第7話:隙のない夜——整いすぎたテーブルの上で
その夜、
彼は「何も言わずに」私を迎えた。
部屋に入った瞬間、
空気がいつもと違うことに気づく。
照明の角度、
部屋の匂い、
足元に届く静けさ。
テーブルは、もう整っていた。
白いクロス。
揃えられたカトラリー。
位置の狂いが一切ないグラス。
それは、
「準備された夜」だった。
彼は多くを語らない。
ただ、キッチンに立ち、
決められた動線で料理を仕上げていく。
その姿には、迷いがなかった。
料理が運ばれる。
一皿ずつ、間を空けて。
温度も、香りも、計算されている。
味は——
驚くほど、整っていた。
派手さはない。
感情を揺さぶる言葉もいらない。
ただ、
隙のない完全な料理だった。
私は気づく。
この夜は、
「一緒に楽しむため」ではなく、
「見せるため」に用意されたのだと。
彼は、
誰かを喜ばせるとき、
全力で“完成形”を差し出す人だった。
食事が進むにつれて、
私は不思議な感覚に包まれていく。
居心地はいい。
けれど、深くは沈めない。
心地よい距離が、
きっちりと保たれている。
それはまるで、
彼自身が引いた境界線の内側に、
私は「客人」として招かれているようだった。
テーブルの向こうで、
彼は穏やかに笑う。
隙のない笑顔。
乱れのない振る舞い。
——ああ、これは鎧だ。
軍服ではない。
けれど、
同じ匂いがする。
完璧であること。
崩れないこと。
弱さを見せないこと。
その夜の彼は、
誰よりも美しく、
誰よりも遠かった。
食後、
彼はコーヒーを淹れ、
テーブルを片付けた。
私はその一連の動きを、
静かに見ていた。
触れ合うことも、
踏み込むこともなく、
夜は終わりに近づいていく。
別れ際、
彼はいつも通りの声で言った。
「今日は、どうだった?」
私は一瞬、言葉を探して、
それから答えた。
「……すごく、整ってた」
彼は少しだけ、
満足そうに笑った。
その笑顔を見て、
私は確信する。
この人は、
“完璧な夜”を作ることはできる。
でも、
“寄りかかる夜”は、作らない。
帰り道、
胸の奥に、
静かな余韻が残っていた。
それは、
幸福でも、
寂しさでもなく。
ただ、
境界線の位置を、もう一度確かめた夜だった。
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