第3話:怪獣を飼い慣らすための「傷」。――彼女が隠していた、絶望の共謀者
眠りについた警備員の横で、僕とカナコ、そして透明な怪獣だけが路地裏の静寂に取り残されていた。
遠くで鳴るパトカーのサイレンが、まるで別世界の出来事のように遠く感じる。
「管理するって……どういうことだ。こいつは僕の一部だ。誰にも渡さない」
僕は段ボールを抱え直し、カナコを睨みつけた。
彼女のあまりの美しさと、常識外れの落ち着きが、かえって僕の防衛本能を逆なでする。
「落ち着いて、サトシ。奪いに来たんじゃないわ。むしろ逆。あなたがその子に『喰い殺されない』ように、ルールを教えに来たのよ」
カナコは僕の背後でゆらゆらと揺れる怪獣を見つめながら、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
怪獣は彼女の気配に怯えるように、僕の肩のあたりまで縮こまった。
「ルール……?」
「そう。その怪獣は、あなたの絶望を燃料にして現実を書き換える『特異点』。でもね、燃料が尽きれば、次はあなたの命を燃やし始める。そうなれば、あなたは二度と人間には戻れない。ただの空っぽな、歩く虚無になるわ」
彼女の言葉が、冷たい風よりも鋭く心に刺さる。
確かに、怪獣が出現してからというもの、僕の心は妙に冷え切っている。三十回目のクビという絶望さえ、どこか他人事のように感じ始めていた。
「どうすればいい。こいつを消せばいいのか?」
「いいえ。消すことはできないし、消すべきでもない。世界は今、あなたのその『泥』を求めているから」
カナコは自分の白いコートの袖を、ゆっくりと捲り上げた。
そこにあったのは、真っ白な肌を無残に横切る、いくつもの生々しい傷跡だった。
いや、それは傷ではなかった。
傷口から溢れ出しているのは血ではなく、僕の怪獣と同じ、あの「透明な揺らぎ」だった。
「君も……」
「私はあなたより少し先に、絶望の飼い方を学んだだけ。……サトシ、今夜、新橋のビルが三つ消えるわ。正確には、人々の記憶から『存在しなかったこと』に書き換えられる。あなたの怪獣が、その引き金になるの」
カナコの瞳に、初めて微かな悲しみが混じった。
「この世界は、システムの維持に膨大なエネルギーを必要としている。そしてその最高効率の燃料が、あなたのような『社会から零れ落ちた人間の絶望』なのよ。第3セクター――彼らは今、あなたの絶望を『収穫』しに、すぐそこまで来ているわ」
背筋に凍り付くような戦慄が走った。
僕が不幸になればなるほど、世界は潤う。
僕が泣けば泣くほど、誰かの幸せが維持される。
そんな狂った理屈が、この都会の夜を支配しているというのか。
「……ふざけるな」
拳を握りしめると、怪獣が再び大きく膨れ上がった。
透明な身体に、怒りのインクが脈打つ。
「僕の苦しみを、勝手に燃料にするな。そんな世界なら……こいつと一緒に、僕が全部ぶち壊してやる」
カナコは、その言葉を待っていたかのように小さく微笑んだ。
「いい目ね。……それじゃあ、契約成立かしら。あなたの絶望を誰にも渡さないための、共謀者になりましょう」
その時、路地裏の入り口を、数台の黒いワンボックスカーが封鎖した。
無機質なスーツを着た男たちが、手に奇妙な機械を持って次々と降りてくる。
収穫が、始まったのだ。
(第4話へ続く)
あとがき
第3話をお読みいただきありがとうございます。
ついに世界の裏側のルール、そして「第3セクター」という敵の存在が明らかになりました。
自分の不幸が誰かのエネルギーにされている……これほど腹立たしいことはありません。
「サトシ、やり返せ!」と思ってくださった方は、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】をお願いします!
皆さんの応援が、サトシの反撃の力になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます