​第4話:絶望は、誰かの「蜜」になる。――新橋を削り取る、黒き咆哮

​ 路地の入り口を塞ぐ黒塗りの車両。そこから降りてきた男たちは、感情を剥ぎ取られたような無機質な顔をしていた。

 彼らが手にしているのは、拳銃ではない。筒状の、妙に青白く光る測定器のような機械だ。

​「……ターゲット補足。絶望指数、極めて良好。純度九十八パーセントを確認」

​ 男の一人が、機械的な声で告げた。その視線は僕ではなく、僕の背後で揺れる透明な怪獣に固定されている。

​「あれは何だ、カナコ」

「収穫機よ。あなたの感情を無理やり引き出して、高密度なエネルギーへ変換する装置。あれを使われたら、あなたは『絶望すること』以外何もできない、ただの生きた発電機にされるわ」

​ カナコの声には、隠しきれない嫌悪感が混じっていた。

 男たちがじりじりと距離を詰めてくる。その機械の先端から、嫌な耳鳴りのような高周波が響き始めた。

​「待て、来るな……!」

​ 僕の叫びを無視して、男たちは機械を突き出す。

 刹那、僕の頭の中に、今まで受けた屈辱が濁流のように流れ込んできた。

 三十回の不採用通知。上司の薄ら笑い。両親の失望した顔。都会の雑踏で突き飛ばされた時の、肩の痛み。

​「あ、が……ああああっ!!」

​ 膝をつく。あまりの精神的苦痛に、視界が真っ赤に染まる。

 男たちは満足げに頷いた。機械のメモリが、僕の苦しみに呼応して激しく跳ね上がっていく。

 彼らにとって、僕のこの引き裂かれるような痛みは、ただの「良好なデータ」でしかないのだ。

​「……収穫を開始する。まずは周辺の遮断(パージ)からだ」

​ その言葉と同時に、僕の背後の怪獣が、苦痛にのたうち回りながら膨れ上がった。

 だが、それは男たちの予想を超えた膨張だった。

​「カナコ……が、言ったんだ……。こいつは、僕自身だって……」

​ 僕は血の混じった唾を吐き捨て、男たちを睨みつけた。

 

「僕の、不幸を……勝手に、売るな……!!」

​ 腹の底から、自分でも驚くような怒声が漏れた。

 その瞬間、怪獣が黒いインクを撒き散らしながら、爆発的に巨大化した。

 透明だった身体が、怒りの漆黒に染まる。

​ オオオオオオオオォォォォォン!!

​ 咆哮一閃。

 衝撃波が路地裏を駆け抜け、黒塗りの車両の窓ガラスを一斉に粉砕した。

 それだけではない。

 怪獣が伸ばした腕が、背後のオフィスビルの壁面を、まるで豆腐でも削るように易々と抉り取ったのだ。

​「な、なんだと!? 出力計が計測不能……! バカな、一人の人間にこれだけの絶望が溜まっているはずが――」

​ 狼狽する男たちを、怪獣の巨大な影が飲み込んでいく。

 新橋の夜を、不気味な破壊音が支配した。

 鉄筋コンクリートが崩れ、街灯が折れ、僕たちの周囲数十メートルが、言葉通り「更地」へと変わっていく。

​ 僕は、崩れ落ちる瓦礫の山を見つめながら、妙な清々しさを感じていた。

 僕を削り続けたこの街が、今、僕の手(怪獣)によって削られている。

​「……行こう、サトシ。ここはもう、彼らに見つかった」

​ カナコが僕の手を強く引いた。

 僕は崩壊した路地を背に、彼女と共に夜の闇へと駆け出した。

 僕の背後では、黒い怪獣がさらに深く、冷たい咆哮を上げ続けていた。

​(第5話へ続く)

​あとがき

​第4話をお読みいただきありがとうございます。

ついに怪獣がその力を解放しました。新橋のビルを削り取ったのは、サトシの長年の蓄積です。

しかし、ここから「第3セクター」の本気の追跡が始まります。

​「もっとやれ!」「スカッとした!」と思った方は、ぜひ【★評価】や【フォロー】をお願いします。

皆さんの「スキ」や「★」が、次なる破壊(?)へのエネルギーになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る