百合の花によろしく
田中 菜優
百合の花によろしく
「夏目さん、卒業制作進んでる?」
文芸部の部長、高宮が部室で読書をしている夏目
「ああ……はい。とりあえず半分くらい……。」
「もう半分も書いてるんだ。素晴らしいね。だって今回長編でしょ。」
高校3年生の夏。文芸部では卒業生が3年間の総仕上げとして作品を作る伝統があるのだが、
「そうですね。まぁでもちょっとスランプなんですけど。」
「いいよいいよ。作家にはスランプがつきもの。」
「部長はどうですか。その……進み具合は……。」
「うーん、僕はなぁ。なんかこう、パッとしないんだよね。やっぱり和歌って難しいわ。」
「100首集めて、和歌集を作るんでしたっけ。」
「そう。僕だけの百人一首を作るの。」
――1人で作ってるんだから
思わず言いそうになった言葉を飲み込んだ。
部長の名に
「大変そうですね。」
「夏目さん、もう既に半分も書けてるならさ、新しいことしてみたら?」
「新しいこと……ですか?」
この部長は、色々と革新的なのだ。
「たとえば……、そう。」
――なんだろう。
「挿絵をつけてみるとか!」
「挿絵……。」
これまで作った小説には表紙絵もなければ挿絵もなかった。これまでといっても実際に印刷までしているのは部誌くらいのものだが。
「でも私、あんまり絵は得意じゃないし……。」
「うーん。それはさ、プロに頼めばいいじゃん。ほら、美術部とか。」
我が校には美術部があり、美術展に出展したり、漫画を出したり、かなり本格的な活動をしていることで有名だった。
「美術部に知り合いいないですよ?」
「まぁこれから知り合えばいいし、善は急げでしょ。美術室に行こう。」
「ええっ……今ですか?」
部長の思い付きに逆らうこともできず、
「お疲れ様です!文芸部です!部長さんいます?」
この度胸はいったいどこからきているのか。高宮はドアの開いていた美術室に入り、大きな声で呼びかけた。
美術室ではハンドメイドの作業が行われており、部員たちが机を囲んで座っていた。
「あら、文芸部さん。何か御用です?」
扉の方に1人向かってくる。
――隣のクラスの……確か……。
「七瀬さんが部長だったのか。」
「そうよ、高宮くん。それで何をしにきたの?」
高宮と七瀬はクラスが隣で接点は少ないのだが、2人とも何かと有名なのでお互いを認識しているようだ。
「実は、夏目さんの卒業制作が長編小説なんだけど、その挿絵を描いてくれる人を探してるんだ。」
「挿絵ねぇ。」
「ほら、夏目さん。」
「あっ、この作品なんですけど……。」
挿絵を描いてもらう人を探すには、実際に読んでもらうのが早い、という部長のアイデアで書きかけの作品を持ってきていたのだ。
「そうね……。」
「ああ……すみません。いきなりこんなこと言われても困りますよね。作業の邪魔をしてしまってるし……。」
「ああ、違うのよ。うちは色んなことを自由にやる美術部だから、挿絵を描ける人って誰かなって思って。」
「部長!」
声をかけたのは、黒髪の女子部員だった。制服のリボンの色が青なので、おそらく同じ3年生だろう。
「せっかく持ってきてくれたんだから、みんなで読ませてもらいましょうよ。なんかアイデア浮かんでくるかもしれないじゃないですか。」
なんだか声が弾んで聞こえる。
「そうね。夏目さん、これみんなで読ませてもらっていい?」
「もちろんです……。」
「せっかくだから朗読してくれる?」
「えっ、朗読ですか。はい、分かりました。」
本当は朗読など恥ずかしくてやりたくないのだが、既にだいぶ活動の邪魔をしてしまっているのに、ここで駄々をこねるわけにはいかない。
美術部員たちは手をとめ、
「以上です……。ご清聴ありがとうございました。」
「すごいわっ!」
声を上げたのは先ほどの女子部員だった。
「夏目さんの作品、すっごいビビビっときた!私に描かせてくれない?挿絵、描かせてもらいたいの!」
女子部員は、興奮気味に目を輝かせる。
「いいんですか?」
――まさか本当に引き受けてくれる人が現れるなんて……。
やや強引に連れてこられたとはいえ、
「嬉しいです。お願いしてもいいですか?」
「もちろん!こちらこそありがとう!いい絵が描けそう!」
こうして挿絵を描いてくれる人が見つかり、今後は放課後の時間を使って、どこを絵にするのか、どんな絵にするのかを話し合うことになった。
挿絵を描いてくれる女子学生の名前は、藤崎莉子。
美術部の活動では普段、風景画を描いているものの、趣味でキャラデザもしているらしい。
さっそく次の日の放課後から話し合いをすることになった。
「昨日読んでくれたのはあくまで一部なのよね?長編って何ページくらいになるの?」
「16万字が目標なので、文庫サイズで300ページくらいですかね。」
「300!?まぁでもそうか。本ってそうだもんね。」
莉子の表情は、コロコロと変わる。
困惑の表情から納得の表情に変わるまで本当に一瞬だった。
「300ってことは、章ごとに6ページの挿絵って感じかなー。」
「そうですね。18枚も描いてくださるなんて非常に嬉しいです。」
「ありがとう!そしたら18枚で考えて……。」
どの部分にどんな絵を入れたいか、
「おっけー……。ある程度分かってきたわ。ラフ画を一気に描いちゃうから、3週間後に確認してくれる?」
「えっ、3週間でいいんですか?今決めただけで8枚くらいありますよ?」
「あくまでラフ画だし、なんか描けそうな気がするんだよね。まぁ楽しみにしてて!」
莉子はその言葉通り、3週間で8枚分のラフ画を描き上げていた。
人物は最小限で風景を優先に、との
「綺麗ですね。」
特に湖の描写が美しい。ラフ画の時点でも、ある程度色がのっていたのだが、水面の輝きはまさに夕暮れで赤みがかる様子を克明に描写していた。
「その絵、特にこだわったから気に入ってくれて嬉しい!夏目さん、すんごく魅力的な描写をしてて意識したの。きっと主人公にはこう見えてたんだろうなぁって想像して……。」
莉子は文章を思い出しながらうっとりしていた。
この湖は、主人公が初恋の人と出会った時のことを回想する際に出てくる。主人公には初恋の人への想いが重なり、湖がより幻想的に見えた、というシーンである。
「素晴らしいです……。ここまで私の文から読み取って描いてもらえるなんて思ってなかった……。」
喜ぶ
莉子は
順調に清書も完成し始め、莉子の絵を見るたびに、第2章の途中でスランプに陥っていた
「ねぇこの主人公どうなっちゃうんだろう……。」
そのうち莉子は
「ほら、夏目さんの過去作を読めば、言い回しの癖がわかって何が言いたいかもっとわかるかもしれないでしょう?単に読んでみたいってのもあるけど……。」
「……読んでもらうのは構わないですけど、短編しかないですよ?」
「短編いいね!たくさん読めそう!」
――たくさん読む気なのか……。
「今回の小説と同じく恋愛に関して書いていて、藤崎さんに合いそうなのは……、これ……ですかね。」
選んだのは、推理小説に恋愛要素をプラスした作品。文芸部に入ってすぐの頃に書いた思い出の作品だ。
「『彼女によろしく』か。どういう意味なんだろう……。」
「それは……、読んでからのお楽しみということで……。」
「ええー、気になるなぁ。」
「感想を聞くのが楽しみです。」
「おっけー!任せて!」
――あれ?誰かの感想を楽しみにしたことなんて、これまであったっけ?
続きを書く手が止まる。
――あっ、書かなきゃ。早く書き終えないと……。早く……。書き終えたら、挿絵が完成する。完成したら……、藤崎さんはもう読みに来ないだろうか……。何を言ってるんだ、私は……。
結局、莉子が隣で小説を読んでいる間、
美術部の活動時間になると、莉子はノートを閉じる。途中までしか読めていない時は、ノートを貸し出すと言ったのだが、大切なノートだからと言われて断られてしまった。その後も莉子は、律儀に
何やらじっくり読んでいるらしく、短編にも関わらず、読み終えるのに数日かかっていた。
「ねぇ、夏目さん……。」
「……なんでしょう?」
なんだか含みのある呼び方だったので、少し警戒した。
――酷評される?
「素晴らしいわ……。ねぇこれ他に誰も読んでないの?」
「えっ……はい。そのノートに書いたものは自分しか読んでないですけど……。」
「もったいないよ!あのさ、ネットにあげてみない?」
「ネット?」
「絶対バズるって!」
ネットなんて……と渋り続ける
公開したはいいものの、いつまで経ってもPVは0のまま動かない。
「んー、なんで読まれないかな、こんな良いのにさぁ!」
莉子は思わず立ち上がっていた。
前屈みになりながら、アップロードした小説をスクロールする。
「ほらっ!こことかすんごい好き。『彼女によろしく伝えてくれ。――愛している、と。』主人公が伝えられない彼女への想いを『よろしく』に込めるなんてめっちゃ素敵じゃない?夏目さん、すんごい文才あるのにー。見る目がないのね!」
口を尖らせて悔しがる彼女の姿に、思わず笑ってしまった。
小説が読まれないことに対して怒ってくれているというのに、作者の私は笑っていて、藤崎さんが怒っているなんておかしな話だ。
「いいんですよ、別に。元々自分のために書いてたんだし……。」
「ええ……うーん。もっと悔しがってもいいはずなのに……。」
本当に感動するのに、と時折ぶつぶつ言いながら、莉子は
まだ莉子は納得がいかないようで、時折、唸っているのが聞こえる。
――藤崎さんが読んでくれればそれだけでいいのに……。
ふと頭に浮かんだその考えに、
莉子の方を見上げると、なんだかそわそわした気持ちになった。
――なんだろう。これ……。なんていうんだっけ。
本を書いているというのに何も相応しい語彙が出てこない。
「ああっ!」
莉子が声を上げる。
「ついた!ついたよ!夏目さんの本、いいねがついた!」
先ほど、公開した本に良い評価がついたようだ。嬉しそうにする莉子の姿を見て、自分も嬉しくなってくる。
誰にも読ませたことのない作品が世界に飛び出した。
読んでもらう、ということは案外嬉しいものなんだな、と
しばらくして、小説も第3章の後半に差し掛かり、季節も秋になっていた。莉子は相変わらず小説を読みにきては感想を述べてくれる。挿絵の方も順調で先日15枚目が完成した。残りはあと3枚。クライマックスの展開を詰めなければならなかった。
気がつくと、授業中だというのに
――この前の絵も綺麗だったな。
15枚目は、莉子が得意とする風景画であった。それも以前感動した絵と同じ湖の絵。
「とても繊細なタッチで美しいです。以前と見え方が少し変わったということが、視覚的によく伝わってきて……。私も主人公の理解が進んだように感じます。」
「ほんと?嬉しい!」
莉子は満面の笑みで喜ぶ。
そんな数日前の莉子の笑顔が鮮明に思い出される。
――眩しかったな……。ん……?何が……。
何が眩しいのだろうか。
「何が……。」
よく分からない。
思考を整理しようと窓の外を見る。校庭では他のクラスが体育の授業を行っていた。
何気なく眺めていると、莉子の姿が見えた。
100m走の順番待ちをしているようで、楽しそうに周りと話している。
――やっぱり眩しい。
不意に莉子が前を向き、
――あっ、まずい。
何がまずいのだろうか。自分でもよく分からなかった。
莉子はこちらに気がつくと、笑顔で手を振ってくる。
考えるよりも先に、
これまで放課後しか会わなかったというのに、それ以外の時間でも関わりを持ってしまった。
――なんだろう。胸が……苦しい。
もう本当は分かっていた。分かっているはずだった。何度も文字にしてきた感情だ。
これはきっと……それなんだ。
――こんなに……苦しいの?
もっと幸せだと思っていた。少なくとも想っている間は幸せなんだと。
少し前に莉子が読んでくれた自身の短編を思い出す。
主人公は、最終的に自分の想いを告げなかった。それは叶わぬものだったからだ。
探偵である主人公は、犯人が自身の想い人であることに気が付く。主人公の推理により警察に捕まった彼女に対し、主人公は警察官に頼むのだ。
『彼女によろしく伝えてほしい。』
――愛している、と。
主人公は結局、彼女に「よろしく」としか伝えなかった。本当に言いたいことを……心の中にしまって。
――馬鹿だなぁ。自分で書いたのに、全然分かってなかった。
主人公にとって、それがどれだけ重い決断だったのか。
――こんなふうに分かるなんて、物書きとしては皮肉めいている。
放課後になると、莉子がやってくる。
時々は、他愛もない話をして、教室を後にする。
自覚してからは、その一瞬一瞬に緊張してしまう。
「ねぇ夏目さん。夏目さんって下の名前は美月よね?」
ある時、莉子が声をかけてきた。
「そうですね。」
「綺麗な名前だけど、どんな由来があるの?」
「ああ。私の母が文豪好きなんですけど、私の苗字って夏目じゃないですか。」
「ええと、夏目漱石と同じってこと?」
「はい、そうなんです。それで夏目漱石の有名な伝説って知ってますか?月の……。」
「あっ、『月が綺麗ですね』ってやつ?」
「はい。夏目漱石が『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳すように言ったという伝説から連想して、美しい月と書いて『美月』」
「そっか……。夏目さんの本では4文字に込めてたけど、夏目さんのお母様は名前に込めたのね。」
「えっ?」
「ほらあれだよ……。」
静寂に包まれて秒針の音が頭に響く。
「『愛してる』」
まるで秒針に置いて行かれたみたいだった。
脈が速くなる。
分かってる。彼女の言葉に深い意味なんてない。その言葉に……特に意味はない。
当たり前のことを再確認しただけなのに、心臓はまるで意味を期待するように激しく脈を打ち続けていた。
秋が終盤に差し掛かると、莉子は美術部の展覧会のために、美術室で作業をする時間が多くなった。その結果、2人が会う頻度はかなり減っていた。
作家には孤独が必要、とはよく聞く話だ。
彼女と出会ってから筆がよく進んでいたから、きっとそれは人によるんだな、なんて思っていたけれど……。
――ああ、そうか。私は……。
彼女と出会って初めて孤独を知ったんだ。
1人で書いていた時よりも、彼女の隣で書くようになってからの方が、ずっと……寂しい。
急にあたりが凍えてきた。もう冬が来るのだろうか。そんなことを思いながら、再びペンを取った。
展覧会が終わると、莉子は最後の1枚に着手し始めた。
冬になると受験の準備もより忙しくなり、いよいよ受験校の選定が始まる。
正直、自分が将来何をやりたいのかよく分かっていなかった。なんとなく文系を選び、なんとなく名前が有名な学校を目指して勉強はしていた。
「藤崎さんは何になりたいんですか?」
莉子と将来の話になったことがあった。
「私?私はね、美術の先生になりたいの。」
「先生……。いいですね。」
合ってそうだな、と
「夏目さんは何になるの?」
「私は……。まだ何も決まってないんですよね。なんとなく文系を選びましたが、何になりたいか分からないから、学部選びも適当な感じで……。」
「夏目さんは、好きなことは仕事にしたくないと思う?」
「好きなこと?」
「私は絵が好きで、これまでたくさん描いてきたけど、私きっと描くことよりも、作品と出会うことのほうが好きなの。美術部にいるといろんな作品に出会って、その度に私、なんだか世界が広がっていく感覚がした。だって、作品にはその人の人生が映るから。それで、そういう作品を作る人を支えたいと思った。美術って素晴らしいんだってもっとみんなに知ってほしいし。だから、先生になりたいの。」
真っ直ぐな想いがやっぱり眩しかった。
「夏目さんは、何が好き?好きを仕事にするのは辛いって意見も理解できるから一概には言えないけどさ。でも自分の『好き』には、きっとヒントがあるんじゃないかな。」
――私の好きなこと。
それからずっと考えていた。自分は何が好きなのか。転じて、自分の『好き』で何ができるのか。
きっと物語を書くのは好きだ。書いている間、作品の中に没入していく感覚が好きなんだと思う。
でもそれだけ。書いたあと、作品は誰に読ませるでもなく眠らせた。これまでは、誰に読んでもらえなくてもよかった。
自分が好きなように書いて、それだけで十分楽しかったから。
まして、作家として食べていくなんて考えたこともなかった。そんなに易しい世界じゃないと分かっていたからこそコンテストにも出さなかったので、実績もない。
しかし、
――書き続けたい。書き続けていたらいつかまた、藤崎さんのもとに届くかもしれないから。
自分の作品を読んで、喜んでくれる人がいる。それがどれだけ嬉しいことなのか。教えてくれたのは、藤崎莉子だった。
――もっと喜んでほしい。
彼女の心に残り続けるような作品を。誰かの心に届く作品を。
――作ってみたい。
この卒業制作が終われば、きっと彼女と会う理由がなくなってしまうのだろう。卒業後はそれぞれがバラバラの道を行く。
彼女がもし将来、何かに悩んだ時、私は隣にいない。
だけど、私が書いた物語で励ませないだろうか。
茨の道だ。でもなんだか、『大丈夫だよ!』と腕を大きく使って丸を作る莉子の姿が、瞼の裏に見える気がする。
数日後、莉子は最後の1枚の清書を持ってきた。
最後の1枚は、想いが通じあった主人公たちの絵。
絵の中で、穏やかに笑う2人を見ると、なんだか胸がいっぱいになる。
「どうかな?」
「幸せそうですね。」
もっと感動を伝えるための良い表現があるのだろうが、彼女の前ではどんな語彙も霞んで消えてしまう。
「藤崎さんにお願いできて、本当によかったです。」
「私も夏目さんの作品に出会えてよかった。」
2人の時間が終わっていく。
「藤崎さん。」
「ん?」
「私、作家になります。いつか藤崎さんにも届くように書き続けます。藤崎さんに描いてもらった絵の感動で胸を打たれたことも、藤崎さんからもらった勇気への感謝も、全て作品にぶつけて届けます。」
きっと書くことでしか表現できない。だって私は物書きだから。
「夏目さんの本、ずっと楽しみにしてる。私、夏目さんのファンだもん。」
「ファン第一号ですね。」
「本当?特別感あってなんだか嬉しいなぁ。でも私が一号だなんて、これまで夏目さんの本を読んだ人たちはファンにならなかったの?もう!」
喜んだり、怒ったり、藤崎さんは本当に楽しい人だ。
もうすぐ年が終わる。あっという間に高校生活の終わりは近づき、新しい生活が待つ。
挿絵が挟まったその原稿は、年明けには冊子になる。
名残惜しい。短いながらも人生が変わった大切な時間だった。
思い出に胸を熱くしながら、最後の1文を書き入れる。
世間では、女性同士の愛のシンボルとして百合の花を使っているらしい。百合の花言葉には色々なものがある。例えば「純粋」「無垢」「愛らしさ」といったところだ。これらの花言葉と、百合の花自体の真っ直ぐな美しさには、彼女の笑顔と同じ眩しさを感じる。
これは私の片思いであり、この気持ちを直接伝えることはないだろう。
それでも、何か言い残しておきたいような気がするのは、人間の欲深さゆえだろうか。
陳腐な表現は似合わない。そう、私が言い残せるのは1つだけ。
百合の花によろしく
藤崎莉子は、自室で清書の写しを眺めていた。
もともと本好きだった莉子は、入学した高校の文芸部が文化祭で部誌を販売しているらしいと聞いて、当然気になった。
高校1年生の秋、初めて購入した部誌。
その中に、ページをめくる手が止まらず、読み終わったあとには手の震えた作品があった。
作者の名は、夏目美月。
同じ学年にこんな恐ろしい才能があることに
他の作品も読んでみたいと思っても、彼女が外に出しているのは部誌にのる作品だけ。
休み時間に教室を覗くと、何やらノートに書いているらしいそれは、きっと新作だ。
どうにかして読みたいと思っていても、話しかける勇気が出ない。急に読ませてくれだなんて言って、不気味に思われるのは耐えられない。
結局、接点を持てないまま、高校3年生になってしまった。
あと1年で卒業。徹底して作品を外に出そうとしない彼女が将来、作品を世に出すことはきっとない。
このままでは一生、新作は読めない。
莉子は焦っていた。
そんな中、文芸部員が
自然に彼女に近づく方法。彼女の作品を一番最初に読んだとしても違和感のない口実。
――挿絵。
違和感のある出会い方はダメ。自然と彼女の足を美術部に向かせなければならない。
莉子は考えた。
考えて、同じクラスの高宮に目をつけた。
文芸部の部長。何かと新しいもの好きであり、渋る夏目美月を説得して部誌に作品を掲載させた功労者。
――いける。
莉子は、和歌を考えながら唸る高宮の机近くに立っていた友人2人に話しかけた。ここで話せば高宮にも聞こえるはずだ。
「文芸部の部誌って読んだことある?」
「ええ、読んだことないな。」
「校内で有名なのは知ってるよ。」
「この部誌さ、すんごく良いんだけど、せっかくなら絵があると素敵じゃない?」
「挿絵ってこと?」
高宮がこちらをチラッとみたのが分かった。
和歌に夢中で聞いていない様子の場合、別のプランがあったのだが。さすが文芸部の部長。「部誌」という単語に敏感に反応した。
「そう、特にさ、この夏目美月さんの作品とか、絵があるとまた違った味が出ると思うんだけどな……。もったいない。」
「でも文芸部の人が絵も描くのは大変じゃない?」
ナイスアシスト。
「そしたらさ、美術部に頼めばいいんじゃない?私とか美術部員だけど、描きたい人多いと思うんだよね。」
「そうなんだー。」
高宮を見ると何やら宙を見て考えている。
確実に聞こえたはずだ。革新派の彼なら、きっと意見を取り入れる。
高宮が美術室に夏目美月を連れてきた時は、ニヤケてしまうのを必死に我慢した。
私以外の人間が先に読むことが許せなくて、新しいパートが書き上がるたびに
全てが完璧だ。
彼女は卒業後も書き続ける。そして、彼女の作品を一番最初に読むのは私だ。
だって私は彼女公認のファン第一号だから。それに……。
ふと絵に
「彼女によろしく伝えてほしい。」
――愛している、と。
百合の花によろしく 田中 菜優 @tanaka_author
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