第2話:幸せの味がするチキンフリカッセと、江の島に響く波の音
キッチンから、トントンと軽快な音が響く。 元・精鋭部隊の指揮官だった彼は、その大きな手で、私がプレゼントした「鏡の包丁」を見事に使いこなしていた。
何百人もの部下を率い、時には過酷な決断を下してきたはずのその横顔を、私はじっと盗み見る。ふと気づいて、私は胸の奥がキュンと熱くなった。
(……あ、口元。)
彼が何かに深く集中したときに見せる、特有の癖。 唇が少しだけ尖って、まるで小鳥のくちばしのようになっている。 精悍な指揮官の面影はどこへやら、その無防備で愛らしい姿を知っているのは、世界中で私だけかもしれない。そんな独占欲にも似た幸せが、静かに心を満たしていく。
「できたぞ。熱いうちに食べろ」
差し出されたのは、真っ白なソースが美しい『チキンフリカッセ』。 知人が「彼女のために頻繁に作っている」という幸せのレシピを教わって、私のために初めて作ってくれた料理だ。
傍らには、フライパンで炊き上げたという香ばしいピラフが添えられている。フリカッセの濃厚なソースをピラフに絡めて口に運ぶと、言葉を失うほどの絶妙な塩梅だった。
「美味しい……。幸せ。本当に美味しいね」
私は何度も何度も、魔法にかかったようにそう繰り返した。 不眠に悩み、夜が来るのが怖かったはずの私が、この瞬間だけは、彼の作る料理の温もりの中に、安らかな居場所を見つけていた。
「……そんなに喜んでもらえるなら、また作るよ」
少し照れくさそうに笑う彼の顔は、部隊の話をするときのそれとは、全く別の光を宿していた。
食事を終え、窓の外に夜の帳が降りる頃。 彼はふと、私の目を見て言った。
「江の島に行こう。夜の海を見に」
その誘いが、私たちの「明日への境界線」を見つけるための、最初の大きな一歩になることを、私はまだ予感さえしていなかった。
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※次回、夜の江の島。
静寂の中で撮った一枚の写真に、
私は今まで見たことのない彼の表情を見つけました。
第3話:『江の島の魔法と、穏やかな横顔』。
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