第9話 英雄候補

 

「凄いですね」

「そうでしょ」


 脱衣所で服とスカートを脱ぎ、タオルで体を隠して浴室に入ると、そこには人が20人くらい入れそうな広いお風呂があった。

 2人でこの大きなお風呂に入るのは少し寂しい気もするけど、何故かワクワクしてしまっている私が居る。

 銭湯みたいな広いお風呂を貸切みたいに使用できるからなのだろうか。


「早速体を洗いに行きましょう」

「あ、はい」


 広いお風呂に見惚れていると、エミさんから体洗いのお誘いが来た。

 体を洗う場所は10人分あり、どこに座れば良いのか分からない。どこに座っても良いというのは勿論知っているんだけど、この光景を見ると考えてしまう。


「どこでも良いのよ」

「じゃあここで」


 入口付近はあまり落ち着かなくて、真ん中は左右に人が居るように感じてしまって落ち着かない。

 なら、私が選ぶべき選択は一番左になる。私が一番左に行けば、左側には壁しかなくて安心できるし、右には優しくて話しやすいエミさんが居る。

 まあ、元からあまり人と話さない私には誰が横に居ようと変化は無いんだけど。

 結論、配置は一番左に私が座り、その右でエミさんが座る事となった。


「端が好きなのね」

「はい、端は横に誰も居なくて落ち着けますから」

「フフ、変わってるわね」

「そうですよね...ハハハ」


 端が好きという私の話を聞いたエミさんはニコニコしながら変わってると言ってきた。

 端が好きというのは少し語弊があるけど、あながち間違ってはいない。人見知りで、知らない人が隣に居るのは落ち着かないから横は壁が良いなんて、変人って言われても仕方ないよね...。

 もし、横に知らない人が居る環境だったら、洗うのを後にして先にお風呂に浸かる自信しかない。

 洗ってる途中に知らない人が来たら倒れちゃいそう。

 

「あ、そうだ。洗いっこしよ」

「はい、って。え!?」

「えぇ!?どうしたの?嫌だったかしら」

「え、い、いや、その、えっと..」


 ゆっくりと椅子に座ると、エミさんが私の事をドキドキさせてきた。

 一緒にお風呂に入る時点で限界なのに、洗いっこなんてできる訳が無い。このドキドキは恋とかそういう物ではなく、初めての銭湯で初めて体を洗いっこするという緊張から来る物でしかない。

 ど、どうすれば良いんだろう。エミさんのキラキラしている目を見ていると、断るという選択が灰になって消えていく。

 10個中9個が断るの選択だったのに、イエス1個しか残っていない。


「しましょう!」

「やったぁ〜」


 本当にクリアできるのだろうか、この高難易度任務を。

 私が人の体を洗う。しかも、美人なエミさんの体を。

 同性のはずなのに何故ここまで緊張してしまうのか、私自身でも全く皆目検討も付かない。


「私がお手本を見せるから、背中を向けて」

「分かりました」


 これはもしかして、背中だけをゴシゴシする簡単な物かもしれない。

 そうなのだとしたら、気絶せずに洗いっこを終わらせる事ができるかも。

 そんな希望に胸を膨らませ、エミさんに背中を向けた。背中を洗うという事は、タオルで背中をゴシゴシしてくれるという事なのだろうか。


「じゃあ行くわね」

「ひゃい!」

「どうしたの?」


 エミさんの合図が耳に入ると共に、背中に衝撃が走った。これは、タオルを使わずに手で洗っている感触だ。

 何かくすぐったいし、恥ずかしくなってきてしまった。


「い、いえ大丈夫です」

「なら良いのだけど」


 エミさんは、私の大丈夫という言葉を聞いて安心したのか、また手で背中をゴシゴシし始める。

 大丈夫とは言ったが、正直くすぐったすぎて椅子から転げ落ちてしまいそうだ。今すぐにでも中断してお湯に浸かりたい。

 これで前を洗われよう物なら、出てはいけない物が口から出てしまいそうだ。

 最初に大丈夫と言ってしまったせいで、くすぐったいから辞めて欲しいと言えない。


「さあ、前を向いて〜」

「ひっ」

「流石に恥ずかしいわよね」

「は、はい」


 背中を洗い終えると共に、エミさんは私に前を向くように指示をしたが、恥ずかしがりやの私は体が勝手に拒否していた。

 自分で体を動かそうとしても動かせないのだ。


「私の背中お願い」

「手でですか?」

「勿論よ」

「うっ」


 自分の体を洗い終えた私は、次にエミさんの背中をゴシゴシする事になった。

 気づけば目の前にはエミさんの白くて綺麗な肌をした背中が広がっている。こんな背中を私の手なんかで洗ったら逆に汚れてしまうのではないだろうかと思えてしまう程の綺麗な肌である。

 一応、念の為に手で洗うのかを聞くと、エミさんは親指を立てて勿論と言ってきた。

 私の手で汚してしまったらどうしよう。


「い、行きましゅ」

「フフ、噛んだわね」

「うぅ...」


 勇気を出して背中に手を伸ばし、開始の合図をしようとしたら噛んでしまった。

 いつもそう、私は緊張すると声を出しづらくなるし、噛みやすくなってしまう。本当にこんな私が英雄候補になって良いのかな。


「あっ」

「ど、どうしたんですか?」

「何でも無いわ」

「そうですか」

「いやっ」

「変な声出さないで下さい...」


 手で背中をゴシゴシしていると、エミさんが変な反応をしてくる。

 まだ10歳の私に一体何を求めているのか分からない。というか、そもそも女性同士だから求めて来られるのは違和感しかない。

 家でたまにそういう本を見かけた事があるけど、読んだ瞬間に倒れてしまっていた。

 今思えば、あの本はお父さんのだったのかもしれないな。


「どうだった?お風呂」

「とっても気持ち良かったです」

「そう、なら良かったわ」

「はい!」


 その後お湯に浸かり、浴室から出て椅子に座り、髪の毛をドライヤーで乾かしていた。

 体を洗いっこするのは緊張していたけど、お湯に浸かった瞬間に緊張が解け、エミさんといろいろなお話ができた。

 過去にどんな遊びをしていたのか、どんな人が好きなのか、これからしていきたい事はあるのか等の話をし、仲が深まっていった。



「おお、やっと出たか。ご飯できてるぞ」

「ありがとね」

「おう」

「ありがとうございます」

「おう...」


 部屋に戻ると、私の好きな食べ物の匂いが鼻に侵入してきた。この匂いは間違いなく、ハンバーグの匂いとケチャップの匂いだ。

 ダリアさんは、ソフトクリーム柄のエプロンを付けて椅子に座っている。私達を待ってくれていたのかもしれない。

 待たせてしまった事の謝罪をしようか悩んだが、エミさんに習って感謝を伝えた。


「皆椅子に座ったな」

「はい」

「はーい」


 ダリアさんが机に4人分のご飯を並べて椅子に座り、私達も座った。

  

「そんじゃあ、頂きます」

「美味しいね〜、師匠〜」

「おい、早いんだよ」

「どう?美味しい?」

「うん!最高!」

「良かったね!」

「うん!」

「はぁ...」

「あ、えっと...」


 ダリアさんは、自分が頂きますを言ってから皆に頂きますを言って欲しかったのかもしれない。

 しかし、サヤさんはマイペースで先にハンバーグを半分も食べていた。さっきまで穏やかな顔をしていたダリアさんの顔が段々険しくなって来てる気がする。

 そこにさらに追い打ちをかけるようにエミさんがサヤさんに美味しいかどうか質問をし、ダリアさんは顔に手を当てて溜め息を吐いている。

 この空気のせいで私は大好物のハンバーグに手を付けられない。


「良いよ、食いな」

「あ、ありがとうございます」

「昔を思い出すわね」

「ああ、昔もこんな事が何回もあったな」


 ご飯を食べない私を見たダリアさんは、心配をしてくれたのか、話しかけてくれた。

 ハンバーグを一口食べると、ダリアさんとエミさんが昔話を始めそうになっていた。正直、凄い気になるから聞きたい。


「このハンバーグ美味しい」

「なら良かったよ」

「師匠のご飯は最強!」

「あ、あの。昔の話を聞きたいです」

「ダリア。何か感じない?」

「ああ、何かが来る」


 ハンバーグをフォークで刺しながら、昔話を聞こうとしたらエミさんがいきなり不穏な事を言い始めた。ダリアさんも何かを感じているらしい。


「おい!バリアを出すぞ!」

「分かったわ!」

「師匠!」

「エミさん!」


 2人が目の前でバリアを出し、私とサヤさんの周りにもバリアができた。

 そして次の瞬間、大きくて頑丈そうな屋敷が一瞬で崩れ行く姿も見えた。いきなりすぎる光景に夢を見ているのではないかと錯覚してしまいそうだ。いや、もしかしたらこれは本当に夢なのかもしれない。

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