正しく書けば、世界は動く
リーネが初めて魔法を使えないと知ったのは、
「使えなかった」からではない。
使おうとした結果、何も起こらなかったからだ。
平民街の外れ、小さな診療所の裏庭。
簡易的な魔力測定具に手をかざし、
大人たちが息を詰めて見守っていた。
光は、灯らなかった。
誰かが気まずそうに咳払いをし、
誰かが「珍しくもない」と言った。
それで終わりだった。
泣くことも、怒ることもなかった。
リーネはただ、
「そうなのか」と思っただけだ。
――魔法は、使える人と使えない人がいる。
――自分は、後者だった。
それだけの話。
その代わりに、彼女は文字を覚えた。
計算を覚えた。
図形を覚え、構造を覚え、仕組みを覚えた。
魔術に出会ったのは、その少し後だ。
最初は、意味の分からない線と記号の集まりだった。
だが、それは嘘をつかなかった。
正しく書けば、正しく動く。
間違えれば、必ず失敗する。
世界が、突然、分かりやすくなった。
「――これは、誰に教わった」
そう言われたのは、
リーネがまだ学園に来る前のことだった。
振り向くと、見知らぬ女性が立っていた。
身なりは地味で、声も低い。
ただ、目だけが妙に静かだった。
「独学です」
そう答えると、
女性は少しだけ眉を上げた。
「嘘はついていないわね」
その日のうちに、
彼女は訓練を受けることになった。
訓練と言っても、座学ではない。
「避けなさい」
そう言われた直後、
リーネの足元が砕けた。
「……っ!」
転がる。
受け身を取る前に、次が来る。
魔法。
だが、何の魔法かは分からない。
考えている暇がない。
「今のは、どういう術式だったと思う?」
「……地形干渉系です。発動点は――」
「遅い」
また地面が爆ぜる。
痛み。
息が詰まる。
それでも、意識は切れなかった。
「戦闘中に考える癖をつけなさい」
女性――後に、セラフィナと名乗ったその人は、
淡々とそう言った。
「魔法は待ってくれない。
魔術も同じ」
休憩は、ほとんどなかった。
傷は、最低限の治癒魔法で塞がれる。
理由は簡単だ。
「死なせないためよ」
優しさではない。
効率だった。
数日後、
リーネは自然と動けるようになっていた。
避ける。
転がる。
立ち上がる。
同時に、術式を読む。
魔力の流れを追う。
次を予測する。
「……あなた、魔法がなくてよかったわね」
唐突に、セラフィナはそう言った。
「魔法があったら、
たぶん、ここまで考えない」
その言葉の意味を、
当時のリーネは理解していなかった。
ただ、分かったことが一つある。
この人は、
魔法が使えない自分を――
欠陥だとは思っていない。
訓練は続いた。
体術。
剣。
走りながらの術式解読。
魔術デバイスを壊され、
素手で逃げろと言われたこともある。
「失った時に戦えない技術は、
技術じゃない」
その言葉だけが、
今も耳に残っている。
学園に来た理由を、
リーネは誰にも話していない。
聞かれないからだ。
ただ一つ確かなのは――
自分は、ここに来るべくして来た、ということ。
魔法が使えないことは、罪ではない。
だが、それを理由に
世界が形を変えるとしたら。
その時、自分は
立っていなければならない。
そう教えたのは、
魔女でも、学園でもない。
あの、静かな目の人だった。
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魔法は、もう特別じゃない。――術式を書き換える魔女の弟子 高町 希 @takamatinozomi
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