第4話 黒さの白さ

「あ、あなたが黒宮、仁……さん」


 疑問形で訊いた私だけど、たぶん当たっている。今朝、華ちゃんとの会話の中で出てきた容姿の特徴と酷似しすぎているから。


「ん? どうして俺の名前を知ってんだ?」


「や、やっぱり!! やっぱりあなたが黒宮さんなんですね!」


「は? 何が『やっぱり』なんだよ」


「いえ、ちょっと友達が言ってた人の特徴と似てたので、もしかしたらと思いまして」


 華ちゃんが言っていた『悪く言ったり』、ということに関しては言及しなかった。陰口を叩いていたと思われるのも嫌だったし、そもそも、さすがにそれは失礼極まりない。


 が、しかし。


「まあいい。どうせくだらない噂話でも聞いたんだろ。俺が悪い奴だとか何だとか」


 う……鋭い。でも黒宮さんの様子を見ていると、あまりにも平然としすぎている。もしかして、そういう噂話をされることに慣れているのかな? だとしたら、私もその陰口を叩いていた一人だと誤解されかれない。


 ど、どうしよう……。


「あ、あの、黒也さん」


「あのな、お前。その呼び方はやめろ。呼び捨てにでもしろ。俺は『さん』」付けされるような人間じゃねえ。分かったかガマガエル」


「……はい」


 そう返事を返した私だったけど、頭の中は疑問符でいっぱいになった。黒宮さんは『さん』付けされるような人間じゃないとか、どうしてそこまで自分を卑下するのだろうか? 


 ――まあいいや。


「じゃ、じゃあ呼ばせてもらいますね。おい、仁!」


「なんでいきなり下の名前で呼ぶんだよ。しかも『おい』とかタメ口で。お前、よく分からねえ奴だな。頭のぶっ壊れた奴だと思ったら、急にまともになったり。で、やっぱりまたぶっ壊れた奴になったり」


 いや、『よく分からねえ奴』って。それは私のセリフなんですけど。


 でも、不思議なんだよなあ。口がこれだけ悪いし無愛想なのに、何故か悪い人には思えない。むしろ、自転車でそのまま電柱にぶつかった私に声をかけてくれたり。


 ん? 電柱? 自転車?


「あーー!! そうだ! 私の自転車!!」


 すっかり忘れてた。ぶつかって転げた時にチラッと見たけど、色んなところが折れたりしていたような記憶が……。


「自転車は諦めろ。フレームが完全に曲がってたから使い物にならねえ。これじゃあ修理の方が高くつく。だから後で俺が処分しておいてやる。それでいいよな?」


「え!? そ、そこまでしてくれるんですか!?」


「嫌か? だったら俺はそのまま放置してお――」


「そ、そんなことないです! 本当にありがとうございます!」


「礼なんていらねえ。黙ってろ。それよりも、いいから早く乗れ。病院まで乗せてってやる。しっかりと俺にしっかり掴まてろよ。時間がねえから飛ばす」


「え!? じ、時間がない? それってどういう……」


「説明するのが面倒くせー。黙って乗れ、ガマガエル」


 さすがに私も頭にかちんときた。さっきから人のことをガマガエル呼ばわりして。さすがに限界だ。もうこの人に気を遣ったりしない。どうなっても知らないんだから!


「分かった! 分かりました! 黙ってます! 黙ってるからさっさと病院まで連れて行け! この黒宮のクソ野郎!!」


「ふふっ。『黒宮のクソ野郎』ねえ。その呼び方、悪くねえな。それでいい。じゃあ思い切り飛ばすぞ! 振り落とされるなよガマガエル!」


 言うが早いか。黒宮さんは私が自転車の荷台に乗ったのを確認すると、力いっぱいペダルを漕ぎだした。それはいいんだけど……。


「ギャアアーーーーー!!!!!」


 速い! 速すぎる!! 飛ばすって言っても限度があるって! 加減というものを知らないのかこの人は!! 怖すぎるんですけど!!


「も、もう少しゆっくり漕いでください!!」


「そんなの知るかよ! とにかく今は喋るな! 舌を噛むから黙ってしっかり掴まってろ!」


「そう言われても……ギャーーーー!! 無理! やっぱり無理!!」


 ――こうして、私は黒宮仁という一人の男性と出逢った。


 そして、この時は思いもしなかった。


 まさか、この人が私も知ってる『あの人』だっただなんて。


*   *   *


 私は病院へとやって来た。

『黒宮のクソ野郎』が漕ぐ自転車の後ろに乗って。


 そこに到着するまでの間、私は怖くて怖くて仕方がなかった。病院での検査結果が怖かったわけじゃない。そう。黒宮の奴があまりにものすごいスピードで自転車を走らせたから。何度も何度も振り落とされそうになってしまった。


「い、生きてて良かった……」


 自転車に乗せられて『生きてて良かった』とか意味不明ではあるけど、本当のことだから仕方がない。


 例えるなら、まさに『ジェットコースターかよ!』って感じだった。女子が後ろに乗ってるんだからもっと気を遣えよクソ黒宮!


 で、検査結果だけど、なんの異常もなし。それは良かった。良かったんだけど……。


「ここ、どこーー!!!!」


 一応、スマートフォンを使って病院名で調べてみたけど、私の家からはかなり離れていた。時計を見ると、もう二十時近かった。お金も足りないからタクシーも使えない。


「はあ……どうやって帰ろう。くそー、あの黒宮のクソ野郎め! こんな場所に女子を置いて黙って一人で帰っちゃうとか! ほんっっとイヤな奴!! あーもう!! 腹立つ腹立つ腹立つ!! ほんっっとうに腹立つ!!」


 イライラが限界に達した私は、病院を出てからすぐに大声で叫んだ。そして、少しだけスッキリしたところで一度深呼吸。冷静に帰り方について考えなければ。


 でも、もう諦めて歩いて帰るしかないか。そう思いながら、私はトボトボと歩き出す。外は真っ暗。近くにはコンビニどころか何のお店も見当たらない。


 本当にどうしよう……。


「こんなにも可愛くて可憐な私が、無事に家まで辿り着けるわけがないじゃないの! 絶対に途中で暴漢に襲われちゃう! それで、あんなことやこんなことをイタズラされちゃうに決まってるじゃない! どこに行ったのよ黒宮のクソ野郎は!!」


「うるせえなあ、ガマガエル」


「……え?」


 その声。そして呼び方。あの人だ。『黒宮のクソ野郎』だ。


 彼は街灯の下で自転車にまたがっていた。仏頂面で。


 その街灯は彼のことをスポットライトのように照らし、浮かび上がらせ、彼の容姿をより美しく、より幻想的に映し出していた。


 そして私は再度思う。なんて魅力に溢れたルックスなんだろう、と。


「え!? あ、あの、黒宮さん……ずっと待っててくれたんですか?」


「なんでまた『黒宮さん』呼びになってんだよ。さっき思い切り『黒宮のクソ野郎』って大声で叫んでやがったのによ」


「い、いえ、そ、それは……ごめんなさい……」


「お前、本当にわけが分からねえな。言ってることも態度も支離滅裂すぎんぞ」


「そ、それは……あ、あの。黒宮さんはずっと外で待っててくれたんですか?」


「んなわけねえだろ。それにまだ『さん付け』になってるし」


「い、いえ。先輩ですから。『さん付け』で呼ばせてくださいよ」


「黒宮のクソ野郎はどこに行っちまったんだ?」


 う……何にも言い返せない。だって事実だから。これからはもっと言葉使いに気を付けよう。


「俺はな、一度病院からは離れてたんだよ。検査は色々時間がかかるからな」


「そうだったんですね……」


「ああそうだ。それに、お前の自転車も処分してきた。思いの外時間がかかりすぎてさっき病院に戻ってきたところだ」


 嘘……この人、ちゃんと私の自転車のことまで。普通ではあり得ない。さっき会ったばかりの人間に、そこまで親切にしてくれる人なんか。


「あの……もしかして、私のことを迎えに来てくれたんですか?」


「まあな。じゃないとお前、どうやって帰るつもりだったんだよ? 学生なんだからそんなに金もないだろうからタクシーも使えないだろうしな。だから戻ってきた。理解できたか? ガマガエル」


 この黒宮っていう人、口は悪い。それは確かだ。だけど、本当はめちゃくちゃいい人なんじゃないだろうか。やっぱり、この人が白馬に乗った運命の王子様なんじゃ……。


「とりあえず、乗れ。それでまたあの断末魔みたいな叫び声を聞かせろ」


「断末魔!? え? 私そんな叫び声あげてました?」


「覚えてねえのか。上げてたよ。笑わせてもらった。女子だったら『キャー』だとか、もっと可愛い叫び声をあげろよ。まあ、ガマガエルだし仕方がないか」


 恩人に対して失礼ではあるけど、やっぱりカチンとはくる。


「だーかーらー!! 私をガマガエルって呼ぶのはやめてください! それにあんな猛スピードで自転車走らせたら怖いに決まってるじゃないですか!! 私だって一応、可憐な女子なんですよ!? もっと気を遣ってください!!」


「はあ? お前のどこに女子要素があるってんだよ」


「あるでしょ! 女子要素! ううん。女子要素しかないでしょ!」


「女子要素しかないって、それはどこにあるんだ?」


「ここです!」


「見当たらないが?」


「よく見てください! 私自身が女子要素の塊です!」


「お前、よくバカって言われるだろ。まあいい。猛スピードで走ったのは仕方なかったんだよ。時間がねえって最初に言っただろうが」


「あ、それ気になってたんです。時間がないってどういう意味だったんですか?」


「それも分からねえのか。あのな、あそこら辺の病院は閉まるのが早いんだよ。だけどここはそこそこ大きな病院だからな。とはいえ、急がねえとさすがにココも閉まっちまう。ギリギリだったんだよ」


 嘘……。この人、私のためにそこまで考えてくれてたの? この人、やっぱり運命の人だ。ついに出逢えたんだ。ようやく夢が叶った。


 私の、長年の夢が。


「あ、あの、あの! 白馬に乗った王子様! 本当にありがとうございました! なのでぜひ、私とお付き合いを!!」


「……置いて帰るわ」


「ご、ごめんなさい!! やめて! 置いて帰ろうとしないで!!」



『第4話 黒さの白さ』

 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る