第2話 骨の髄まで、私は私であるために

「……ふむ。理解した。理解したぞ」


 私は、暗く湿った石畳の上で、静かに独白を続けていた。

 いや、正確には『静かに』ではない。


 私が思考を一つ巡らせるたび、私の体躯――いや、私の『骨格』は、ピシッ、ピシッという乾いた音を立てて冷たい地面を叩いている。


「この跳躍……。生前、いや、三枚におろされる前の私であれば、これ一跳ねで水槽の壁すら越えたであろう。

 だが、今の私には、ほんの5センチの浮遊すらも、天を仰ぐような大事業だ」


 機動力は皆無。

 攻撃手段など無いに等しい。

  鱗の一片すら残っていないのだ。

 防御力も残された骨の強度が全てなのだろうな。


 願わくば、まだ見ぬ、見る者が溜息を漏らすほどに白く、そして鋭利に磨かれた『中骨』の美しさでもあればと願うのみ……か。


「クックックック……」


 私は理解している。

 ここが、異世界であるのだと言う事を。

 現実世界でスケルトンなどと言う種族はいない。

 つまり、巷で話題に聞く異世界転生と言うものなのだろう。

 ならば、簡単な事だ。

 噂に聞くチートスキルなるものを私は持っているのだろう。


「さあ、答えよ世界。 ステータスオープン!」


 私は目の前に開かれたインターフェースの端から端……すべてに至るまで目を通した。


「なんなのだ……? おかしい! こんなはずでな無いだろう!?

 私がスケルトン……それ以外に情報はないのか?」


 ピシピシと虚しく、地面を叩く音だけが鳴り響いていた。

 しかし、その時……。


「……おや、来客か?」


 暗がりの向こうから、ズルリ、ズルリと嫌な音が近づいてくる。

 現れたのは、腐った肉を全身に纏った巨大なナメクジ――『腐肉を喰らうスライム』。

 その濁った泡に包まれたモンスターが、私を捉えた。


「よせ。……やめておけ。

 今の私を食したところで、お前の腹を満たす肉は一欠片も残っていない。

 あるのは、喉を突き破らんとする小骨だけ……ふんっ。

 貴様の様な下等生物には言葉は理解出来ないか……」


 知性なき魔物に私の言葉は届かない。

 スライムは、私の骨から漂うであろう、あの板前が絶賛した『至高のダシの残り香』に惹かれ、その粘液にまみれた体を覆いかぶせてきた。


「……いいだろう。

 私を『捕食』しようとするのであれば、相応の対価を支払って貰う。

 理解は出来ないだろうが、一応声をかけておいてやる。

 知ってるか? 魚は水の中で泳ぐのだぞ?」


 私は覚悟を決めた。 跳ねるだけだった私は、このスライムと戦う事を。


「フハハハ! やはりそうか!

 粘液の様な貴様の体の中では泳げるぞ!

 さあ、覚悟しろ痴れ者め! 何処をどう攻めれば貴様はもがき苦しむのだ?

 フハハハ、そうかそうか。 ここなのだな!

 いいだろう、有難く思うのだな――最初に我が糧となる事を」


 巨大なスライムの体内を泳ぎ、私は核であるらしき部分を強力な顎で喰らい尽くした。

 やはり、巻貝ですら噛み砕く顎。

 細胞の塊でしかないスライムなど豆腐を崩すが如く、造作もないことであった。


 頭の中で音が鳴り響く。

「今度は何だ? ステータスオープン」


 確認するとレベルが上がっていた。

 そして、新たな能力を取得している。


「空中遊泳と、咬合力のアップか。

 それに……どうやら骨そのものの強度も上がっているようだな」


 早速空中を泳ぎ、壁相手に突撃を試みる。

 痛みはないので思い切り。


「なるほど……人間の拳程度にも満たない力だ。

 しかし、上手くやれば硬い骨を突き刺したりは出来る」


 レベルがアップして能力が向上するのであれば、問題ない。

 まな板の上の鯛如きの存在ではあったが、私は簡単に生を諦めない。


「ふふっ……重力という名の呪縛から解き放たれるとは、皮肉なものだ。

 三枚におろされた結果、私は翼ならぬ『ヒレ』を得たというわけか」


 眼球の無い私の目に、ハントをする狩人の光が宿った。

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