熊を譲ろうとした。ヤス子にしてみれば大切な獲物だ。
最初はその迫力に嫌がっていた彼だったが、父に聞いていた『精がつく食事』というものを思い出し、家にヤス子を呼び、父に会わせた。父親は熊を初め、ヤス子の持ってきた品物を全て買ってくれた。後に知ったが、彼の母は胃腸の病気を患っており、少量で滋養のあるものを食べる必要があったらしい。ツムギにも感謝され、ヤス子は自分の拳を見た。力を加減したのも、他人に感謝されたのも初めてだった。
「人か……外の世界は広いな」
それからヤス子とツムギたちはよく遊ぶようになった。山からやってくる少し怖いけれど不思議な魅力のある少女。彼らもよく笑い、心無い声からヤス子を庇い、自然とヤス子を受け入れた。
ヤス子が特にイキイキとしていたのはツムギたちとの川遊びだった。季節としては寒くなる少し前。素手で魚を捕まえ、得意顔のヤス子に対抗意識を燃やしたツムギが川に落ちてずぶ濡れになった。ひとしきり笑い、ツムギが悔しがっているところを助け上げ、共に親の元へ戻り、ツムギの親に諭された。皆で反省した顔をして、裏で微笑みあった。
だがその関係は、ほんの1週間で崩れる。ツムギは「麓の村で『帝国』の兵隊が【爆弾】を探している」という噂をヤス子に教えてくれた。恐らく父親の話を盗み聞きしたのだろう。
『帝国』という言葉に、他の友人たちも震え上がった。戦争ばかりしている恐ろしい国。この村も帝国領の一部ではあるが、都からは遥かに遠い。争いという現実が彼らの明日を煙に巻いてゆく。
「ヤス子、暫く村には来ない方がいいよ」
ツムギの真剣な眼差しをヤス子が邪険にすることは無かった。
「うん……わかった」
ツムギは「きっと暫くすれば帝国だって帰るさ、こんな田舎だぜ?」と優しく伝えた。ヤス子も少しだけ笑った。
しかし『勝手に動く爆弾を伴う少女』の噂は帝都まで伝播し、ヤス子を狙う者の影がすぐそこまで迫っていた。子どもたちの浅知恵を嘲笑うように。
「爆弾と共にいる女を捕捉しました。間違いありません。ヤス子です」
「幼いうちに芽を摘んでしまえ。皇帝には奴に関する全てを任されている」
「了解しました」
ヤス子が外の世界に興味を持ってから二週間後の夜。ヤス子はこっそりと家を抜け出していた。爆弾が空を飛べたからだ。ヤス子は家の上空を静かに飛んでいた。
「凄い! どうして飛べるの?」
「……」
爆弾はやはり何も喋らない。しかし、ヤス子は相棒の正体を知ったときほどの恐怖を感じることはなくなっていた。よくよく考えたら怒ったら爆発するのは人も一緒だ。なにも特別なことじゃない。仲良くしよう。ヤス子は笑顔だった。相棒が友人に会えない自分に寄り添ってくれているようにも思えたからだ。
「ーーねぇ。名前、つけていい?」
「……」
やはり喋ることはない。しかし、優しさの一つの形だとヤス子は球体を撫でた。
「黒……クロ……クロウ。クロウはどう?」
【……ピ】
ヤス子は確かに聞いた。爆弾、クロウが10年間で初めて機械的だが反応した。彼女の両頬が喜びと共に上がる。ただの呼称の登録音だったのかもしれない。それでも特別なことだ。
(ツムギや仲間たちの家の明かりも、綺麗な星もたくさん見えた。もうそろそろ降りよう)
ヤス子はクロウに降りるように促す。クロウが高度を下げ出した。ふと、夢の中の『あの子』を思い出す。大人を使ってヤス子を追い詰め、そして……悲しそうに笑う。
庭へあと1mというところで、クロウが停止し、着陸を拒んだ。
「? どうしたの?」
クロウが家から離れるように上昇を始めた次の瞬間、彼女の家は突如爆破された。
爆風と熱が吹きすさぶ中、地面へ投げ出され、死の爆発を目の当たりにしたヤス子。ジジとババは? 声が出ない。クロウが前面に回り、熱風から守ってくれる。涙が流れる前に頭痛。
「うっ!」
クロウの影にうずくまり、ヤス子に失われた記憶が次々と戻ってくる。別の家族の記憶、帝国との戦いの記憶、自らの死の瞬間、駆け寄る男性、爆発するあの頃のクロウ。それが何度も、違う時代で繰り返される。
ヤス子はクロウのことを思い出した。自分が死んだときに爆発し、自分を生まれ変わらせる爆弾。クロウの機能、仕組み、火薬の配合に関することも全て。ヤス子の表情、目つきが変わる。いや、昔に戻った。
火が燻る中、家を探るが育ててくれた老夫婦は魂の姿でヤス子に見えていた。ヤス子の宿敵はいつも時代の覇権を握っている組織。今回は『帝国』。奴らへの復讐、そして記憶の中の『あの子』を救うことをまた心に誓う。
「じじ、ばば。育ててくれて、ありがとう。見ていて、私の爆発を。帝国なんて、今度こそ木っ端微塵にしてやる」
焼け残った家、老夫婦の魂に向かって、ヤス子は泣きそうな思いと共に兄弟とも言えるクロウを投げつける。クロウがためらうようにヤス子の意志に呼応する。
(いいからやって!)
爆音と熱。思い出が弔いと共に熱で溶けてゆく。ヤス子の瞳に涙はない。ただ、鎮魂の熱風と砂埃がヤス子を迎えてくれた。
炸裂したクロウが球体のまま足元へ戻る。ヤス子の転生が始まった数千年前。死の向こう側の世界でヤス子が出会った『再起型思考性爆弾』は、記憶を取り戻した彼女に寄り添う。ただ、ヤス子は今まで彼(彼女?)に名前など付けたことがなかった。
(じゃあね、ツムギ。縁があればまた)
「いくよ、爆弾。」
「……」
爆弾は反応しない。ヤス子はため息をついて言い直す。
「はぁ……いくよ、クロウ」
「ピ」
「……名前なんて、どうかしてたわ」
ヤス子はクロウと共に夜空へ消えた。記憶の中でいつも共にいた、もう1人の相棒を探しに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます