トントン
赤城ハル
第1話
指紋が人それぞれと違うように、手相もまた人それぞれ違う。
だけど、基本の型は同じ。
あくまでどの線が長く、深く、そして他にはない小さな線があるかないか。
「手のひらを見せて」
占いに来る人は大抵が社会や恋愛、人間関係の進退に関する者ばかり。あとはときどき金銭。
そんな彼らは誰かに背中を押してもらいたいのだ。
迷いや責任そんなものがぐるぐると馬鹿みたいに渦巻いている。
だから私が手相占いで背中を押してやる。
「何が知りたい?」
「何か分かりましたか?」
質問を質問で返されてふと相手の顔を見る。
二十代後半の男性。服はスーツ。だけど髪は少し茶色に染めている。余裕のある表情で私に向けられる視線は猜疑的かつ挑戦的。
私は内心溜め息をつく。
ときどきいる占いを試す面倒なタイプだ。
お悩み系なら話を聞いて、背中を押してやればいい。
だけどこの手のタイプはお悩みがない。いや正確には話す気がないだろう。しかも変に知識があるせいかバーナム効果も通じない。むしろそれを使うと鬼の首を取ったようにペテン師だと罵る。
ここは素直にやろう。
「金運はイマイチですね」
「子宝は?」
私は小指側の側面を見る。
「3人がベスト」
作れとは言わない。なぜならすでに作っている可能性があるから。
「4人目はしんどいでしょうね」
「出世は?」
また手のひらを観察して調べる。
「線がくっきり出ていますね。良い未来が来るでしょう」
内心は貧乏であれと祈る。
「最初に金運はイマイチと言っていたけど」
「ええ。このままでは下がる一方でしょうね」
「他は? 恋愛とか病気とか」
「恋愛運はきちんと相手を愛せれば幸せになるでしょう」
異性や女性と答えないのは昨今の性事情のため。
「徳を積めば病魔も引き下がるでしょう」
「徳……ねぇ」
体にどこか不調でもあるのか。
もしくはフリ。
「そうだ。無くした物は見つかるか?」
おみくじではないんだよと心の中で毒づく。
「
素直を見えないことを伝える。
「なんだよそりゃあ」
「手相で分かることは金運、恋愛運、仕事運、健康運などです」
「そうかい」
ケチつけて代金を踏んだくるかと思いきや、男はきちんと代金を払った。
◯
ちょっと前なら夜の時間は自宅でテレフォン系の占いだった。
相手の名前と生年月日、職業などを聞いて占う。
けど、ほとんどは客のグチを聞いたり、アドバイスというカウンセラーみたいなものだった。
30分500円というワンコイン占い。
儲けが少なそうに見えるが、これがまた儲かる。
30分まで500円だが、30分を越えると延長料金が発生。
金にがめつい奴なら30分で終わる。でも、ずっと延長するやつが多い。それだけグチを聞いてもらいたいのだろう。特に年配の女性は多い。
馬鹿みたいに同じ話をループし、アドバイスよりただ賛同してほしいのだろう。
だから同情し、頷けばいい。
時には理不尽に『あなたに何が分かるのよ!』と怒られるが、逆にこれはチャンス。きちんと聞くから詳しく教えてと言えば相手は延長料金を気にせず、また同じことを喋る。
聞くだけ。
賛同するだけ。
占いなんて二の次。
最後にちょろっとラッキーアイテムでも言えばいい。
バーナム効果を使えばなおのこと良し。
そんなテレフォン占いを辞めたのは疲れたから。
固定客も何人か出来て、定期的にただ愚痴を聞くだけ。
でも、その仕事が毎日続くのだ。
愚痴ばっかり聞いていると頭がおかしくなる。
否定したい気持ちを抑えて頷くのだ。
本当に馬鹿馬鹿しい。
それでも仕事。
「ああ、今日はあの人の日か」、「明日はあの人」、「また例の愚痴か」
分かっている内容をまた延々に聞かされるのだ。
毎日が億劫になる。
もはや義務化された占いではないクソつまらないお悩み相談。金をもらっているとはいえ苦痛極まりない。
上手く客をコントロールすれば、かなり楽なのだが、それはマインドコントロールであり、悪い言葉で洗脳とも呼ばれる。
洗脳は御法度。
だけど毎日愚痴を聞かされると、次第にもうどうにでもなれと無茶なことをする占い師もいる。
気持ちは分からなくもない。
客をコントロールすれば楽。
自分の精神的苦痛を和らげるにはコントロールも必要だろう。
ミイラ取りかミイラになってはいけない。
◯
昨日の今日でまた茶髪のリーマンがやって来た。
「何用ですか?」
「占いだ」
「昨日、占いましたが?」
「仕事運を知りたい」
なぜか真剣な声音で彼は言う。顔つきも昨日とは違いまじめ。たった一日でこの男に何があったというのか。
「なら八卦にします?」
何も手相だけが占いではないし、それが得意というわけではない。対面式で短い時間に手早く終わらせるのが手相占いだから、それをやっているだけ。
「いや、手相でいい。こと細かいのは嫌いだ」
「分かりました」
そして私は男の手相を見る。
結果は同じ。昨日の今日で手相が変わることはない。
私はただ仕事運だけをしっかり伝える。ほんの少しリップサービスでもしてやろうかという考えが頭をよぎったがここは素直に伝えるだけにした。
「ありがとう」
彼は代金を置いて去って行く。
彼もまた背中を押してほしい仕事があったのだろうか。
分からない。
けど、どうでもいい。
仕事だ。
他人の人生なんて深く知ろうとしてはいけない。
右から左へと。
ベルトコンベアーのように流されていく人の波。その間に私はいて、一部の人は足を止めて私に占ってもらおうとする。
「お願いします」
また一人、迷える子羊が手を向ける。
トントン 赤城ハル @akagi-haru
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