御伽丸
駄文亭文楽
プロローグ——赤ずきん
悲鳴が、森に裂けた。
それは助けを求める声だったが、あまりにも遅すぎた。
巨大な影が、月明かりの下に躍り出る。
狼――否、狼の形をした怪物。
家ほどもある胴。
地面を揺らす足音。
裂けた口から覗く歯列は、獣というより刃の集合体だった。
赤い頭巾の少女が、逃げている。
だが、距離は詰まる一方だ。
そして――
その瞬間。
世界が、音もなく切り替わった。
乙木雄二は、走っていた。
「――え?」
理解が追いつかない。
ついさっきまで、図書館の静かな机に座っていたはずだった。
それなのに、今は――
闇の森。
背後から、地響き。
振り返る。
「……うそだろ」
そこにいたのは、恐ろしくでかい狼だった。
逃げる。
理由はない。
考える余裕もない。
ただ、足が動いた。
「なんで……なんで僕が……!」
枝に躓き、転びかけながら、雄二は森の奥へと駆ける。
肺が焼ける。
足がもつれる。
死ぬ――
その予感だけが、はっきりしていた。
ふいに、視界が開ける。
泉だった。
月光を映す、静かな水面。
雄二は、滑り込むように立ち止まり、水面を見下ろして――凍りついた。
「……誰だ、これ」
映っていたのは、自分ではない自分。
低く構えた眼差し。
無駄のない体躯。
どこか自信を滲ませる、精悍な青年。
メガネもない。
怯えた表情もない。
「……僕じゃない」
声は、震えていた。
だが。
胸の奥に、小さな、しかし確かな感情が芽生える。
――できるかもしれない。
恐怖の奥から、希望が顔を出す。
雄二は、息を整え、来た道を振り返った。
森が、揺れる。
腹を膨らませた狼が、姿を現す。
鈍重な体。
重たい足取り。
だが――速くない。
「……ああ」
雄二は、理解した。
腰に、刀がある。
いつの間にか、それが“在る”ことを、体が知っていた。
雄二は、柄に手をかける。
引き抜く。
月光を受けて、刃が鈍く光った。
狼が吠える。
だが、その一歩は遅い。
雄二は、踏み込んだ。
一閃。
刃は、重たい腹を、易々と切り裂いた。
悲鳴とも咆哮ともつかぬ声。
狼は倒れ、裂けた腹の中から――
赤ずきんの少女と、老婆が、転がり出た。
森に、静寂が戻る。
雄二は、刀を収めた。
「……終わった」
言葉にした瞬間、それが“物語の結び”であることを、直感で理解する。
――これにて、めでたし候。
背を向け、歩き出す。
「……まって!」
赤ずきんが、声をかけた。
「あなたは……」
「あなたは、何処の誰なの?」
雄二は、立ち止まり、振り返らずに答える。
「――御伽丸」
一拍。
「何処は……」
「ここでは無い、どこか」
赤ずきんは、その背中を見つめていた。
月光の下、物語の中を歩き去る青年の姿を。
御伽丸は、森の奥へと消える。
――そして、物語は次へ進む。
了解です。
では、**テンプレを踏み抜いた直後の「王道テンプレ」**として、
赤ずきん編の余韻を残しつつ本文を書き起こします。
――目を覚ますと、自分の部屋だった。
見慣れた天井。
薄く開いたカーテンの隙間から差し込む朝の光。
「……夢?」
乙木雄二は、上半身を起こした。
心臓が、やけに早い。
布団の中。
自分の手。
いつもの、細くて頼りない体。
鏡を見るまでもない。
元に戻っている。
ほっとしたような、
残念なような。
だが、ベッド脇の床に見慣れないものがあった。
古い装丁の一冊の本。
見出しには、丁寧な筆文字で「御伽丸」
雄二は、息を詰めて、それを拾い上げる。
「……本物?」
軽い。
だが、確かに“在る”。
夢ではなかった。
あの森も狼も赤ずきんも……
そして――御伽丸という名も……
胸の奥に、昨夜の感触が残っている。
できるかもしれない、と思えたあの感覚。
雄二は、深く息を吐いた。
「……学校、行くか」
逃げない。
理由はないが、そう思った。
翌日。
いつも通りの教室。
いつも通りの朝。
担任が、教卓を叩いた。
「はい、静かに」
「今日は転校生を紹介します」
――来た。
雄二は、なぜか、そう思った。
教室の扉が開く。
入ってきたのは、赤い髪の少女だった。
派手ではない。
だが、目を引く。
どこか森の匂いを残したような、落ち着かない存在感。
「赤井(あかい)ときんです」
「よろしくお願いします」
一瞬、雄二の視界が揺れた。
頭巾はない。
だが、その赤は、見間違えようがない。
少女の視線が、教室を一巡して――
雄二のところで止まる。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
彼女は、微かに笑った。
「……うそだろ」
雄二は、思わず呟いた。
夢の続き。
あるいは――
物語の、続き。
担任が言う。
「乙木の隣、空いてるな」
「そこに座れ」
赤井ときんは、何も言わずに歩いてくる。
椅子を引き、隣に座る。
距離が、近い。
彼女は、小さく声を落とした。
「……おはようございます」
そして。
「昨日は、ありがとうございました」
雄二は、固まった。
心臓が、嫌な音を立てる。
「……人違いじゃ」
「いいえ」
赤井ときんは、楽しそうに首を振った。
「だって――」
彼女は、雄二の耳元で、囁く。
「あなた、御伽丸でしょう?」
鐘が鳴る。
日常が、始まる音。
だが、雄二は知ってしまった。
物語は、もう戻らない。
御伽丸 駄文亭文楽 @Geoconfreak
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