『戦雲2』


夜明けと共に、呂布は決断を下した。


一晩中考え続けた結果、一つの結論に至った。両軍を鉢合わせる計画は維持する。だが、そのために必要なのは、魔王軍を遅らせることだ。


「グルドを呼べ」


見張りの者に命じると、間もなくグルドが駆けつけてきた。


「お呼びですか、呂布様」


「作戦を修正する。幹部を集めろ」


「承知しました」


朝靄が立ち込める中、幹部たちが広間に集まった。ゴリはまだ南方偵察から戻っていないが、他の全員が揃っている。


「昨夜、紅龍馬が南方を偵察した」


呂布は切り出した。


「魔王軍の規模は約二千。位置は拠点から南へ三日の距離。進軍速度から計算すると、四日から五日で到着する」


幹部たちの顔が、強張った。


「人間軍より先に……」


「そうだ。このままでは、両軍を鉢合わせることができない。だから、作戦を修正する」


呂布は地図を広げた。


「魔王軍を遅らせる。遅滞戦術だ」


「遅滞戦術……」


「罠を仕掛け、小規模な襲撃を繰り返し、進軍速度を落とさせる。同時に、人間軍を挑発し、追撃を急がせる。両軍が同時に到着するよう、調整する」


グルドが、地図を見つめた。


「理屈は分かります。しかし、二千の軍勢を相手に遅滞戦術を行うとなると……相当な危険が伴います」


「分かっている」


呂布は頷いた。


「だから、俺が直接行く」


幹部たちが、息を呑んだ。


「呂布様自らが……?」


「ああ。紅龍馬がいれば、機動力で敵を翻弄できる。空から罠を仕掛け、奇襲をかけ、すぐに離脱する。俺以外には難しい任務だ」


「しかし、呂布様に万が一のことがあれば——」


「ないさ」


呂布は、薄く笑った。


「俺は天下無双だ。二千の雑兵ごときに、遅れは取らない」


────────────────────────


午前中は、準備に費やされた。


呂布は遅滞戦術に必要な物資を選別した。投擲用の石、火を起こすための道具、そして食料。紅龍馬の背に積める最小限の装備だ。


「呂布様」


メザが近づいてきた。手には、小さな袋を持っている。


「これを」


「何だ」


「毒草を煮詰めたものです。武器に塗れば、傷を負わせるだけで敵を弱らせることができます」


呂布は、袋を受け取った。


「……役に立つ。ありがとう」


「お気をつけて」


メザが頭を下げた。


次に、カザンが現れた。


「呂布様。これを持っていってください」


カザンが差し出したのは、一本の剣だった。


今まで呂布が使っていたものとは違う。刃は長く、僅かに反りがある。柄には革が巻かれ、握りやすく加工されている。


「新作だ。昨夜、仕上げました。今まで作った中で、最高の出来です」


呂布は剣を受け取り、軽く振ってみた。


バランスが良い。重心が手元にあり、振り抜きやすい。刃は鋭く研がれ、空気を切る音が心地よく響く。


「……いい剣だ」


「ありがとうございます」


カザンが、嬉しそうに笑った。


「必ず、お戻りください。もっと良い武器を作れるよう、腕を磨いておきます」


「ああ。期待している」


呂布は剣を腰に差し、準備を続けた。


────────────────────────


正午前、呂布は出発の準備を整えた。


紅龍馬の背には最小限の荷物が積まれ、呂布自身も身軽な装備を纏っている。機動力を最大限に活かすためだ。


幹部たちが、見送りに集まっていた。


「留守の間、拠点の指揮はグルドに任せる」


呂布は言った。


「訓練を続け、防備を固めろ。ピックが戻ったら、人間軍の情報を整理しておけ。俺が戻るまでに、迎撃の準備を完了させておくように」


「承知しました」


グルドが頭を下げた。


「それと、ゴリの偵察隊が戻ったら、報告を聞いておけ。俺の情報と照らし合わせれば、より正確な敵の状況が分かるはずだ」


「はい」


呂布は、紅龍馬の背に跨がった。


「行ってくる」


「お気をつけて、呂布様」


幹部たちが、一斉に頭を下げた。


紅龍馬が翼を広げる。炎が陽光を受けて輝き、配下たちから感嘆の声が漏れた。


「行くぞ、紅龍馬」


呂布の言葉に応え、紅龍馬は空へ飛び立った。


風が髪をなぶる。眼下に拠点が小さくなっていく。配下たちが手を振っているのが見えた。


呂布は前を向いた。


南へ。


敵の大軍を、迎え撃つために。


────────────────────────


空からの景色は、地上とは全く異なっていた。


山々が連なり、森が広がり、川が蛇のようにうねっている。この世界の広大さを、呂布は改めて実感した。


紅龍馬は高度を保ちながら、南へ向かって飛んでいる。その速度は、地上を駆けるよりも遥かに速い。通常なら三日かかる距離を、半日で踏破できるだろう。


「敵の位置は、昨夜確認した場所から動いているはずだ」


呂布は紅龍馬に語りかけた。騎獣連携のスキルを通じて、意思が伝わる。


「まず、敵を見つける。そして、地形を確認する。罠を仕掛けるのに適した場所を探す」


紅龍馬が頷くように首を振った。


二人は雲の間を縫うように飛び、南へ向かった。


────────────────────────


二刻ほど飛んだ頃、眼下の景色が変わり始めた。


森が濃くなっている。木々の緑が深く、生命力に溢れている。だが、同時に不気味な気配も感じられた。樹海の端に差し掛かったのだ。


「あれは……」


呂布は目を凝らした。


森の中に、黒い筋が見える。最初は川かと思ったが、違う。動いている。


軍勢だ。


樹海の魔王軍。二千の魔物たちが、北へ向かって進軍している。


「高度を上げろ。見つかるな」


紅龍馬が翼を傾け、上昇した。雲の近くまで高度を取り、敵から姿を隠す。


呂布は、眼下の軍勢を観察した。


規模は、昨夜の報告通り。二千近い。先頭には斥候と思われる小集団が進み、中央には主力が固まっている。後方には補給部隊らしき一団も見えた。


そして、中央やや後方に、一際大きな影があった。


緑の巨人。


昨夜、紅龍馬の記憶で見た存在だ。体長は周囲のオーガよりも大きく、全身に蔦が巻き付いている。その目は、この距離からでも分かるほど深い緑色に輝いていた。


「あれが、指揮官か」


呂布は呟いた。


「樹海の七将の一人……だとすれば、相当な強敵だ」


だが、今は戦う時ではない。


目的は、遅滞戦術。敵を足止めし、時間を稼ぐこと。


「地形を確認する」


呂布は紅龍馬に指示し、敵軍の進路沿いを飛んだ。


────────────────────────


敵の進路を先回りしながら、呂布は地形を観察した。


森、平原、川、谷。様々な地形が入り混じっている。その中から、罠を仕掛けるのに適した場所を探す。


「あそこだ」


呂布は、一つの谷を見つけた。


両側を切り立った崖に挟まれた狭い谷。幅は二十歩ほど。敵軍がここを通過するなら、隊列が縦に伸びざるを得ない。


「岩を落とせば、進軍を止められる」


呂布は谷の上空を旋回し、崖の状態を確認した。


崖の縁には、大きな岩がいくつも転がっている。少し押せば、谷底に落ちるだろう。敵の先頭がここを通過した時に落とせば、混乱を引き起こせる。


「だが、それだけでは足りない」


呂布は考えた。


岩を落としても、敵は迂回するだろう。一時的な足止めにはなるが、大幅な遅延は期待できない。


もっと効果的な方法が必要だ。


「……火だ」


呂布は呟いた。


森を燃やす。敵の進路上に火の壁を作れば、大幅な迂回を強いることができる。


だが、リスクもある。火は制御が難しい。風向き次第では、味方にも被害が及ぶ可能性がある。


「紅龍馬」


呂布は相棒を見た。


「お前の獄炎なら、狙った場所だけを燃やせるか」


紅龍馬が首を傾げた。考えているようだった。


やがて、小さく頷いた。


「できる、か」


紅龍馬が、自信を込めて嘶いた。


「よし。では、作戦を立てる」


────────────────────────


呂布は、紅龍馬と共に降下した。


敵軍からは十分に離れた場所。谷の北側、敵がまだ到達していない地点だ。


地上に降り立ち、周囲を確認する。ここなら、敵に気づかれることなく準備ができる。


「まず、谷の崖に細工をする」


呂布は崖を登り始めた。紅龍馬は下で待機している。空を飛べば楽だが、敵に発見されるリスクがある。


崖の上に到達すると、呂布は岩の状態を確認した。


大きな岩が、いくつも縁に転がっている。どれも、呂布の体重の数倍はあるだろう。しかし、支点を見つければ、てこの原理で動かせる。


「この岩と、この岩」


呂布は二つの岩を選んだ。どちらも、少しの力で谷底に落とせる位置にある。


細工を施す。岩の下に小石を挟み、僅かな振動で転がり落ちるように調整する。あとは、遠くから投擲で小石を弾けば、岩は勝手に落ちるだろう。


「次は、火計の準備だ」


呂布は崖を降り、紅龍馬のもとへ戻った。


谷の南側、敵が来る方向に移動する。そこで、火を放つべき場所を選定する。


「あの林だ」


呂布は、谷の入口付近にある林を指差した。


乾燥した枯れ葉が積もり、木々は密集している。火を放てば、すぐに燃え広がるだろう。風向きは北。つまり、敵の方向へ煙と炎が流れる。


「ここに火をつければ、敵は谷を通れなくなる。迂回を強いられる」


紅龍馬が頷いた。


「だが、タイミングが重要だ。早すぎれば、敵は別のルートを選ぶ。遅すぎれば、敵の主力が谷を通過してしまう」


呂布は、南の空を見た。


敵軍は、まだここから半日の距離にいる。時間はある。


「待つぞ。敵の先頭が谷に入る直前に、火を放つ」


紅龍馬と共に、呂布は林の近くに身を潜めた。


長い待機が始まった。


────────────────────────


日が傾き始めた頃、南から土煙が上がるのが見えた。


敵軍が近づいている。


呂布は姿勢を低くし、敵の動きを観察した。紅龍馬は少し離れた場所に待機している。炎の翼を見られれば、一発で位置が割れる。


敵の斥候が、谷の入口に到達した。


数は五体。ゴブリンが三体、オーガが二体。周囲を警戒しながら、谷の中を覗き込んでいる。


「罠を警戒しているな」


当然だ。こんな狭い谷を、無警戒で通過するはずがない。


斥候の一体が、谷の中へ入っていった。他の四体は、入口で待機している。


しばらくして、中に入った斥候が戻ってきた。手で合図を送っている。安全だ、と伝えているのだろう。


斥候たちが、南へ向かって走り始めた。主力に報告するために戻るのだ。


「今だ」


呂布は立ち上がり、紅龍馬のもとへ駆けた。


「火を放て」


紅龍馬が口を開き、獄炎を吐いた。


白に近い高熱の炎が、林に降り注ぐ。乾燥した枯れ葉が一瞬で燃え上がり、木々に火が移った。


轟音と共に、炎が広がっていく。


「次は、岩だ」


呂布は紅龍馬の背に跨がり、空へ飛び立った。


崖の上空へ移動し、先ほど細工した岩を見つける。


「あそこだ」


呂布は石を取り出し、投擲した。投擲スキルが発動し、石は正確に岩の支点を打った。


岩がゆっくりと傾き、やがて谷底へ落下した。轟音が響き、土煙が舞い上がる。


「もう一つ」


二つ目の石を投げる。同様に、岩が崖から転がり落ちた。


谷の入口付近が、落石で塞がれた。完全に塞いだわけではないが、通過には時間がかかるだろう。


「よし、離脱だ」


呂布は紅龍馬に指示し、北へ向かった。


背後から、敵軍の怒号が聞こえてきた。火災と落石に気づいたのだろう。混乱が広がっている。


「第一撃は成功だ」


呂布は、背後を振り返った。


林から上がる煙が、空高く昇っている。敵軍は、これを迂回せねばならない。少なくとも半日は、進軍が遅れるだろう。


「だが、これで終わりではない」


呂布は前を向いた。


「次の罠を仕掛ける。敵が迂回するルートを予測し、先回りする」


紅龍馬が、力強く嘶いた。


遅滞戦術は、始まったばかりだ。


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