第5話:カレーは奢らせた ——奢りは命令じゃない

その日は、

深く考えずに遊ぶつもりで出かけた。

行き先は、ラウンドワンのスポッチャ。

音も光も多くて、正直、落ち着く場所ではなかった。

けれど彼は、そういう空間でも特別な顔をしない。

周囲の流れを見て、自然に順番を決める。

慣れているというより、場に振り回されない人だった。

最初にやったのは、射撃のゲームだった。

私は適当に引き金を引いたわけじゃない。

彼に教えてもらった打ち方を思い出して、

姿勢を整え、狙いを定め、

一発ずつ、本気で撃った。

彼は、その様子を横目で見ながら、

どこか余裕のある動きをしていた。

真剣勝負というより、

オモチャで遊んでいる。

そんな感覚だったのだと思う。

結果は、私のほうが命中率が高かった。

画面に並んだ数字を見て、

彼は一瞬だけ黙った。

それから、

無意識に口をついて出たように言った。

「……無駄がないな」

感情のない声だった。

褒めているつもりも、驚かせるつもりもない。

ただ、評価だけがそこにあった。

私は、その一言が妙に嬉しかった。

勝ったことよりも、

ちゃんと見ていたことが伝わった気がした。

次はビリヤードをやろう、という話になった。

彼が言った。

「賭けようか」

負けたほうが、

帰りにカレーを奢る。

それだけの賭けだった。

球を打つ音が、

思ったより大きく響いた。

私は集中していた。

最後の一球が落ちて、

勝敗が決まった。

「俺の負けだな」

彼は、あっさりそう言った。

言い訳も、冗談もなかった。

帰りに、ココ壱番屋に入った。

彼は迷いなく注文して、

何事もなかったようにカレーを食べた。

「勝つと思ってなかった?」

私が聞くと、

彼は少し考えてから答えた。

「いや。

でも、負けるのも悪くない」

その言葉は、

格好つけでも、慰めでもなかった。

私はそのとき、

この人は、勝ち負けを上下にしないのだと知った。

守る側でも、教える側でもない。

勝ってしまうことがある、対等な相手。

それは心地よくて、

同時に、

立ち位置を少し曖昧にする感覚でもあった。

帰り道、

彼は私の歩調に合わせて歩いた。

先に行くことも、振り返ることもない。

その距離が、

なぜだか印象に残った。

その夜、私は、

「カレーは奢らせた」と心の中で繰り返しながら、眠った。

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