第5話:世界で一番、残酷な「愛」の形。――監視役の告白と、謎の「調理師」
新橋の喧騒を離れ、僕たちは地下鉄の廃路線へと逃げ込んでいた。
カビ臭い湿った空気と、遠くで響く電車の振動。先ほどまでの破壊劇が嘘のように、そこには死んだような静寂が横たわっている。
僕の背後の怪獣は、エネルギーを使い果たしたのか、子犬のように小さく縮み、僕の影の端で震えていた。
「……君は、何者なんだ」
僕はコンクリートの壁に背を預け、カナコに問いかけた。
彼女は暗闇の中でも、驚くほど白く、透き通って見えた。その手元では、先ほど警備員を眠らせた時と同じ、薄青い粒子が静かに明滅している。
「私は……もともとは『第3セクター』の人間よ。あなたの絶望を管理し、収穫を効率化するための監視役。それが、私に与えられた仕事だった」
カナコの声には、一切の感情がこもっていなかった。それがかえって、僕の胸をざわつかせる。
「監視役……じゃあ、僕がクビになるのも、転職を繰り返すのも、全部君たちが仕組んだことなのか?」
「いいえ。そこまで過保護じゃないわ。世界が勝手にあなたを追い詰め、勝手に絶望を生み出してくれる。私たちはただ、その『収穫時期』を見極めるだけ。……でも、あなたは少し特別すぎた」
彼女は僕のすぐ隣に座り、僕の瞳を覗き込んだ。
「あなたの絶望は、あまりにも純粋で、あまりにも重い。彼らはそれを『特級素材』と呼んでいるわ。そして、それを最高のメインディッシュに仕上げようとする者がいる……通称『調理師(シェフ)』。第3セクターの中でも、最も冷酷で、最も美しさを愛する男よ」
調理師。
その不気味な響きに、肌が粟立つ。僕の人生の苦しみは、誰かにとっての「食材」でしかないというのか。
「カナコ。君はなぜ、僕を助けたんだ。監視役なら、そのまま僕を収穫機に突き出せばよかっただろ」
カナコは視線を落とし、自分の白いコートの裾を握りしめた。
そこからは、かすかに透明な光が漏れている。
「……私の絶望も、かつて彼らに『調理』されたからよ。この身体の半分以上は、もう別の何かに置き換えられている。私はただ、これ以上『自分』を失う人間を見たくなかっただけ」
彼女の横顔は、今にも消えてしまいそうなほど儚かった。
彼女もまた、世界に削られ、自分を奪われた犠牲者なのだ。
僕は無言で、彼女の震える手に自分の手を重ねた。
温もりはない。ただ、凍り付くような寂しさだけが伝わってくる。
「……僕たちは、どこへ逃げればいい?」
「どこにも逃げ場なんてないわ。この街すべてが、巨大な捕食者の胃袋の中なんだから。でも……抗う方法なら、一つだけある」
カナコが言葉を切ったその時。
暗いトンネルの奥から、規則正しい足音が聞こえてきた。
カツン、カツン、と。
それは、死神が近づいてくるような、不気味なほど優雅なリズムだった。
「おやおや、こんな湿った場所で密会ですか。せっかくの最高級素材が、湿気で傷んでしまいますよ」
闇の中から現れたのは、純白のコックコートを纏った、長身の男だった。
その手には、月明かりを反射して銀色に輝く、巨大な包丁が握られていた。
(第6話へ続く)
あとがき
第5話をお読みいただきありがとうございます。
カナコの悲しい過去、そして最悪の追跡者「調理師」が登場しました。
自分の感情が「食材」として扱われる恐怖。サトシはこの不条理を突き破れるのでしょうか。
「カナコを守れ!」「調理師が不気味すぎる!」と感じた方は、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】で応援をお願いします。
皆さんの声が、次のエピソードの筆を走らせるインクになります!
『僕の鬱が、この街を更地にするまで。~クビになった底辺社員の絶望は、世界を動かす最強のエネルギーだった~』 ヴィオラ @kamimurakei
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