魔法は、もう特別じゃない。――術式を書き換える魔女の弟子

高町 希

魔法が使えないという罪

朝の鐘が鳴るより少し前、リーネは目を覚ました。


寮の天井は白く、ひび割れ一つない。

貴族用の棟に比べれば簡素だが、それでも平民の家よりは遥かに整っている。

この学園に入ってから、寝床に不満を持ったことはなかった。


――居心地が悪いだけで。


身支度を整え、制服に袖を通す。

胸元の徽章は、魔法学園のものだ。

それが誇らしいと思えたことは、一度もない。


廊下に出ると、すでに数人の生徒が歩いていた。

挨拶は交わされない。

視線だけが、短く、正確に、彼女を捉えて離れる。


魔力の流れを見る癖が、いつの間にか身についていた。

誰の周囲に魔力が集まり、誰の足元で淀んでいるか。

それを観察するのは、呼吸と同じくらい自然だ。


そして、自分の周囲には――何もない。


魔法が使えない。

それは事実であり、欠点であり、この学園では身分証明だった。


教室に入ると、すでに半分ほど席が埋まっていた。

リーネは一番後ろの、壁際の席に座る。

机に触れた瞬間、空気が一段階、冷える。


誰かが、咳払いをした。

誰かが、笑った。


直接、何かを言われることはない。

それでも分かる。

ここでは、魔法を使えない者は数に入らない。


授業が始まる。

教師は淡々と魔法理論を説明する。

固有魔法の分類、血統による傾向、魔力効率の最適化。


リーネは、すべてを書き留めた。

板書されなかった補足も、言葉の順序も、間の取り方も。


理解できるかどうかは、問題ではない。

理解しても、使えないだけだ。


「……では、この理論を踏まえて、実技では――」


教師の言葉が続く。

魔法を持つ者にとっては、未来の話だ。


リーネは、机の中に手を伸ばし、

小さな金属製のデバイスに触れた。


魔術用。

術式を書き込み、魔力を流し込むための器具。


触れているだけで、落ち着く。

魔法がなくても、ここには確かな構造がある。


だが、それを取り出すことはしない。

授業中に見える場所に置けば、それだけで空気が変わる。


一度、経験している。


休み時間。

廊下から戻る途中、すれ違いざまに声がした。


「魔術ってさ、便利だよね」


笑い声。

続く言葉は聞こえなかった。

聞こえなかったことにした。


リーネは、歩みを止めない。


魔法が使えないことは、罪ではない。

それは、何度も自分に言い聞かせてきた言葉だ。


ただ――

この学園では、それは説明不要の欠陥として扱われる。


それでも、彼女はここにいる。

理由を問われることもなく、

答えることもなく。


まだ、この世界は何も始まっていない。

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