『紅焔の覇王4』


夜明けの光が、東の空を染め始めていた。


紅龍馬は空を滑るように飛び、北の拠点へ向かっていた。炎の翼が風を切る音だけが、静寂の中に響いている。呂布はその背に身を委ね、眼下に広がる森を見下ろしていた。


体の感覚が、以前とは全く異なっていた。


レベル60。


鬼人として、一つの到達点に近づいている。筋力、敏捷、全てのステータスが飛躍的に向上した。暴君との死闘がもたらした成長は、数ヶ月分の訓練に匹敵するだろう。


だが、それでも足りない。


暴君を倒したわけではない。追い払っただけだ。あの怪物は、まだ生きている。傷を癒し、力を蓄え、いずれ必ず戻ってくる。


その時までに、更に強くならねばならない。


「……見えてきたな」


前方に、拠点の輪郭が浮かび上がった。


紅龍馬は徐々に高度を下げ、拠点の外縁に向かって降下を始めた。その動きは、進化前とは比較にならないほど滑らかだった。レベル58。紅龍馬もまた、大幅な成長を遂げている。


────────────────────────


着地の瞬間、拠点に異変が起きた。


「敵襲だ! 空から何か来る!」


「龍だ! 龍が……!」


見張りたちの悲鳴が響き渡った。武器を手に取り、弓を構える者もいる。当然の反応だった。紅龍馬の姿は、彼らが知る赤兎とは全く異なっている。


呂布は紅龍馬の背から飛び降り、両手を上げた。


「落ち着け。俺だ」


見張りたちが、動きを止めた。


「呂布……様?」


「ああ。そして、これは赤兎だ。姿は変わったが、俺の相棒に変わりはない」


紅龍馬が、静かに歩み出た。その体躯は以前の倍近くあり、炎の翼は折り畳まれていても威圧感を放っている。見張りたちが、思わず後退した。


「怖がる必要はない」


呂布は言った。


「こいつは進化した。より強く、より気高く。だが、俺たちの味方であることに変わりはない」


紅龍馬が、小さく嘶いた。それは穏やかな声だった。威嚇ではなく、挨拶のような響き。


見張りの一人が、恐る恐る近づいてきた。紅龍馬の顔を見上げ、その瞳を覗き込む。


「……本当だ。赤兎様の目だ」


その声に、周囲の緊張が解けた。


「すごい……これが進化……」


「神話に出てくる獣のようだ……」


騒ぎを聞きつけ、配下たちが次々と集まってきた。紅龍馬の周りを取り囲み、畏敬の眼差しを向ける。


呂布は、その様子を見ながら思った。


紅龍馬の存在は、軍の士気を大きく高めるだろう。この姿を見れば、誰もが力を感じる。希望を感じる。俺たちは、勝てるのだと。


「呂布様!」


人垣を掻き分けて、グルドが駆け寄ってきた。


「ご無事でしたか! その傷は——」


「傷は癒えた。レベルアップの恩恵だ」


「レベルアップ……?」


グルドが、呂布を見つめた。その目が、僅かに見開かれる。


「呂布様……何か、雰囲気が変わられたような……」


「そうか?」


呂布は、自分では気づいていなかった。しかし、グルドの反応は正しいのだろう。レベル52から60への跳躍。八レベルの上昇は、外見にも影響を与えるほどの変化をもたらしたのかもしれない。


「詳しい話は後だ。まず、俺がいない間の報告を聞く」


「は、はい。すぐに幹部を集めます」


グルドが頷き、走っていった。


呂布は紅龍馬を見た。


「お前は少し休め。皆に顔を見せてやれ」


紅龍馬が、首を縦に振った。その仕草は、以前よりも人間的だった。レベルアップによって知性も向上しているのかもしれない。


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洞窟の奥、広間として使われている空間。


幹部たちが集まっていた。グルド、ゴルド、ゴリ、ピック、メザ、カザン。呂布軍の中核を成す者たちだ。


彼らは皆、呂布を見て目を見張った。


「呂布様……」


ゴルドが、呟いた。


「何があったのですか。以前とは、まるで別人のような……」


「南で、少々手こずった」


呂布は岩に腰掛けた。


「災厄級の魔物と戦った。深淵の暴君という存在だ」


沈黙が落ちた。


災厄級。その言葉の重みを、幹部たちは理解していた。ゼドから聞いた話が、彼らにも伝わっている。七人の魔王すら手を出さぬ、天災のような存在。


「倒したのですか……?」


ゴリが尋ねた。


「いや。追い払っただけだ。だが、重傷を負わせた。しばらくは動けないだろう」


「追い払った、だけで……」


グルドが、息を呑んだ。


「あの赤兎様の変化は、その戦いで……」


「ああ。赤兎は戦いの中で進化した。紅龍馬という種族になった。そして俺も、八レベル上がった」


「八レベル……!」


幹部たちがざわめいた。


この世界において、レベルは絶対的な力の指標だ。一レベル上がるだけでも、相応の戦闘と時間を要する。それが八レベル。通常ならば、一年以上かかる成長を、一度の戦いで達成したことになる。


「災厄級との戦闘は、それだけの価値があった」


呂布は言った。


「だが、これで終わりではない。暴君は必ず戻ってくる。その時までに、更に力を蓄えねばならない」


幹部たちが、神妙な顔で頷いた。


「さて、俺がいない間の報告を聞く」


────────────────────────


グルドが、まず口を開いた。


「呂布様が不在の間、大きな問題は発生しておりません。東方隊からの報告では、新たに帰順を申し出た群れの受け入れが完了しました。総勢で六十三匹が加わり、我が軍は五百六十を超えました」


「訓練は」


「開始しております。ゴルドの指揮の下、基礎的な戦闘訓練と集団行動の訓練を」


ゴルドが頷いた。


「新参の者たちは、まだ粗削りです。しかし、意欲はある。半月もあれば、戦力として数えられるようになるかと」


「よし。続けろ」


次に、ゴリが報告した。


「遊撃隊の偵察結果です。西方の廃坑について、詳細が判明しました」


「話せ」


「廃坑は、拠点から西へ二日の距離にあります。かつてはグラナド辺境伯領が運営していた鉄鉱山でしたが、十年ほど前に放棄されたと」


「放棄の理由は」


「魔物の出没です。坑道の奥から、突如として魔物が湧き出したと。種類は不明ですが、かなりの数だったようです。辺境伯は討伐を試みましたが失敗し、最終的に放棄を決定した」


呂布は顎に手を当てた。


十年前に放棄された鉱山。魔物が湧き出た坑道。興味深い情報だが、今は後回しだ。


「人間の動きは」


「それが……」


ゴリの表情が、曇った。


「西方で、大規模な軍勢の移動を確認しました」


「規模は」


「少なくとも、八百から千。旗印は青い鷲。グラナド辺境伯の紋章です」


呂布の目が、鋭くなった。


千に近い軍勢。以前撃退した討伐隊とは、比較にならない規模だ。


「方向は」


「東です。我々の拠点に向かっている可能性が高いかと」


沈黙が落ちた。


人間の大軍が、こちらに向かっている。以前の討伐隊を壊滅させたことへの報復か。あるいは、本格的な掃討作戦か。


「到着までの時間は」


「現在の進軍速度であれば、五日から七日と推測されます」


五日から七日。準備の時間はある。だが、十分とは言えない。


「偵察を続けろ。敵軍の正確な規模、装備、指揮官の情報を集めよ。戦闘は避け、情報収集に徹するように」


「承知しました」


ゴリが頭を下げた。


「他に、報告はあるか」


呂布が全員を見渡した時、洞窟の入口から声がした。


「呂布様! 南方から伝令が到着しました!」


────────────────────────


伝令は、ガッシュの集落から来たゴブリンだった。


全身に泥と傷を負い、息も絶え絶えの状態だった。何かから必死で逃げてきたことは明らかだった。


「話せ。何があった」


呂布の問いに、伝令は震える声で答えた。


「南から……大軍が……」


「大軍?」


「魔物の……大軍です……千を……いえ、それ以上……」


幹部たちの顔が、強張った。


「旗印は。どこの勢力だ」


「緑の……蔦の……紋章……樹海の……魔王の……」


樹海の魔王。


七人の魔王の一角。ゼドから聞いた名だ。ゴブリン王国グロンドを配下に置き、南方の広大な樹海を支配する存在。


「方向は」


「北へ……北へと……進軍しています……ガッシュ様が……呂布様に……知らせよと……」


伝令は、そこで崩れ落ちた。メザがすぐに駆け寄り、体を支える。


呂布は立ち上がった。


西からは人間の軍勢、千。


南からは魔王の軍勢、千を超える。


二つの大軍が、同時に迫っている。


「……なるほど」


呂布は、静かに言った。


「面白くなってきた」


幹部たちが、呂布を見た。その顔には、困惑と不安が浮かんでいる。二方面からの挟撃。絶望的な状況だ。普通なら、逃走を考えるべき場面。


だが、呂布の顔には笑みが浮かんでいた。


────────────────────────


「呂布様……」


グルドが、恐る恐る口を開いた。


「この状況で、笑っておられるのですか……」


「ああ」


呂布は頷いた。


「二つの大軍が、俺たちを狙って迫っている。絶望的な状況だ。普通ならな」


呂布は、壁に掛けられた地図を見た。


「だが、考えてみろ。西から来る人間と、南から来る魔王軍。両者の目的は何だ」


「我々の……排除、でしょうか」


「その通り。両者とも、この山域を通過せねばならない。そして、両者とも、互いの存在を知らない」


呂布の目が、鋭く光った。


「ならば、ぶつけてやればいい」


沈黙が落ちた。


やがて、ゴリが口を開いた。


「人間と、魔王軍を……ぶつける、と」


「ああ。俺たちが正面から戦う必要はない。両者を戦わせ、消耗したところを叩く」


「しかし、どうやって。両軍は別々の方向から来ています。自然にぶつかることは——」


「自然にぶつからないなら、ぶつかるように仕向ける」


呂布は地図を指差した。


「この山域の中央、俺たちの拠点がある場所。ここを通らねば、両軍とも目的を達成できない。ならば、両軍がここで鉢合わせるように、誘導すればいい」


幹部たちが、地図を見つめた。


「具体的には、どのように」


「まず、両軍の進軍速度を調整する。一方を遅らせ、もう一方を急がせる。そして、同じタイミングでこの拠点に到着するように仕向ける」


呂布は続けた。


「人間の軍勢には、俺たちの存在を強く印象づける。偵察隊を発見させ、追わせる。彼らは俺たちを追って、この山域の奥へと進む」


「魔王軍には?」


「こちらには、餌を撒く。俺たちがいる場所を、わざと教える。彼らは獲物を求めて、北上を急ぐだろう」


「そして、両軍がこの拠点で——」


「鉢合わせる」


呂布は、笑みを深めた。


「人間と魔物。両者は本能的に敵対する。同じ場所で出会えば、戦わざるを得ない。俺たちは、その隙に逃げるもよし、漁夫の利を狙うもよし」


幹部たちの顔に、理解の色が浮かんだ。


「なるほど……」


グルドが呟いた。


「敵同士を戦わせ、自分たちは高みの見物。古来より用いられる策ですが……実行は容易ではありませんね」


「ああ。タイミングが全てだ。一歩間違えれば、俺たちが挟撃される」


呂布は、幹部たちを見渡した。


「だが、成功すれば、二つの大軍を同時に削れる。そして、生き残った方を叩けば、この山域は完全に俺たちのものになる」


沈黙が落ちた。


やがて、ゴリが口を開いた。


「……やりましょう」


その声には、決意が込められていた。


「どのみち、正面から戦っても勝ち目はない。ならば、策を用いるしかない」


「俺も賛成です」


ゴルドが頷いた。


「呂布様の策に従います」


他の幹部たちも、次々と頷いた。


呂布は、満足げに頷いた。


「よし。では、作戦の詳細を詰めるぞ」


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深夜まで、議論は続いた。


偵察隊の配置、情報の撒き方、退避経路の確保。様々な要素を検討し、計画を練り上げていく。


呂布は、幹部たちの意見を聞きながら、時に修正を加え、時に新たな案を提示した。


これが、軍略だ。


前世でも、呂布は決して愚将ではなかった。武勇だけでなく、策を用いることも知っていた。ただ、それを活かしきれなかっただけだ。


今は違う。


仲間がいる。信頼できる部下がいる。彼らと共に考え、共に戦うことができる。


「……一つ、確認があります」


グルドが、深刻な顔で言った。


「この策、成功すれば両軍を削れます。しかし、失敗すれば俺たちは全滅です。その覚悟は、全軍に伝えるべきでしょうか」


呂布は、少し考えた。


「伝える必要はない」


「しかし——」


「俺を信じろ、とだけ言え」


呂布は、グルドを真っ直ぐに見た。


「不安を煽っても意味がない。兵は、将を信じて戦う。将が勝てると言えば、兵は勝てると信じる。それでいい」


グルドは、しばらく呂布を見つめていた。


やがて、小さく笑った。


「……分かりました。呂布様の言葉を、そのまま伝えます」


「頼んだ」


呂布は立ち上がった。


「今日はここまでだ。明日から、作戦を実行に移す。全員、休め」


幹部たちが、頭を下げて退出していく。


呂布は一人、洞窟に残った。


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外に出ると、夜空には二つの月が輝いていた。


紅龍馬が、呂布を待っていた。配下たちはもう眠りについたのか、周囲に人影はない。


「……眠れないか」


呂布が問うと、紅龍馬は小さく首を振った。


「俺もだ」


呂布は紅龍馬の傍らに座り、空を見上げた。


二つの大軍が迫っている。合わせて二千を超える敵。対する味方は、五百六十。数の上では、圧倒的に不利だ。


だが、不思議と恐怖はなかった。


むしろ、昂揚している。


これこそが、俺の生きる場所だ。


絶望的な状況。圧倒的な敵。それを覆す策略と武勇。


前世で果たせなかった天下統一。今度こそ、成し遂げてみせる。


「紅龍馬」


呂布は、相棒を見た。


「お前は、俺についてくるか」


紅龍馬が、呂布を見つめた。


その金色の瞳には、迷いはなかった。


当然だ、とその瞳は言っていた。


どこまでも、共に行く。


「……そうか」


呂布は、笑った。


「なら、勝つぞ。必ず」


紅龍馬が、高く嘶いた。


その声は、夜空に響き渡った。


戦いの幕が、上がろうとしていた。


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**第二章 邂逅『紅焔の覇王』【修正版・第四頁】 了**


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【現在の状況整理】


■ 軍勢の状況

・総勢:約560名(新規63名を含む)

・拠点:北の山(本拠地)、東の谷(副拠点)

・武器:剣50本以上、弓矢多数


■ 迫る脅威

・西方:グラナド辺境伯軍(約1,000名)が東進中【到着まで5〜7日】

・南方:樹海の魔王軍(1,000名超)が北進中【到着時期不明】

・南の森:深淵の暴君(重傷、回復中)


■ 作戦方針

・両軍を拠点付近で鉢合わせるよう誘導

・人間と魔物を戦わせ、消耗したところを叩く


■ 呂布ステータス(更新後)

・種族:鬼人

・レベル:60

・HP:980/980 MP:520/520

・筋力488/敏捷525/知力310/魔力285/耐久450/幸運115

・主要スキル:天下無双Lv.4、騎獣連携Lv.6、覇気Lv.1、危機察知Lv.10【MAX】、戦術眼Lv.10【MAX】、剣術Lv.10【MAX】他

・新規称号:災厄に挑みし者、人龍一体


■ 紅龍馬ステータス(更新後)

・種族:紅龍馬

・レベル:58

・HP:1,150/1,150 MP:580/580

・筋力620/敏捷750/知力240/魔力420/耐久580/幸運120

・主要スキル:神速Lv.3、獄炎Lv.4、飛翔Lv.3、龍血覚醒Lv.3、龍威Lv.1、炎身Lv.1他

・新規称号:暴君を退けし者、災厄の天敵

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