転生したらまな板の上の鯛だった件
ジャガドン
第1話 プロローグ 『転生したらまな板の上の鯛だった件』
――輪廻転生。
それは、誰しもが本人の望む姿で生まれ変わるものではないのだろう……。
しかし、この状況は……。
「待たれよ……もしや、今、私は捌かれようとしているのか?」
今まさに、まな板という名の祭壇の上で、私は己の運命を問うた。
視界に映るのは、研ぎ澄まされた鋼の刃と、それを持つ男の無機質な瞳。
板前と思しきその男は、私の問いに僅かばかりの驚愕を見せた。
「鯛が……しゃべった、だと?」
「なるほど……板の上に寝そべっているからまさかとは思ったが……。
私は鯛……なのだな」
「鯛と対話が出来ている……これが! 食材との対話! 鯛だけに!」
「はっはっは、驚くのも無理はない。
私もまた、初めての出来事故、理解しかねている。
さしずめ、私はまな板の上の鯛という訳か……だが、観念するのは御免被る」
「あんた、一体何者なんだい?」
ジャリッ……。
無慈悲に、そして熟練の手つきで、板前は私の鱗を剥がされていく。
「まずは鱗を剥ぐのを止めるんだ。
私が何者かと問われれば……どうやら転生したようだ。
落ち着いて話がしたい。 すまないが、まずは水槽に戻してもらえるかな?」
だが、男の手の動きは止まらない。
救済を求めた言葉は、空虚な料亭の空間に霧散した。
「待て、何故手を止めない?」
「ああ、すんません、もうお客さん来ますんで」
「違う、そうではないのだ。
何故言葉を交わしたにもかかわらず、何事も無かったかの様に捌こうとしている?」
ジャリジャリ……。 剥がれ落ちる鱗の音は、まるで花弁の様に宙を舞っていた。
「あんた、最高の鯛なんだい。その命、無駄にはしねえさ」
「違う、そう言う事ではない! ちょっ! おまっ! ひっくり返しただと!?」
「鱗、片面全部取ったからねー」
何という不条理か。
私の意志、私の存在、しゃべる鯛と言った希少価値。
それらはこの男にとって、ただ鮮度という魚でしかないのか。
「君は業を背負うにはまだ若い。これ以上調理を進めるのをやめるんだ」
「贖罪……ってやつですかー? ははっ食材だけにってねー!
鱗取ったら痛むの早いから……。
それに、人間ってやつは、生まれた時から背負ってるもんですよ」
「贖罪の事を言っているつもりか? 何を上手い事言ったつもりでいる?」
「そりゃあ旨いですもん。鯛!」
もはや、言葉は意味を成さない。
男の振るう包丁は、迷いなき手さばきによって私の身へと沈み込む。
「くっ……ついに鱗を剥がし終えたか……無念だ……」
「あんた、転生したばっかでしょー?
なら、無念もクソもないでしょー。そんじゃ、ごめんねー」
エラから入って来た固く鋭い包丁が、ギリリと音を立てた瞬間。
全身が一瞬痙攣し、私の意識は暗澹たる深淵へと没した。
……。 …………。
どれほどの時が流れただろうか。
意識の覚醒をはっきりと感じた瞬間、目の前に大きなインターフェースが現れた。
「……。ここは? それに、なんなのだこれは?
何故私はまだ意識がある?」
文字が浮かぶ。
そこには、私の新たな定義が記されていた。
【種族:スケルトン】
「スケルトン? アンデッドか。
ふふっ……どうやら私は、落ちるところまで落ちてしまったらしい」
案ずることはない。
肉を失い、魂のみが残ったというのなら、それもまた一つの解答だ。
ファンタジーなどあまり触れて来なかった私だが、スケルトンが骨の怪物だと言うくらいは知っている。
スケルトンであれば、死せる身を動かす理があるはずだ。
手足を動かそうとした、その時――。
ピシッ、ピシッ。
冷たく硬い地面を叩いた感触があった。
しかし、それは足ではない。
「……。鯛のスケルトンだと?
どれほどの業を背負えば、このような仕打ちを受けねばならないのか……」
首が曲がらないので、見る事は出来ない。
だが、私の体は見事に中落ちまで削ぎ落とされた、白く、美しい骨であるのだろう。
私は水もなき大地で、ただ虚しく尾を跳ねさせるだけの、干からびた残骸となっていた。
だが、いいだろう。
この欠落こそが、今の私の全てだ。
満たされぬ空腹ならぬ、満たされぬ「身」を抱え、私は歩み……いや、跳ね始めるとしよう。
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