『山の王』



季節が変わろうとしていた。


山の空気が冷たくなり、木々の葉が色づき始めている。俺たちがこの山に来てから、二ヶ月以上が過ぎていた。


群れは確実に強くなっていた。


全員が成体に進化し、日々の狩りと訓練で戦闘力を磨いている。グルドとゴリは既にレベル十五を超え、ホブゴブリンへの進化も視野に入り始めていた。


「呂布、報告がある」


ピックが駆け寄ってきた。偵察から戻ったところだ。


「何を見つけた」


「山の東側に、別のゴブリンの群れがいる」


俺は眉を上げた。


「ゴブリンの群れ?」


「ああ。数は……二十匹くらいか。洞窟に住んでいるみたいだ」


二十匹。俺たちの倍近い数だ。


「敵対的か」


「分からない。見つかる前に戻ってきた」


俺は考えた。


別のゴブリンの群れ。これまで、この山には俺たち以外の知的な魔物はいなかった——オーガを除けば。オーガがいなくなったことで、新たな群れが入り込んできたのかもしれない。


「グルド」


「ああ」


「お前はどう思う」


グルドが腕を組んで考え込んだ。


「放っておくのは危険だな。二十匹の群れが近くにいて、俺たちの存在に気づいていないとは思えない。いずれ接触することになる」


「同感だ」


俺は立ち上がった。


「俺が直接会いに行く」


「会いに? 戦いに、じゃなくて?」


「まずは話をする。敵か味方か、それを見極めてからだ」


グルドが不安そうな顔をした。


「一人で行くのか」


「いや。グルドとゴリを連れていく。威圧として十分な戦力だ。だが、群れ全体で押しかければ、向こうは戦闘態勢を取る。少数で行くことで、対話の意思を示す」


「……分かった。ただし、危険を感じたらすぐに撤退だ」


「ああ。約束する」


---


翌朝、俺たちは山の東側へ向かった。


俺、グルド、ゴリの三匹。いずれも成体以上で、武装している。俺はホブゴブリン、グルドとゴリは成体の中でも最強格だ。威圧には十分だろう。


ピックの報告通り、山の東側に洞窟があった。入口の前には、見張りらしきゴブリンが二匹立っている。


俺たちの姿を見た瞬間、彼らの顔が強張った。


「何者だ!」


一匹が槍を構えた。粗末な木の槍だが、警戒心は本物だ。


「敵じゃない。話をしに来た」


俺は両手を広げて見せた。武器は腰に差したまま、抜いていない。


「話……?」


見張りたちが困惑している。そこへ、洞窟の中から別のゴブリンが現れた。


成体だ。だが、普通の成体ではない。体格は俺より小さいが、纏う雰囲気が違う。目に知性が宿っている。


「お前が、この群れの長か」


俺は問いかけた。


成体のゴブリンは、俺を見上げて目を細めた。


「……ホブゴブリン、か。珍しいな」


「答えろ。お前が長か」


「ああ。俺がこの群れを束ねている。名はゴルド。お前は何者だ」


ゴルド。俺の仲間のグルドと似た名だ。ゴブリンの名前には、ある種の法則があるのかもしれない。


「俺は呂布。この山を支配している」


ゴルドの目が、わずかに見開かれた。


「支配している、だと?」


「ああ。オーガを三匹倒し、この山を奪った。今、この山は俺たちの領域だ」


沈黙が流れた。


ゴルドは俺を見つめ、それからグルドとゴリに視線を移した。三匹の戦力を測っているのだろう。


「……オーガを倒した、というのは本当か」


「嘘をついてどうする。確かめたければ、北の崖に行け。骨が転がっている」


ゴルドは長い間、俺を見つめていた。


やがて、彼は深く息を吐いた。


「分かった。信じよう。それで、何の用だ。俺たちを追い出しに来たのか」


「いや。話をしに来た、と言っただろう」


俺は一歩前に出た。


「お前たちは、なぜこの山に来た」


ゴルドの表情が曇った。


「……追われたからだ」


「追われた?」


「人間にだ。俺たちは元々、南の森に住んでいた。だが、人間の開拓が進んで、住む場所がなくなった。逃げて、逃げて——ここに辿り着いた」


人間の開拓。俺たちが森を追われた理由と同じだ。


「この山にオーガがいることは知っていた」


ゴルドは続けた。


「だが、他に行く場所がなかった。オーガに食われるか、人間に殺されるか。どちらにしても死ぬなら、せめて——」


「山に賭けた、か」


「ああ。だが、来てみればオーガはいなかった。代わりに、お前たちがいた」


ゴルドは俺を真っ直ぐに見た。


「俺たちを、どうするつもりだ」


---


俺は考えた。


二十匹のゴブリン。追われ、居場所をなくした者たち。


かつての俺たちと同じだ。


「選択肢をやろう」


俺は言った。


「一つ、この山を去れ。俺たちの領域に侵入した罪は問わない。ただし、二度と戻ってくるな」


ゴルドの顔が強張った。


「二つ、俺の下につけ。俺の群れに加われ。そうすれば、この山で暮らすことを許す」


「お前の、下に……?」


「ああ。俺が長だ。俺の指示に従え。その代わり、お前たちを守る。食わせる。鍛える」


ゴルドは黙っていた。


「三つ、戦え。この山の支配権を賭けて、俺と戦え。勝てば、山はお前たちのものだ。負ければ——」


俺は剣の柄に手を置いた。


「死ぬか、奴隷になるか、選べ」


重い沈黙が流れた。


ゴルドの群れの者たちが、不安げに互いを見ている。見張りの二匹は、槍を握る手が震えていた。


「……考える時間をくれ」


ゴルドが言った。


「いいだろう。三日待つ。三日後に、答えを聞きに来る」


俺は踵を返した。


「グルド、ゴリ、行くぞ」


「ああ」


俺たちは、来た道を戻り始めた。


---


「信用できるのか、あいつら」


帰り道、ゴリが尋ねた。


「分からない。だから、三日待つ」


「三日の間に逃げるかもしれないぞ」


「逃げるならそれでいい。戦わずに済む」


グルドが口を開いた。


「でも、もし従うと言ったら——本当に仲間にするのか」


「ああ」


俺は振り返らずに答えた。


「数は力だ。二十匹が加われば、群れは三十匹を超える。大きな群れになる」


「だが、信用できない奴を仲間にして大丈夫なのか」


「だから、様子を見る。最初から信用する必要はない。時間をかけて、信頼を築けばいい」


グルドは黙った。


俺は歩きながら考えていた。


前世の俺は、仲間を増やすことに興味がなかった。強い者だけがいればいい。弱い者は足手まといだ。そう思っていた。


だが、今は違う。


弱い者も、鍛えれば強くなる。数が増えれば、できることも増える。そして何より——


一人では、天下は取れない。


「グルド」


「ん?」


「お前は、俺について来ると言った。なぜだ」


グルドは少し考えてから答えた。


「……最初は、お前が強かったからだ。強い奴について行けば、生き残れると思った」


「今は?」


「今は——違う。お前が、俺を見捨てなかったからだ。怪我をした時、お前は俺を助けた。弱い俺を、切り捨てなかった」


グルドは俺の隣に並んだ。


「だから、俺はお前について行く。強いからじゃない。お前が、仲間を大事にする奴だからだ」


その言葉が、胸に染みた。


「……そうか」


俺は小さく笑った。


「ありがとう」


---


三日後、俺たちは再びゴルドの群れを訪れた。


今度は、俺一人だった。


「一人で来たのか」


ゴルドが驚いた顔をした。


「ああ。お前たちへの信頼の証だ」


本当は、グルドたちが近くで待機している。だが、それを見せる必要はない。


「答えを聞かせろ」


ゴルドは深く息を吸い、そして——


膝をついた。


「俺たちは、お前の下につく」


周囲のゴブリンたちが、次々と膝をついた。二十匹全員が、俺に頭を下げている。


「逃げることも考えた」


ゴルドは顔を上げずに言った。


「だが、どこへ逃げても同じだ。人間に追われ、強い魔物に脅かされ、いつか死ぬ。なら——強い者の下について、生き延びる方がいい」


「それだけか」


「いや」


ゴルドは顔を上げた。


「お前の話を聞いて、思ったことがある」


「何だ」


「お前は、俺たちに選択肢を与えた。戦うか、従うか、去るか。普通の強者なら、問答無用で殺すか奴隷にする。だが、お前は——」


ゴルドは俺の目を見た。


「俺たちを、対等に扱った。少なくとも、選ぶ権利を与えた。そんな長は、初めてだ」


俺は黙ってゴルドを見下ろした。


「だから、従う。お前が、本当に仲間を大事にする奴かどうか——この目で確かめたい」


試されている、ということか。


悪い気はしなかった。


「いいだろう」


俺は手を差し出した。


「俺の群れへようこそ。お前たちは、今日から俺の仲間だ」


ゴルドは、その手を取った。


---


群れは三十一匹になった。


俺を含めた元の十一匹と、ゴルドの群れの二十匹。合わせて三十一匹の大所帯だ。


最初は、両者の間にぎこちなさがあった。当然だ。つい数日前までは、敵になるかもしれない関係だったのだから。


だが、俺は両者を分け隔てなく扱った。


狩りは合同で行い、獲物は平等に分配する。訓練も一緒に行い、技術を共有する。俺の群れの者たちには、ゴルドの群れを見下さないよう厳命した。


「同じ仲間だ。上も下もない」


その言葉を、俺は何度も繰り返した。


十日が過ぎる頃には、両者の壁は薄れ始めていた。


「なあ、お前——ピック、だったか」


ゴルドの群れの一匹が、ピックに話しかけていた。


「その弓、どこで手に入れた」


「人間から奪った」


「人間から? 嘘だろ」


「本当だ。呂布が作戦を立てて、討伐隊を返り討ちにした」


「マジか……」


話が広がるにつれ、ゴルドの群れの者たちの目が変わっていった。最初は半信半疑だった「オーガを倒した」という話も、今では信じられている。


「呂布という奴は、本当にとんでもない奴だな」


ゴルドが、グルドに話しかけていた。


「ああ。俺も最初は信じられなかった。だが、あいつと一緒にいると——不可能が可能になる気がしてくる」


「お前も、変わったんだろうな。最初に会った時より、ずいぶん強そうだ」


「呂布のおかげだ。あいつが、俺たちを鍛えてくれた」


ゴルドは俺の方を見た。


俺は少し離れた場所で、新入りたちの訓練を監督していた。


「……本当に、仲間を大事にする奴なんだな」


「ああ。あいつは——前世では違ったらしいけど」


「前世?」


「長い話だ。いつか、あいつ自身から聞くといい」


---


一ヶ月後、群れは完全に一つになっていた。


もはや、「元の群れ」と「ゴルドの群れ」という区別はない。全員が「呂布の群れ」だ。


ゴルドは、俺の副官のような立場になっていた。グルドが右腕なら、ゴルドは左腕だ。二十匹を率いていた経験は、伊達ではなかった。


「呂布」


ある夜、ゴルドが話しかけてきた。


「なんだ」


「お前に聞きたいことがある」


「言え」


「お前は、どこまで行くつもりだ」


俺は夜空を見上げた。


「天下だ」


「天下?」


「この世界の頂点に立つ。全てを統べる王になる」


ゴルドは絶句した。


「……正気か」


「正気だ。前世で果たせなかった夢を、この世界で叶える」


俺はゴルドを見た。


「お前は、ついてくるか」


ゴルドは長い間、俺を見つめていた。


やがて、彼は笑った。


「……狂ってる。だが——」


ゴルドは膝をついた。


「面白い。ついて行かせてもらう。どこまで行けるか、見届けたい」


俺は頷いた。


「ありがとう。——さあ、明日からまた訓練だ。休め」


「ああ」


ゴルドが去った後、俺は再び夜空を見上げた。


群れは大きくなった。仲間も増えた。


だが、まだ足りない。


この山を支配しただけでは、天下には程遠い。


もっと強くならなければ。もっと大きくならなければ。


覇道は、まだ始まったばかりだ。


---


【ステータス更新】


**【名前】呂布**

**【種族】ホブゴブリン**

**【レベル】35**


**【HP】320/320**

**【MP】115/115**


**【筋力】125**

**【敏捷】135**

**【知力】85**

**【魔力】68**

**【耐久】115**

**【幸運】40**


**【スキル】**

暗視(固有)、威圧(覚醒)、天下無双(封印)、指揮(Lv.8)【UP】、投擲(Lv.6)、隠密(Lv.5)、危機察知(Lv.7)【UP】、窮地の逆転(Lv.3)、戦術眼(Lv.8)【UP】、教導(Lv.7)【UP】、統率(Lv.7)【UP】、読字(自動習得)、剣術(Lv.7)【UP】、野営(Lv.3)、追跡(Lv.3)、火計(Lv.2)、再生(Lv.3)【UP】、鼓舞(Lv.3)【UP】、交渉(Lv.1)【NEW】、威厳(Lv.1)【NEW】


**【称号】**

転生者、主殺し、反逆者、魔狼討伐者、群れの長、人殺し、鬼狩り、育成者、山の王【NEW】


---


**【新規スキル】交渉 Lv.1**


**種別:**社会スキル


**効果:**他者との交渉を有利に進める能力が向上。相手の意図を読み取りやすくなり、自分の提案が受け入れられやすくなる。


**成長条件:**様々な相手と交渉し、合意を得ること。


**備考:**武力だけでは、大きな勢力は築けない。


---


**【新規スキル】威厳 Lv.1**


**種別:**指導者スキル


**効果:**存在感が増し、他者からの敬意を集めやすくなる。配下の忠誠心が向上し、敵対者に精神的圧力を与える。


**成長条件:**多くの者を率い、実績を積み重ねること。


**備考:**王たる者の資質。力だけでなく、器の大きさを示す。


---


**【新規称号】山の王**


**効果:**山岳地帯での全ステータス+5%。山に住む魔物からの友好度が上昇。


**取得条件:**山の支配者を倒し、その領域を支配すること。さらに、他の群れを吸収して勢力を拡大すること。


**備考:**山を統べる者。その名は、周囲の魔物たちに畏怖と尊敬をもって語られる。

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