屍の巫女姫 ~現代編~

神谷モロ

屍の巫女姫 ~現代編~

 美しい人を見た。

 そう、他に例えようのないくらいに美しい人だった。


 透明感というのか。もちろん服が透けているとか、そういうことではない。

 風にそよぐ絹糸のような美しい黒髪に、僕は目を奪われた。


 彼女は巫女服を着ていた。

 コスプレとかではなく、年末年始に神社で見る、あの厳格な巫女服だった。

 たぶん神職の人なのだろう。


 いや、もしかしたら彼女は人ではないのかもしれない。


 衣装の神秘さもさることながら、その感覚は僕の語彙力では言い表せない。

 それでもあえて例えるなら、日本人形に近い感じだろう。

 それくらいに美しい人だった。


 ──でも、こんな古いだけで何の特徴もない神社に、なぜこんな人がいるのだろうか。


 神社だから巫女さんがいてもおかしくはない。

 けれど、この神社はおみくじを売ったり、土産物屋があったりする観光地とは違う。


 地元の人しか知らないような、こじんまりとした神社だ。

 そんな場所に巫女がいるとは思えなかった。


 …………。

 ……。


 僕の名は、佐我総司さがそうじ


 ごく普通の高校一年生。


 しかし高校デビューに失敗した僕は、入学式からひと月が経つというのに友達がいない。


 同級生の大半はすでにグループを作っており、今さら溶け込むのは難易度が高かった。


 それもそのはず。入学してひと月も経たないうちに、僕は腕の骨を折ってしまい、しばらく入院していたのだ。

 学校の先生は義務的に見舞いに来たものの、クラスメートは誰一人来なかった。

 まあ、友達でもないのに来られても気まずいだけだし、それはどうでもよかった。


 しかし、ついていない。

 僕は安全祈願で神社に通っていたはずなのに、滑落して骨折とは本末転倒だ。

 きっと罰が当たったのだろう。


 そう。僕が神社に通っていたのには、もうひとつ理由がある。

 それも、よこしまな理由だ。


 入学してすぐに見つけた、スマホのマップにも載っていないような、さびれた神社。

 もう一度、あの巫女さんに会えるかもしれない──そんな淡い期待を抱いて通っていた。


 だが、あの日は道を間違えたのか、神社どころか薄暗い森に迷い込んでしまった。


 ……そして、崖から落ちた。


 きっと体調が悪かったに違いない。

 そうでなければ、あんな失敗をするはずがない。


 過去を悔やんでも仕方がない。

 ここでぼっちになるにはまだ早い。

 友達なんて、気づいたらできているものだ。


 若干の憂鬱を抱えながら、僕は教室の席に座った。

 隣の席が空いているのが、せめてもの救いだ。


 ホームルームが始まる。


 雑談が収まると、担任が咳払いをした。


「みんな、突然だが今日から新しい友達を紹介するぞ。

 転校生の話をするのを、すっかり忘れていた」


 ざわつく教室。


「はい、静粛に。では三条、入ってくれ」


 その転校生は、ややくせっけのある長い黒髪をなびかせながら、教壇の前に歩いてきた。

 しゃなりしゃなりとした歩き方に、育ちの良さがうかがえる。


「皆様、あたくしは三条静花さんじょうしずかと申しますわ。父の都合で京都からこちらへ引っ越してまいりましたの。

 得意な科目は日本史と古文、剣術を少々嗜みますわ。苦手な科目は算術ですの。

 田舎者ゆえ、関東の作法には疎いのですが……どうぞよしなに」


 ふたたび教室がざわつく。


「お嬢様口調! しかも、すっげー美人だぞ。美少女転校生って、まじであるんだな」


「美少女転校生って……男子たちキモい。でも、すごいきれいな髪。ゆるふわな巻き毛。

 どこの美容室に通ってるのかな、教えてもらわなきゃ」


「馬鹿ね、京都の人なんでしょ? きっとお金持ちご用達の美容室よ。苗字からして金持ちそうだし」


「まじ? ガチでお嬢様なのかな。でも京都っていったら京都弁を話すのかと思ったら、違うんだな。

 漫画に出てくる、お嬢様口調じゃないか」


 本人を前に、ひそひそ話の声が大きい。

 デリカシーというものがない。まあ、俺も同じことを思っていたけど。


 客観的に見られるのは、ボッチのおかげかもしれない。


 たしかに、それくらいの衝撃があった。

 郊外の田舎町には、ありえない転校生の登場だ。


「静粛に! まあ、お前らの気持ちはわかる。実際、先生も緊張しているしな。

 おっと、いかん……では三条の席は、佐我の隣だ。佐我、退院したばかりで悪いが、よろしく頼む」


 そう言って、先生は僕に向かってウインクをした。

 まさか、独りぼっちの俺を気遣ってくれたのか?


「よろしくお願いいたしますわ。えっと……佐我さま」


「様だなんて。僕は佐我総司さがそうじ。大したことない一般人だから、普通に呼んでくれていいよ」


「それでは総司さん。ふつつか者ですが、これからよろしくお願いしますわ」


 深々とお辞儀をする。

 揺れる髪から、ふわりといい匂いがした。


 香水の匂いではない。

 どこかで嗅いだことのある匂い。


 ――そう、あの神社だ。


 僕は目の前の三条さんに、ある人物を重ねてしまった。

 でも、あの日見たあの巫女さんとは、全然違うのに。

 なぜか、同じ雰囲気を感じたのだった。


「あの……そんなに見つめられると、照れてしまいますわ」


 いけない。

 僕は動揺して、机からペンを落としてしまった。


「あら、筆を落としてしまいましたのね。

 片腕が不自由なのは、さぞ不便でしょう?

 よろしければ、あたくしが総司さんの右腕になってさしあげましてよ?

 あたくし、そういうのは得意ですの」


 どきりとした。


「い、いや……それはいいよ。リハビリにならないし。

 それに“右腕になる”って、なんか表現が重たいよ。

 そう……友達だ。ただの友達なら、いいんじゃないかな。

 えっと、三条さんがよければだけど」


「あら、それでしたらお安い御用ですわ。

 ちょうど、あたくしも殿方のお友達が欲しかったんですの」


 ……友達ができた。

 しかも女の子だ。


 なんだ、案外簡単じゃないか。

 友達なんて、作るのは簡単で、きっかけなんてどうでもよかったんだ。


 変に壁を作るから、いけないんだ。


 だから僕は、神頼みなんて情けない手段に頼ってしまったのだろう。

 いや、そもそも、なぜ僕は神社に行こうと思ったんだろうか。


 安全祈願のため? 違う。

 何かに呼ばれたような……。


「あの、ひとつお聞きしてもよろしいかしら。

 その……佐我さんは、どうしてお怪我をされたんですの?」


「あはは、さっそく聞かれた。

 実はね……情けないことに、道に迷って崖から転落しちゃったんだよ。

 高校生にもなって、馬鹿みたいだろ?」


「いいえ、そんなことはございませんわ。

 昨今の若者は外で遊ぶことが減ったと聞いておりますの。

 ですから、ご立派なことだと思いますわ」


「そう言ってくれると励ましにはなるのかな。でもね、不思議なんだ。神社。

 そう、神社があったはずなんだけど、いつの間にか工事現場になってたんだ。

 あれから何度も確認したんだけど、場所は間違えてないし、周りもよく見た。でも、その神社はなかった。

 神隠しってよく聞くけど、神社って神様を祀るんだろ? 神様が隠されるなんてこと、あるのかな。

 あ、ごめん。変なことを言ったかな」


「いいえ、とんでもございませんわ。とても興味があります。

 実はあたくし、少し詳しいんですの。ぜひとも、お聞かせくださいな」


 興味がある話なのか、彼女の目がきらきらと輝き、顔全体が一段と明るくなった。

 三条さんは、やはり美少女だ。

 あの神社で見た巫女さんとはタイプが違えど、同じくらいに美人だと思う。


 ひょっとしたら、三条さんも神様かもしれない。


「三条さん、笑わないで聞いてほしいんだけど。もし、僕が神様を見たって言ったら、信じるかな」


 僕はつい話してしまった。

 神社で偶然見かけた、神様かと思うほど美しい巫女さんに、一目惚れしたこと。


 こんなことを言われたら、ドン引きだろう。

 我ながら馬鹿なことをしたと思う。

 けれど、三条さんの反応は違った。


 笑顔ではあるが、目は真剣そのものだった。


「まあ、巫女さんの格好をした神様ですの?

 八百万と申しますし、無いとは言い切れませんけど……。

 それは神様じゃないと思いますわ。あるいは、まったく逆の祟り神……。

 うふふ、なんでもございませんわ。

 でも、あたくしは総司さんのお話、信じますわ。


 そうですわ、せっかくですし、放課後いっしょに探しましょう。

 あたくし、実は詳しいんですのよ。

 なんせ、生まれも育ちも京都出身ですの」


 意外だった。三条さんはオカルトが趣味なのだろうか。

 いや、案外京都の人は、そういうものに詳しいのかもしれない。

 陰陽師の舞台になった土地でもあるし……。


 おっと、さすがに偏見が過ぎるか。

 それに、三条さんが少し変わっているだけかもしれない。


「善は急げ、ですわ。

 あたくし、ちょっと荷物を取りに戻りますから、現地集合でよろしくって?」


「は、はい」


 …………。


 ……。


 放課後。

 成り行きとはいえ、女の子と二人きりになるのは、ハードルを越えすぎだろう。


 だけど、拒否することもできなかった。

 というより、向こうが乗り気だったのだ。


 待ち合わせ場所は、神社があったであろう森の入り口。

 しかし、そこは工事現場になっていて、立ち入ることはできない。


 もちろん、神社なんてあるはずがない。


 きっと僕は、嘘つきと呼ばれて軽蔑されるだろう。


 一人になると、ネガティブになるのはよくない。


 そういえば、入学前の僕も同じ気持ちだった。

 友達ができないのではと不安に思っていたら、あの神社を見つけたのだ。


「お待たせいたしましたわ!

 少し警察の方に声をかけられてしまいましたの。

 いろいろと物騒な時代になったものですわね」


 そう言って現れた三条さんは、白い無地の薄手の着物姿だった。

 それに、自分の身長ほどもある、若干反りのある長い棒状の袋を持っている。


 花柄の袋にはお守りがぶら下がっており、着物姿と相まって、明らかに場違いだった。


「三条さん、その格好はさすがに目立つよ。

 きっと、その袋も刀と間違えられたんじゃない?」


「そうなんですの?

 これはあたくしの勝負服ですのに……。

 でも、失念していましたわ。最近は刀を持ち歩いてはいけませんでしたのね。

 誤解が解けるまで、時間がかかってしまいましたわ。

 あたくし、そっちの系統の呪術は得意じゃありませんの。


 それよりも、ここが総司さんの言っていた神社がある場所ですのね?」


 ひょっとしたら、三条さんは変わり者なのだろうか。


 だから僕のオカルト話に乗ってくれた。

 彼女は、本気なのだ。


「三条さん……ごめん。

 やっぱり、ここはただの工事現場で、神社なんて最初からなかったんだ……」


「たしかに、すごい妖気を感じますわね。

 これは大当たりですわ。

 総司さんって、実は陰陽師を生業にしていらっしゃったのですね」


「えっ!?」


 僕は、三条さんの視線を追った。


 そこは、先ほどまで工事現場だった森ではない。


 そう、あの日見た神社の境内が、そこにあった。

 季節外れの霧に包まれた、神秘的なあの神社だ。


「さあ、行きますわよ! 準備はよろしくって」


 そう言うと、三条さんは袋を縛っていたお守りの紐をほどく。


 ドクンッ!


 なぜか僕の心臓が、わしづかみにされたような寒気を覚えた。


 袋から出てきたのは、紛れもない刀だ。

 一般的な刀よりも反りが深く、長い。

 太刀というやつだろう。


 三条さんは、自分の身長ほどもある長い刀を、全身のばねを使って抜刀する。

 おもちゃではない。本物の刀だ。


 よく警察に捕まらなかったよな。


 いや、それよりも、この禍々しさ。

 刀というより、何か見てはいけないものを見た気がした。


「あら、やはり総司さんは、そっち側の人間でしたのね。

 この血吸刀の本質を見抜いていらっしゃるのですから」


「な、なにが? それに三条さん、君はいったい何者……」


「しっ。今は目の前の怪異を退治することが先ですわよ。

 うふふ。手こずりましたわ。まさかこんなところに隠れているなんて、つれないですわ」


 そこに現れたのは、巫女服の少女だった。

 僕が見た、あの美しい少女。


 だが、目の前の彼女は以前とは違う。まるで邪悪そのものだった。

 それに、片腕の袖からは、カニの鋏のようなものが生えていた。


『ハッ! なにがつれないものか。

 我は千年以上も、この時を待っていた。

 貴様らの警戒が薄れ、そして黄泉の境界に触れられる人間が現れるのをな!』


「いけませんわね。もう復活を始めている。時間がありませんわ!」


「復活って……なにが?」


「それは太古の大妖怪、黄泉渡蟹よもつわたりがにですわ。

 しかし、考えたものですわね。あたくしたちを引き離し、この亜空間に閉じ込めるなんて。

 でも静音さんは、あたくしのものですわ。ずいぶんとなついていたと思いましたのに。

 二度と歯向かえなくなるよう、調教してさしあげます!」


『さあ、どうかな! 久しぶりの実体化だ!

 存分に楽しませてもらうぞ。

 まずは腹が減った! おい、そこの人間。おまえ、旨そうだな!』


 その言葉で、僕は金縛りにあったように身動きが取れなくなった。

 息ができない。


 巫女服の少女が僕に向かって、右腕の鋏を突き出す。

 禍々しいカニの鋏が、僕の喉元にかかる寸前で止まった。


 ギィン! という金属音が響いた。

 間一髪、鋏と僕の首の間に、刀が挟み込まれたのだ。


「そうはさせませんわ。

 それに静音さんの腕は、そんなにごつくなくってよ。カニの腕なんて。

 もぎ取って、おいしくいただくのが正解ですわ!

 今回ばかりは、いたずらでは済まされませんわ。

 痛い目にあっていただきます!」


 三条さんと巫女の少女は、戦いを始めた。


 映画を見ているのではないかと思った。

 だが、そうではなかった。


 僕はすっかり腰が抜け、なにもできない。

 なにもできなくて、当たり前だ。


 僕は、ただの傍観者だった。


 やがて、巫女の少女のカニの腕が切り落とされた。


 巫女の少女は、その場にうずくまる。


『おのれ……また失敗したか。

 口惜しや。次こそは、必ず復活を遂げてみせよう。

 なんせこの国は、今や一億人の怨念を内包した、呪い大国なのだからな!


 ゆめゆめ忘れるなよ。

 我は呪いの神なのだからな! ふはははは!』


「お黙りなさいな。

 それを言うなら、あたくしたちは屍の巫女姫。

 永久に、お前を封じ込めてさしあげますわ」


 …………。


 ……。


 いつの間にか、僕は意識を失っていた。


 目を覚ますと、目の前には三条さんがいた。

 どうやら、膝枕をされているらしい。


「お目覚めですわね。今回は巻き込んでしまって、ごめんなさい」


「あの、三条さん。僕は、夢を見ていたんでしょうか」


「ええ、そうね。悪い夢だと思って、忘れていただけると、いろいろ助かりますわ」


「静花さん。その方のおかげで、助かったのですね。

 危ないところでした。私からも、お礼を言わせてほしいです」


 そう言ったのは、巫女服の少女だった。


 夢ではなかった。


「あの……あなたを見たんです。

 神社で。僕は、あなたに会いたくて、ずっと探していたんです」


「あら、妬いちゃうわ。ライバル登場かしら」


「静花さん、茶化さないで。

 彼は、私が異界に閉じ込められているのを見つけてくれました。命の恩人です。

 ……しかし、どういうことでしょう。佐我総司さがそうじさん、とおっしゃいましたね。

 もしかして、あなたは陰陽師の血筋でしょうか。

 それも、私が苦手な結界に詳しいようですが……」


「陰陽師? わかりません。

 でも、僕には神社が見えました。そこで、あなたを見つけたんです」


「そうですか。

 今回は助かりましたが、今後は怪しい神社を見つけても、近づかないでくださいね。

 あなたは偶然、見える側の人のようです。

 でも、見えてはいけないものを見てしまったら……見えないふりをして、通り過ぎてください。

 素人では、それ以上の対処はできませんので。

 それでは、私たちはこれで失礼します」


「あの! せめて、お名前を聞かせてください。

 僕は、あなたのことが……」


「私は春日静音かすがしずね

 三条静花とともに、永遠を生きるかばね巫女姫みこひめです。

 それでは、健やかに生きてください」


 …………。


 ……。


エピローグ


 翌日。


 三条さんは、学校に来なかった。

 ホームルームを終え、皆が帰宅の準備を始めている。


 僕は思い切って、前の席に向かって声をかけた。


「なあ、三条さん来なかったけど、何か知ってる?」


「三条さん? はて、誰でござる?

 うちのクラスには、そんな名前の人はいないでござる」


「嘘だろ?

 ほら、転校生の三条さんって子がいたでしょ。

 お嬢様口調で、不思議な人が」


「え? おいおい、佐我くん。君はいったい、何を言っているでござる。

 拙者がアニオタだからって、変なことを言わないでほしいでござるな。

 ……しかし、不思議と、その三条殿とやらのイメージが、明確に思い浮かぶでござる。

 ふわふわの巻き毛で、お嬢様口調の美少女転校生。

 学園ものにおける、テンプレ展開でござるな。

 うむ、佐我君とは同志になれそうでござる。

 せっかくだから、このあとアニメイドに一緒に行くでござるよ。

 そこで腹を割って話そうではないか!」



 終わり。

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