『戦雲7』
出発の朝は、霧に包まれていた。
山肌を這う白い霧が、拠点全体を覆っている。視界は悪いが、それは敵にとっても同じだ。移動を悟られにくいという利点がある。
「全軍、出発準備は整ったか」
呂布の問いに、グルドが頷いた。
「はい。五百六十名、全員が出発可能です」
「よし」
呂布は、整列した配下たちを見渡した。
ゴブリン、ホブゴブリン、オーク、トロール。様々な種族が、武器を手に呂布を見つめている。その目には、緊張と覚悟が入り混じっていた。
「これより、最終決戦に向かう」
呂布の声が、霧の中に響いた。
「作戦は昨日説明した通りだ。俺と紅龍馬が先行し、両軍を誘導する。お前たちは、グルドの指揮の下、所定の位置で待機しろ。俺の合図があるまで、絶対に動くな」
「はい!」
五百六十の声が、一斉に応えた。
「では、出発だ」
呂布は紅龍馬の背に跨がった。
炎の翼が広がり、霧を焼きながら空へ舞い上がる。配下たちが、その姿を見送った。
「呂布様に続け! 出発だ!」
グルドの号令で、軍勢が動き始めた。
────────────────────────
空から見下ろすと、霧の海の中を五百六十の配下たちが進んでいくのが見えた。
「グルド、聞こえるか」
呂布は、出発前にグルドに渡した伝令用の角笛のことを思い出した。
角笛の音は、数里先まで届く。これを合図に使い、離れた場所からでも指示を出せるようにしてある。
「一回は『待機』、二回は『前進』、三回は『攻撃』、四回は『撤退』だ。忘れるな」
出発前の指示を、呂布は頭の中で反芻した。
紅龍馬が、南西へ向かって飛び始めた。
両軍が交わる予定の地点へ。そこで、最初の仕掛けを行う。
────────────────────────
交差地点は、谷と森が入り組んだ複雑な地形だった。
三方を崖に囲まれた盆地のような場所で、入口は東西南の三方向にある。ここに両軍を誘い込めば、遭遇は避けられない。
「まず、地形を確認する」
呂布は紅龍馬と共に降下し、盆地の中を歩いた。
地面は固く、足場は良い。戦闘には適している。崖の上には、身を隠せる岩や茂みがある。そこに伏兵を置けば、奇襲が可能だ。
「ここに配下たちを配置する。東の崖上、西の崖上、そして森の中」
呂布は、作戦を具体化していった。
「俺が両軍を誘導し、この盆地で鉢合わせさせる。両軍が戦い始めたら、配下たちは崖上から弓矢で援護射撃を行う。どちらか一方に加担するのではなく、両方を攻撃して混乱を拡大させる」
紅龍馬が、理解したように頷いた。
「そして、両軍が十分に消耗したところで、俺が突撃の合図を出す。配下たちは崖を降り、残敵を掃討する」
計画は、シンプルだった。
だが、シンプルだからこそ、実行しやすい。複雑な計画は、戦場では往々にして崩壊する。
「問題は、タイミングだ」
呂布は、空を見上げた。
人間軍と魔王軍を、同時にこの盆地へ誘導しなければならない。一方が先に到着すれば、通過してしまう可能性がある。
「まず、両軍の位置を確認する」
呂布は紅龍馬の背に跨がり、再び空へ飛び立った。
────────────────────────
西へ向かうと、間もなく人間軍の姿が見えた。
七百の軍勢が、隊列を組んで東へ進んでいる。廃坑での襲撃から回復し、士気も戻っているようだ。先頭には騎兵が進み、後方には荷車が続いている。
「位置は……交差地点から西へ一日半といったところか」
呂布は、敵の進軍速度を観察した。
慎重に進んでいる。周囲を警戒し、斥候を先行させている。廃坑での教訓を活かしているのだろう。
「だが、俺の姿を見れば、追ってくるはずだ」
呂布は高度を下げ、人間軍の視界に入る位置まで降りた。
案の定、すぐに騒ぎが起きた。
「あれだ! あの龍馬だ!」
「昨日の化け物がまた現れたぞ!」
兵士たちが叫び、弓を構える。
呂布は、挑発するように紅龍馬を旋回させた。
「追ってこい、人間ども」
そして、東へ向かって飛び去った。交差地点の方向へ。
背後から、将校の声が聞こえた。
「追撃隊を出せ! あの化け物を追え!」
「しかし、閣下、罠かもしれません——」
「構わん! あれを放置すれば、また奇襲される。追って、始末するんだ!」
人間軍が、追撃を開始した。
呂布の思惑通りだ。
────────────────────────
次に、南へ向かった。
魔王軍の姿は、すぐに見つかった。二千近い大軍が、北へ向かって進軍している。
「こちらは……交差地点から南へ一日の距離か」
人間軍より近い。このままでは、魔王軍が先に交差地点に到着してしまう。
「速度を調整する必要があるな」
呂布は考えた。
魔王軍を遅らせるか、人間軍を急がせるか。
「……両方だ」
呂布は、魔王軍に向かって降下した。
敵陣の上空を、ゆっくりと旋回する。炎の翼が陽光を受けて輝き、その存在を誇示する。
魔王軍からも、すぐに反応があった。
「空に何かいるぞ!」
「あれは……炎の龍馬か!?」
兵士たちがざわめき、弓を構える者もいた。
そして、軍勢の中央から、怒りに満ちた咆哮が響いた。
「貴様ァァァ……!」
緑の巨人だ。
呂布が肩に傷を負わせた、あの指揮官。その体には、まだ包帯のようなものが巻かれている。傷は完全には癒えていないようだ。
「また現れたか、呂布……! 今度こそ、殺してやる……!」
巨人が、呂布に向かって腕を伸ばした。その手から、蔦のようなものが射出される。
呂布は紅龍馬を急上昇させ、それを避けた。
「追ってこい、化け物」
呂布は挑発した。
「俺を殺したければ、追いかけてこい」
そして、北へ向かって飛び去った。
だが、交差地点へは向かわない。少し東寄りに逸れる。魔王軍を遠回りさせるためだ。
「貴様、逃げるな……! 全軍、追え! あの龍馬を追うんだ!」
巨人の命令で、魔王軍が動き出した。
呂布を追って、東寄りに進路を変える。これで、少しだけ遠回りになる。
「よし……これで、時間が稼げる」
────────────────────────
午後になると、呂布は両軍の間を行き来していた。
人間軍を挑発し、東へ追わせる。魔王軍を挑発し、北東へ追わせる。両軍の進路を、交差地点へ向かうように調整していく。
危険な綱渡りだった。
両軍の間を飛び回り、常に敵の視界に入る。弓矢や魔法が放たれることもあったが、紅龍馬の速度と機動力で全て回避した。
「あと少しだ……」
日が傾き始めた頃、両軍の位置を確認した。
人間軍は、交差地点の西、半日の距離。
魔王軍は、交差地点の南、半日強の距離。
「明日の昼頃には、両軍とも交差地点に到達する」
計画は、順調に進んでいた。
呂布は、配下たちの元へ戻ることにした。
────────────────────────
配下たちは、交差地点の東側、森の中に潜んでいた。
呂布が降り立つと、グルドが駆け寄ってきた。
「呂布様、状況は」
「順調だ。両軍とも、明日の昼頃にはこの盆地に到達する」
グルドの顔に、安堵と緊張が入り混じった。
「では、計画通りに……」
「ああ。配下たちの配置は」
「完了しています。東の崖上に弓兵百名、西の崖上に弓兵百名、森の中に主力三百六十名。全員、呂布様の合図を待っています」
「よし」
呂布は、配下たちの様子を確認した。
森の中で静かに待機している。緊張した面持ちだが、統制は取れている。訓練の成果だ。
「今夜は休め。明日が本番だ」
「はい」
呂布は、紅龍馬の傍らに腰を下ろした。
空には、二つの月が昇り始めていた。
「……明日で、決まる」
呂布は呟いた。
全ての準備は整った。あとは、実行するだけだ。
紅龍馬が、呂布の肩に頭を擦り付けてきた。
「お前も疲れただろう。今夜はゆっくり眠れ」
紅龍馬が、小さく嘶いた。
呂布は目を閉じた。
明日に備えて、体力を回復させねばならない。
────────────────────────
夜半、呂布は物音で目を覚ました。
「誰だ」
剣に手を伸ばしながら、呂布は闇を見据えた。
「俺です。ゴリです」
「ゴリか。どうした」
「南方の見張りから報告が。魔王軍が、夜間行軍を始めたようです」
呂布の目が、鋭くなった。
「夜間行軍だと」
「はい。松明を灯して、北へ向かっています。予想より早く、この地点に到達するかもしれません」
呂布は立ち上がり、南の空を見た。
遠くに、無数の灯りが揺れているのが見えた。魔王軍だ。夜を徹して進軍している。
「……あの巨人、俺を殺すことに執着しているな」
呂布は苦笑した。
肩の傷を負わせたことで、巨人の怒りに火をつけてしまったようだ。復讐心に駆られて、夜間行軍という無理をしている。
「これは、好都合でもあり、厄介でもある」
「どういうことですか」
「好都合なのは、魔王軍が疲弊するということだ。夜間行軍は体力を消耗する。明日の戦闘では、本来の力を発揮できないだろう」
「では、厄介な点は……」
「人間軍より先に到着する可能性があるということだ。両軍を鉢合わせる計画が、狂うかもしれない」
呂布は考えた。
魔王軍が先に到着すれば、この盆地を通過してしまう。人間軍が来た時には、もういない。
「……待たせるか」
呂布は決断した。
「俺が魔王軍を足止めする。夜明けまで、この盆地に入れないようにする」
「しかし、呂布様一人では——」
「紅龍馬がいる。それに、足止めするだけだ。戦う必要はない」
呂布は紅龍馬を起こした。
「すまないな。また働いてもらう」
紅龍馬が、眠そうな目を開けた。だが、すぐに状況を理解したようで、立ち上がった。
「ゴリ、お前はグルドに伝えろ。作戦に変更はない。俺が魔王軍を足止めしている間、全員待機を続けろ」
「承知しました」
呂布は紅龍馬の背に跨がり、南へ向かって飛び立った。
────────────────────────
魔王軍の前方に回り込むのは、容易だった。
松明の灯りを目印に、敵の進路を先回りする。そして、盆地への入口付近で待ち構えた。
「ここを通さなければいい」
呂布は、地形を確認した。
盆地への南側の入口は、両側を崖に挟まれた狭い道だ。ここを塞げば、大軍は通過できない。
「紅龍馬、獄炎を」
紅龍馬が口を開き、炎を放った。
白い炎が道の両側の木々に燃え移り、火の壁を作った。これで、敵は通過できない。
「よし。あとは、火が消えるまで待てばいい」
だが、魔王軍は黙っていなかった。
間もなく、先頭の部隊が火の壁に到達した。そして、その向こうに呂布と紅龍馬の姿を見つけた。
「いたぞ! あの龍馬だ!」
「報告しろ! 将軍に知らせるんだ!」
兵士たちが騒ぎ始める。
そして、軍勢の奥から、怒りに満ちた声が響いた。
「呂布……! そこにいるのか……!」
緑の巨人が、火の壁の向こうに現れた。
その目は、憎悪で燃えていた。
「貴様、また俺の邪魔をするか……!」
「ああ、邪魔をする」
呂布は、挑発するように言った。
「お前が俺を殺したければ、この火を越えて来い。だが、火が消える前に来れば、丸焼けになるぞ」
「くっ……!」
巨人が歯噛みした。
火の壁は、魔法で消せるかもしれない。だが、それには時間がかかる。そして、呂布は空にいる。追いかけても、逃げられてしまう。
「……全軍、停止」
巨人が、苦々しげに命令した。
「火が消えるまで待て。それから進む」
呂布は、満足げに頷いた。
「これで、数刻は稼げる」
火が消えるまで、おそらく二刻から三刻。その間に、人間軍も追いついてくるだろう。
「さあ、待つとしよう」
呂布は紅龍馬の背で腕を組み、火の壁を見下ろした。
夜明けが、近づいていた。
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『最弱ゴブリンに転生した呂布奉先は天下を獲りたい ―無双の魂は異世界でも止まらない―』 @saijiiiji
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