古畑唯一郎は安楽椅子に座らない
小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】
第1話「禁じ手」
えー、日本には「書き手」「作り手」「演じ手」など、人間を「手」と表記する言葉が多い。んふふ。もちろん人間は「手」ではありません。比喩です。これは「人が何かをする時は手を使う」という事を暗に教えてくれている。人は何かをする時におおよそ手を使う。では、「禁じ手」はいかがでしょうか。使っていけないのはどちらの「手」か。「使う手」「使い手」あるいは‥……。んふふ。一緒に考え
申し遅れました、私は古畑と言います。えー、私はきちんと自己紹介をする人間なのですが、多くの人は真面目に聞いてくれません。聞いても記憶してくれない。一度聞けば忘れない名前だと自負していますが、んふふ。では、もう一度。私の名前は古畑と言います。あー、この古畑という名字を《ふるはた》と読んでしまったそこのあなた。テレビドラマの見過ぎです。私の名前は古畑です。下の名前は
えー、これが第1話となるわけですが、その前に私のことをどのような人間だと想像しましたか。女性ですか。男性ですか。答えは男性です。ええ、年齢は不詳としておいてください。刑事ドラマやミステリーによくある年齢不詳です。そしてさらにここまでの情報を全て聞いたあなたは、私のことを腰が低い人間だと想像されましたか、それとも佐々木朗希投手のように背の高い人間だと想像されましたか。答えは両方です。背が高くて腰が低い。そのように助手くんには言われています。お顔の偏差値は、そうですね。んふふ。そこそこ、だと助手くんに言われたことを思い出しました。そこそこ、だと思います。
本題に入りましょう。
倒叙ミステリーという言葉を、ご存知でしょうか。簡単に申し上げますと、殺人事件の結末を先に話してから始める物語……と言ったところでしょうか。
まず最初に犯人を明かしてから、私がどのように事件を解き明かすのかを楽しむ物語。マジシャン(犯人)が鳩を出したという結末を見たあとに、どうやって鳩を出したのか、どうして鳩を出したのか、種(トリック)を追求する探偵(私)とそれを回避する犯人とのやりとりを楽しむ……そんなところでしょうか。
えー、もちろんマジックを見せる観客は選ばなければいけない。動物やペットに見せても、それがマジックだとは分からないのでは不成立。つまり、無関係な人に見せては意味はありません。んふふ。子供に見せてもいけません。最初から種を明かすこの話では「どうして、どうして」と答えの意味を知りたがって、駄々をこねられてしまいます。んふふ。自分の頭で考えてください。そして、マジシャンの前でも披露してはいけない。んふふ。間違っても私の前で披露してはいけません。ふふふ。
では、事件をお話します。
先日、殺人事件がありました。正確には飛び降り自殺として処理された案件ですが、私の元部下が怪しいと話を持ってきました。私は少し前まで刑事でした。その時の部下です。私は今、刑事を辞めてミステリ探偵を目指しています。ええ、事件を解決するのが好きなんです。不倫の証拠とか身辺調査にこき使われる探偵は誰だって嫌ですから、私は他の道を目指し探っています。ええ、つまりこの部下は優秀なのです。私のお得意様。続けます。
事件はアパートの一室、三階の部屋で起きました。被害者はベランダから飛び降り、地面で大の字になって倒れていた……と言うことになっています。玄関に靴は無く、ドアは施錠され、掃き出し窓は開きっぱなしで、ベランダには靴跡が鑑識によって見つかり、手すりには擦れた跡があった。
被害者は独身で一人暮らし。親族とも疎遠。近所付き合いもネットの友達も無く、仕事も職場の人間とトラブルを起こして無職に。借金も多く、ビールの缶とたくさんの馬券が見つかりました。つまり、孤独死です。ええ。馬券をネットでは無く紙で購入している事を頭に入れておいて下さい。あまり役に立ちません。んふふ。
えー、どのように考えても普通は飛び降り自殺で決まりに思えます。普通の価値観の人はそれで構いませんし、普通はそれで終わらせるのがとても誰にとっても不都合がない。ここで「おやおや、おかしいですねぇ」と異を唱えたならば、その人物が一番怪しいという訳です。んふふ。
謎解き探偵はこの世に必要ありません。謎解きおじさんなら必要かもしれない。しかし、私はここまでの情報だけで殺人事件だと疑える根拠がある。私は想像します。とても細かく。きっと調べれば想像通りの物が出てくるはず。ええ。つまり、これは……。
自殺に見せかけた殺人事件という訳です。
犯人はとても頭の良い人間です。とても巧妙だ。なぜなら、事件が起きて去った後にこの状況を目にした人間が飛び降り自殺以外考えられないようにしたからです。当たり前のように聞こえますが、当たり前ではないから警察は騙され、自殺と処理した。んふふ、面白いですね。
私は刑事ではありませんので、事件現場である部屋に立ち入る事は出来ません。不要不急の外出は控える事にしています。「アームチェア・ディテクティブ」。探偵が部屋から一歩も出ずに事件を解決してしまうことを、えー、このように言います。在宅ワークの時代です。時代が安楽椅子に追いついたということでしょうか。しかし、事務所にある「あの椅子」はどうにも座り心地が悪い。客間に広げたこたつに入りながらら私の仲間たちと一緒に考える事にします。ええ、こたつは人を駄目にします。んふふ。
あっ。
そう言えば、確か……。ああ、今年は、午年でした。んふふ。そうですね。ええと、馬、馬、馬……。ああ、そうそう、蹴る馬も乗り手次第。んふふ。乗りこなす前に殺してはいけませんと言いたかった。それは禁じ手だ。馬が合わなかったからと言って殺してはいけません。それも禁じ手。自分に不都合であるから排除するという考えは、おやめになった方がよろしいかと。んふふ。
もちろん説教もまた、禁じ手かもしれません。
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古畑唯一郎は安楽椅子に座らない 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima
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