メスガキお姉ちゃんは僕をわからせたい!! 〜仕事を辞めたら、女子小学生ボディの姉とひとつ屋根の下で同居することになりました〜

kazuchi

第1話「年下のお姉ちゃんは、僕をざこ認定する」

「――なんて空気が美味いんだ!!」


 そう叫んだ瞬間、ようやく実感した。

 僕は仕事を辞め、都会を捨て、人生を立て直すために、夏真っ盛りの田舎へ逃げてきたのだと。


 僕、櫛引佑介くしびきゆうすけは深呼吸した。どこまでも続く真っ青な空に白い雲が駆けていく。これまで都会暮らしではスマホの画面ばかり覗き込んでいた。空を見上げるなんて何年ぶりだろうか……。


「ふうっ……」


 思わず喉の奥からこぼれ落ちる言葉。疲労した身体の中の空気を入れ替えるように息を吐く。


 別荘の建つ区画も、行楽シーズンなのに利用者の人影はあまり見あたらない。


「夏休みは利用者も多いって聞いてたけど、隣と距離があって、密集していないのは嬉しいな。騒がしいのは都会だけで沢山だから」


 ……思わず、口の端に笑みがこぼれる。

 都会では、空を見上げる余裕すらなかった。

 スマホの画面ばかり覗き込み、息をするように疲れていた。


は忘れてないよな」


 ポケットをまさぐり、固い鍵の感触を指先で確かめる。


「そう言えば、親父は妙なことを言っていたな。別荘は無料タダで貸してやる。ただし、それには条件があるって」


 まさか、いわくつき物件を息子に押し付けたんじゃないのか?


「いくら変わり者の親父でも、それはないよな」

 

 子供の頃に、家族で別荘を訪れる機会は多かったけど、以来、僕は足を踏み入れていない。


 父親が、別荘を仕事の作業場にしているのは知っていた。昨今の情勢で、リモートワークも普及して、山奥にいても都会と変わらぬ仕事が可能になった。


「着いてからのお楽しみで、お前にサプライズを用意しておいた、って何だよ。親父からのサプライズなんて、僕は別にいらないのに……」


 せっかく上機嫌だった気分に、暗い影が射した。

 

「それにしても、あの女の子は見事な程のクソガキだったな。……ああ、メスガキといったほうが相応ふさわしいか」


 同時に僕は、先ほど起こった不愉快な出来事を思い出してしまった。


 *******


 買い出しに立ち寄ったスーパーマーケットで、遭遇した女の子だった。店の駐車場に停められた移動販売の車。その脇の赤いベンチに問題のメスガキは腰かけていた。


 通り過ぎようとしたら突然、声を掛けられたんだ。



「……ねえ、あんたって昔より強くなったの?」


 その視線に、胸の奥がざわついた。

 忘れたはずの過去が、名前もなく、こちらを見返している気がした。


「お嬢ちゃんは僕に声を掛けてるの?」


 すらりと伸びた背丈の感じから小学校高学年くらいだろうか? 派手な英字のプリント柄が入ったTシャツ、細かいドット柄のミニスカートから突き出た足は良く日焼けしている。スカートとお揃いのソックスが小学生にしては形の良いふくらはぎを包んでいた。


「……はあっ!? 私の目の前に突っ立っているのはあんたしかいないでしょ。きゃははは!! ダメじゃん、めっちゃ弱そう。かなり雑魚ざこキャラっぽい」


「ザコキャラって!? お嬢ちゃん、何かの人違いじゃないの。僕は初めてこの場所に来たんだけど。それに、あんた呼ばわりはひどいな。僕はお嬢ちゃんより、年上なんだからさ」


「ふうん、年上かぁ。あんたもずいぶん偉くなったもんね。どの口が私にむかって、そんな生意気を言うのかな」


 やれやれと肩をすくめる女の子。その拍子にツインテールに結んだ髪に付けたのカタチをした桜色の髪飾りがきらりと日差しに反射する。


「……」


 思わず僕は言葉を失ってしまった。

 この子は、何で初対面の相手に、意味不明なことばかり口走っているんだ!?


「まあいいや。時間はあるから。昔みたいに下僕げぼくとしての英才教育をその身体に仕込んでやるから覚悟しなさいよ♡」


「げ、下僕って。お嬢ちゃん、その意味を分かって言ってんの!?」 


「しまった。いきなりグイグイ行き過ぎちゃったか!? とりあえずこの場は一時退散するね!!」


 大き目なサイズのTシャツ。襟元からのぞく健康的に日焼けした首筋に残るスクール水着の跡。その白い肌の部分を所在なげになぞる彼女の指先を僕はあっけにとられながら見つめるしかなかった。


「あっ、そこの移動販売のピザ。めっちゃ美味しいから。ミックス富士がオススメ。きっと同居人あの子も喜ぶと思うから買っていってあげて……」


「待てよ!! 僕に声を掛けた理由わけをまだ聞いていない」


 その場を走り去る小柄な背中に声を掛けようとした瞬間、まるで神隠しにあったかのように、女の子の姿はこつ然と、こちらの視界から消えていた。


「あの女の子は何なんだ。変な夢でも見ていたとか? そんなに異常をきたすほどブラック企業の激務で僕は疲れきっていたというのか……」


 その少女は、ただ生意気なだけじゃなかった。

 初対面なのに、まるで僕の過去を知っているかのような目をしていた。


 *******


「……変な女の子の言いなりにピザを買ってしまった。一人じゃあ大きすぎて食べきれないかもな」


 別荘の前に車を停め、最初に箱に入ったピザを抱える。両手に伝わる温もりとえも言われぬ良い香りに、何も食べていない胃袋が反応する。


 玄関の鍵を開けようとした瞬間、いきなりドアが内側から開かれた。


「弱っちい下僕、到着が遅い!! むっ、調教はまだ早いか」


「なっ!?」



「ああっピザだ!! ちゃんとおつかいしてくれてはとても嬉しいよ♡」


 いきなり飛び出して来た人影に抱きつかれ、思わずピザの箱を落っことしそうになってしまった。慌てて頭上高く箱を抱えて難を逃れる。


 んっ!! このツインテールの髪型、そしてバッテンのカタチをした髪飾りの少女は!?


「ちょっと待った!? お嬢ちゃんがなぜ別荘の中にいるんだ。子供の悪戯にしては度を越してるぞ。出ていかないと警察を呼ぶからな!!」


「……うわっ!? 取り乱すところも昔とぜんぜん変わっていない。やっぱり強くなってないじゃん。夏月なつきお姉ちゃんはいきなり幻滅したよ。このざああああこ!!」


「な、夏月お姉ちゃんっだって!? なぜその名前を知っているんだ」


「……」


 僕のあまりの剣幕に驚いたのか、女の子は何も言わない。


「気安くその名前を口にするな!! どこで聞いたか知らないが僕のお姉ちゃんと呼べる女性ひとはこの世でたった一人だけだ」


 いや、正確には……。


 僕の大好きだった夏月お姉ちゃん。


 その名前を聞いた瞬間、胸の奥がひっくり返った。

 もう二度と呼ばれるはずのない名前だと思っていたからだ。


 見ず知らずの女の子に、姉の名前をかたられて頭に血が上ってしまった。

 まるで瞬間湯沸かし器みたいに黒い感情が溢れ出してくるのを抑えきれない。


 駄目だ、冷静な判断をしろ。ひと回りも年下の女の子に僕は何を激ギレしているんだ。


「……ゆうちゃん、ずっとひとりぼっちにしてごめんね。会っていきなり強くなれなんて、いまのあんたにはこくすぎるか」


 負けん気の強そうな女の子の表情に影がした気がした。

 大人びたその口調にはどこかで聞き覚えがあった。


 


 僕の前からいなくなったあの日の姉と同じ年格好の少女が現れただと!? 


 別荘の玄関エントランス、天井の採光窓から夕暮れのオレンジ色が差し込む。目の前にたたずむ少女の髪の毛に鮮やかな天使の輪を浮かび上がらせた。


「ば、バッテンの髪飾り!? お姉ちゃんの誕生日に、僕がプレゼントした物とそっくり同じなんて嘘だろ!!」


「やっと髪飾りに気がついてくれたね。でも遅いから!! 佑介のざあああこ♡ 女の子の容姿の変化にはつねに気を配ること、それが強くて優しい男の子の必須条件だから」


「ほ、本当に夏月お姉ちゃん!? なんで年下の姿のままで現れたの!! 僕は夢でも見ているんじゃないのか」


「あんまりこまかいことは気にすんな。そんな些細ささいな部分に突っ込む男は嫌われるから」


「久しぶりの姉弟きょうだいの再会なのになんか軽くない?」


「佑介とすごせる時間を無駄にしたくないからね。ピザも冷めるといけないし。この別荘にまつわる話も、お父さんからまったく聞いてなさそうじゃん。お世話焼きな美少女の同居人付きって好条件をさ」


「夏月お姉ちゃん、おせっかいなメスガキ同居人の間違いじゃない」


「あっ佑介!! お前、調子に乗りすぎだぞ。後で電気あんまの刑にしょするからな。それとも七年殺しの刑がいいか!? 二つにひとつ!! どちらか選ばせてやんよ」


「どっちしても死刑じゃないか、お姉ちゃんのサディスト!! それに大事な部分を潰しに掛かってくる処刑技ばっかだし!!」


「あ~~、ゴチャゴチャうるさい!! おとこは黙って苦難を乗り越えるモノなの!!」 


 ぴょこんと跳ねたツインテールの先端が軽やかに揺れる。姉の懐かしい仕草に胸が震えた。


 二度と逢えないと思い込んでいた大切な人と、僕は新天地で再会した。


 年下のメスガキ美少女の姿のままで姉は僕の前に現れた。その驚くべき事実を目の当たりにして、自分の視界がゆっくりとにじみ始める。


「……お姉ちゃん、お願いがあるんだ。してもらってもいい?」 


「ああ、子供の頃にやったアレか!! 今日は特別サービスで、ぎゅっ、してやんよ。まったく、甘えん坊なのは図体ずうたいがでかくなっても全然変わんないじゃん」


「うん」


「佑介、玄関マットにひざをつきな。今のあんたと私じゃあ身長差があって私が抱きしめづらいから」


「ありがとう、夏月お姉ちゃん」


 それは、子供の頃に何度も繰り返した、姉弟だけの合図だった。

 泣きそうなとき、何も言えないとき、ただ抱きしめてもらうだけの――。


「じゃあ、目をつぶってじっとしてな」


「うん」


「素直でよろしい」


「……」


 見た目は年下の少女に、抱きすくめられたまま僕は固く目を閉じる。

 こらえきれずに涙がこぼれてしまわぬようにぎゅっ、と固く。


「おかえりなさい、佑介……」


 彼女の細い指先が手櫛てぐしのように髪の毛をくすぐる。


「夏月お姉ちゃん?」


 幻じゃないかと怖くなってすぐにまぶたを開くが、姉は変わらずその場所に存在してくれていた。


「心配すんな、もうあんたを一人にしないから」


 その言葉に、安堵の深いため息をつく。


 ぐうううっ!!(✕2)


「佑介、あんた、めっちゃ腹の虫が鳴ったね♡」


「夏月お姉ちゃんこそ、すごい音でお腹が鳴ったよ」


「あははっ、やっぱり、うちら姉弟きょうだいだね。腹の虫まておそろいなんてさ」


「うん、そうだね」


「……ピザを一緒に食べようか。もうここは私たちの別荘おうちなんだから」


 この夏、想い出が色濃く残るこの別荘で、僕はメスガキお姉ちゃんと何をして過ごそうか。


 期待と不安で胸がいっぱいになった……。


 この再会が、ただの姉弟の思い出話で終わるはずがないことを、僕はまだ知らなかった。


 年下の姿になった“お姉ちゃん”との同居生活は、やがて僕の理性と距離感を少しずつ壊していく。


 これは、間違ってはいけないはずの関係が、間違えたまま進んでいく夏の物語だ。


 (第1話 了)


 次回予告


 七年ぶりに再会した、小学生の姿の姉・夏月。

 突然始まった同居生活は、佑介の想像以上に“厳しくて、懐かしい”。

 ピザを囲む食卓。

 優しい言葉の裏で、次々と暴かれていく佑介の生活力ゼロっぷり。


 そして夏月が切り出す、謎の「ルール」と「特訓宣言」。

 メスガキお姉ちゃんによる容赦ない生活指導が、今、始まる――!?


 次回第二話

「ざこ、生活力ゼロを露呈する。

 メスガキお姉ちゃんの生活指導!?」

 お楽しみに!


 ☆★★作者からの御礼とお願い☆★☆



 第一話をお読みいただき、ありがとうございました。

 本作は【カクヨムコンテスト11】参加作品です。


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2026年1月19日 20:00

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