第一章 1
三谷遼が「完璧なアリバイ教室」を開いていることは、大学の誰も知らない。
もし、知っている者がいたら、たぶん即刻クビ
だろう。
もっとも、講座といっても教室は大学ではない。
都心から少し外れた、築三十年の雑居ビル。
四階、エレベーターなし。
一、ニ階は、空きテナント。
なぜか三階だけスナック。
「……どう考えても健全な学びの場じゃないですよね。」
そう言いながら、助手の相葉真奈は階段を
上りきると膝に手をついた。
息があがっている。
若いのに体力がない。
「健全な学びの場で犯罪心理学を学ぶと、現実に
対応できなくなる。」
三谷は鍵を開けながら答えた。
我ながら、もっともらしい言い訳だと思う。
室内は六畳ほど。
折り畳み机が二つ、パイプ椅子が三脚、
ホワイトボードが一枚。
壁には「ここで犯罪を計画しないこと」とマジックで書かれた紙が貼ってある。
「……これ、意味あります?」
「ない。免責」
相葉はため息をついて椅子に座った。
今日の受講者は一人。
会社員風の男で、年齢は三十代後半。
スーツは安物だが、靴はやけに綺麗だ。
緊張しているのか、指先が微妙に震えている。
「では、早速始めましょう」
三谷はホワイトボードに大きく書いた。
《アリバイとは何か》
「アリバイとは、『犯行が不可能であることを証明する状況』です。
重要なのは、"真実かどうか"ではありません」
男がごくりと唾を飲む。
「重要なのは、疑われないこと。
これは、基本です。
もっと言えば、警察が"調べられなくなる"状態を作ることです。」
相葉が手を挙げた。
「先生、それ倫理的にアウトじゃないですか?」
「だから、"講座"なんだ。実践は禁止」
「でも来る人だいたい実践する気満々ですよね?」
「人生はだいたいアウトだ」
男が、苦笑とも引きつり笑いともつかない表情を浮かべた。
「じゃあ質問です」
三谷は続ける。
「あなたが午前九時に人を殺したと仮定します。」
男の肩がビクッと跳ねた。
「仮定です。大事なので二回言います。仮定」
相葉が小声で「今のフォロー逆効果では」と呟いた
「その時間、あなたが自宅で一人だった場合、
アリバイは成立しますか?」
男は首を縦に振った。
「しません。証明できないから」
「正解。つまりーー」
「あなたが"人を殺せない状況"にいたと証明できればいい」
ホワイトボードに、箇条書きでかきこんでいく。
・他人の記憶
・機械の記録
・偶然の証人
・行動ログ
「この四つを、矛盾なく組み合わせる」
相葉がボソッと言う。
「先生、これ聞いてると、人を殺すよりアリバイ
作る方が大変そうですね」
「その通り。だから大半の人は失敗する」
男が、なぜか安心したようにうなずいた。
そのとき
机の上に置いていた三谷のスマートフォンが
震えた。
画面に表示された名前を見て、三谷は一瞬だけ
表情を失う。
ーー警視庁・捜査一課
「……休憩にしましょう」
三谷は電話を取り、部屋の外に出た。
階段の踊り場で通話ボタンを押す。
「三谷だ」
『死体が出た』
短い一言。
『完璧なアリバイを持った人間が、三人いる』
三谷は、目を閉じた
「……今回は、何人死んだ?」
一拍。
『一人だ』
それを聞いて、なぜか少しだけ安堵してしまった自分に気づき、三谷は苦笑した。
ーーまだ、予定通りだ。
完璧なアリバイの作り方(※死体付き) @kageroumafin
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