『鬼狩り』


夜明け前に、俺たちは動き出した。


空はまだ暗く、東の地平線がわずかに白み始めている程度だ。オーガたちは夜間に活動することが多い。だが、明け方には巣に戻り、眠りにつく。その隙を狙う。


「全員、配置につけ」


俺は小声で指示を出した。


作戦は単純だ。


まず、俺とピックが囮となり、赤肌のオーガを挑発する。怒らせて追わせ、メザが用意した落とし穴へ誘導する。オーガが穴に落ちたら、全員で岩を投げ込み、止めを刺す。


「呂布」


グルドが近づいてきた。


「囮は俺がやる。お前は——」


「駄目だ。俺が行く」


「また同じことを言うのか」


「俺が最も速く、最も危機察知に優れている。それに——」


俺はグルドの目を見た。


「お前には、群れを指揮してもらう。俺が穴にオーガを落としたら、合図を出す。その瞬間に、全員で岩を投げ込め。タイミングを間違えれば、俺も巻き込まれる」


グルドは唇を噛んだ。だが、反論はしなかった。


「……分かった。絶対に死ぬな」


「ああ。約束する」


---


俺とピックは、オーガの巣に近づいた。


岩陰に身を潜め、洞窟の入口を観察する。中から、複数の鼾が聞こえてくる。三匹とも眠っているようだ。


「どうやって起こす」


ピックが囁いた。


「石を投げる。赤肌の奴だけを狙って起こす」


俺は拳大の石を拾い上げた。


投擲のスキルは、レベル5まで上がっている。この距離なら、狙った場所に正確に当てられる。


俺は息を整え、洞窟の中を見据えた。


三匹のオーガが、雑魚寝している。灰色の長が最も奥。茶色の若い個体が入口近く。赤肌は、その中間——左側の壁際に寝転がっている。


狙うは、赤肌の頭。


俺は腕を振りかぶり——投げた。


石は弧を描いて飛び、赤肌の額に命中した。


「——グオッ!?」


赤肌が跳ね起きた。


「今だ。走れ」


俺はピックの腕を掴み、駆け出した。


背後で、怒号が響いた。


「グオオオオオッ!」


地響きのような足音。赤肌が洞窟から飛び出してきた。目を血走らせ、棍棒を振り回しながら、俺たちを追ってくる。


「こっちだ!」


俺は叫び、北の崖へ向かって走った。


ピックが必死についてくる。足が速い。だが、オーガも速い。予想以上だ。


「呂布、追いつかれる……!」


「まだだ。もう少し!」


岩場を駆け抜け、斜面を登り、崖へと向かう。後ろを振り返ると、赤肌のオーガが十歩ほど後ろまで迫っていた。


棍棒が振り下ろされる。


「避けろ!」


俺はピックを突き飛ばし、自分も横に跳んだ。棍棒が地面を叩き、岩が砕け散った。


「グオオッ! チビドモ、ニガサナイ!」


喋った。


オーガには、言葉がある。知性がある証拠だ。だが、今はそれどころではない。


俺は立ち上がり、再び走り出した。


「ピック、先に行け! 俺が引きつける!」


「で、でも——」


「行け!」


ピックが走り去った。俺は振り返り、オーガと向き合った。


「コッチダ、デカブツ」


俺は挑発するように剣を抜いた。


オーガの目が、俺に固定された。


「オマエ、コロス」


「来い。やれるものなら」


俺は再び走り出した。今度は速度を落とし、オーガを引きつけながら進む。


崖が見えてきた。


メザが用意した落とし穴は、崖の手前——窪みになった場所にある。表面は枝と葉で覆われ、一見すると普通の地面に見える。だが、踏めば——


「もう少し……」


俺は落とし穴の手前で急停止した。


オーガが猛然と突っ込んでくる。


「グオオオオッ!」


止まらない。止まれない。巨体の慣性が、奴を前へ前へと運んでいく。


俺は横に跳んだ。


オーガが、落とし穴の上を踏み抜いた。


枝と葉が砕け、巨体が闇の中へ落ちていく。


「グ——ガアアアアッ!?」


悲鳴と共に、肉が裂ける音が響いた。穴の底に仕込んだ杭が、オーガの体を貫いたのだ。


「今だ! やれ!」


俺は叫んだ。


崖の上から、仲間たちが一斉に岩を投げ落とした。


大小の岩が、穴の中に降り注ぐ。オーガの悲鳴が、ひときわ大きくなった。


「グアアアアッ! ヤメ——グッ!」


岩が頭に直撃した。


悲鳴が途切れた。


---


しばらくの間、俺たちは穴の縁で息を潜めていた。


静寂が戻った。


穴の中から、もう何の音も聞こえない。


「……死んだか」


グルドが恐る恐る穴を覗き込んだ。


俺も覗いた。


穴の底で、赤肌のオーガが動かなくなっていた。体中に杭が刺さり、岩に埋もれている。目は見開かれたまま、光を失っていた。


死んでいる。


「やった……」


ピックが座り込んだ。


「やった、のか……?」


「ああ。仕留めた」


俺は深く息を吐いた。


同時に、頭の中に例の文字が浮かんだ。


『経験値を獲得しました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


一気に三レベル上がった。


オーガ一匹の経験値は、それほど大きいのか。あるいは、格上の敵を倒したことへの補正か。


『称号を獲得しました:鬼殺し』


新たな称号が付与された。


俺は仲間たちを見回した。全員が、疲労困憊の表情を浮かべている。だが、その目には達成感があった。


「よくやった。全員、よくやった」


俺は言った。


「だが、まだ終わりじゃない。残り二匹いる。奴らが仲間の死に気づく前に、撤退する」


---


洞窟に戻った俺たちは、しばらく休息を取った。


戦いの興奮が冷め、疲労が襲ってきた。だが、同時に——手応えも感じていた。


俺たちは、オーガを殺した。


あの巨大な化け物を、罠と連携で仕留めた。


「これで、残り二匹か」


グルドが言った。


「ああ。だが、二匹目は一匹目より難しい」


「なぜだ」


「仲間が殺されたことで、残りの二匹は警戒を強める。同じ手は通用しない可能性が高い」


俺は腕を組んだ。


「それに、灰色の長は赤肌より強い。行動も慎重だ。孤立させるのは難しいだろう」


「じゃあ、どうする」


「考える。新しい作戦が必要だ」


---


三日が過ぎた。


俺の予想通り、残りの二匹のオーガは行動を変えた。


単独で狩りに出ることがなくなった。常に二匹で行動し、巣の周囲を警戒している。落とし穴を発見されないよう、俺たちは近づけなくなった。


「膠着状態だな」


メザが言った。


「新しい罠を仕掛けようにも、あいつらが見張っていて近づけない」


「待つしかないのか」


「いや」


俺は首を振った。


「待っていても、状況は変わらない。こちらから動く」


「どうやって」


俺は仲間たちを見回した。


「奴らを、巣から引きずり出す」


---


作戦は、大胆なものだった。


「火を使う」


俺は説明した。


「オーガの巣の入口で火を焚く。煙を中に送り込み、奴らを燻り出す」


「火……」


グルドが眉をひそめた。


「燃やすものはあるのか」


「森から枯れ枝を集めてきた。それと、オーガの巣の近くに獣の脂が落ちていた。あれを使えば、よく燃える」


「でも、火を焚いたら俺たちも危険じゃないか」


ピックが言った。


「煙が出たら、オーガが出てくる。その時、俺たちはどこにいる」


「崖の上だ」


俺は図を描いた。


「火を点けたら、すぐに崖の上に逃げる。オーガが出てきたら、上から岩を落とす。煙で視界が悪い中、奴らは俺たちの位置を把握できない」


「うまくいくか……?」


「分からない。だが、このまま膠着していても仕方がない。やるしかない」


---


翌日の夜明け前、俺たちは再び動いた。


枯れ枝と獣脂を抱え、オーガの巣に近づく。見張りはいない。二匹とも中で眠っているようだ。


「ここだ」


俺は巣の入口に枯れ枝を積み上げた。獣脂を染み込ませ、火打ち石で火を点ける。


炎が上がった。


煙が、洞窟の中へ流れ込んでいく。


「撤退!」


俺は叫び、崖へ向かって走った。


仲間たちが後に続く。全員が崖の上に到達した頃——


「グオオオオオッ!」


怒号が響いた。


オーガたちが、巣から飛び出してきた。灰色の長と、茶色の若い個体。二匹とも目を擦り、咳き込んでいる。煙が効いている。


「今だ! 投げろ!」


俺の号令で、全員が岩を投げた。


岩の雨が、オーガたちに降り注ぐ。


「グアッ!」


茶色の個体が、頭に岩を受けてよろめいた。だが、灰色の長は——


「上ダ! チビドモ、上ニイル!」


視線が、俺たちを捉えた。


「マズい、気づかれた……!」


灰色のオーガが、崖を登り始めた。巨体に似合わぬ速さで、岩を掴み、這い上がってくる。


「散開しろ! 逃げろ!」


俺は叫んだ。


仲間たちが四方に散る。だが、茶色の個体が回り込み、退路を塞いだ。


「ニガサナイ……!」


挟まれた。


俺は剣を抜いた。


「グルド、ゴリ、俺と一緒に灰色を止める! 他の奴らは茶色を牽制しろ!」


「了解!」


グルドとゴリが、俺の隣に並んだ。三本の剣が、灰色のオーガに向けられる。


「チビドモガ……ナマイキナ」


灰色のオーガが、棍棒を振り上げた。


「来い」


俺は構えた。


---


戦いは、熾烈を極めた。


灰色のオーガは、赤肌より遥かに強かった。棍棒の一振りが、岩を砕く。動きは重いが、一撃の威力が桁違いだ。


「散れ! 固まるな!」


俺は叫びながら、オーガの攻撃を避けた。


グルドが右から斬りかかる。剣がオーガの脚に食い込んだ。だが、浅い。皮を裂いただけだ。


「グオッ……!」


オーガが棍棒を振り回す。グルドが吹き飛ばされた。


「グルド!」


「大丈夫だ……! まだ動ける……!」


グルドが起き上がる。だが、左腕が変な方向に曲がっている。折れたか。


俺は奥歯を噛み締めた。


このままでは、全滅する。


打開策を——


その時、俺の視界の端で何かが動いた。


茶色のオーガが、仲間たちの攻撃を受けてよろめいている。ピックの矢が目に刺さり、メザの投げた石が膝を打っている。


「グアアア……! メ、メガ……!」


茶色が悲鳴を上げた。


灰色のオーガが、一瞬だけ振り返った。


今だ。


俺は全身の力を込めて跳躍した。


「——ォォォォッ!」


剣を振り下ろす。狙いは、オーガの首。


刃が、灰色の皮膚に食い込んだ。深く。筋肉を断ち、血管を裂き、骨に達する。


「グ——ガッ……!?」


オーガが目を見開いた。


俺は剣を引き抜き、再び斬りつけた。同じ場所を。傷口を広げるように。


血が噴き出した。


「グ……オ……」


灰色のオーガが、膝をついた。棍棒が手から滑り落ちる。


「ゴリ!」


俺は叫んだ。


「止めを刺せ!」


ゴリが駆け寄り、剣を振り上げた。そして——オーガの首を、力任せに斬り落とした。


巨大な頭が、地面に転がった。


---


灰色のオーガが倒れた瞬間、茶色の個体が動きを止めた。


「ア……アニキ……?」


茶色は、灰色の死体を呆然と見つめていた。


「アニキ、死ンダ……?」


隙だ。


「全員、かかれ!」


俺の号令で、仲間たちが一斉に茶色のオーガに襲いかかった。


矢が、石が、棍棒が、茶色の体に殺到する。俺も剣を持って斬りかかった。


「ヤメ——グアアアア!」


茶色のオーガは、なすすべもなく倒れた。


---


静寂が訪れた。


崖の上に、二匹のオーガの死体が転がっている。


俺たちは——勝った。


「や……やった……」


ピックが座り込んだ。


「勝ったのか……俺たち……」


「ああ」


俺は剣を下ろした。全身が血にまみれている。自分の血か、オーガの血か、分からない。


「勝った」


頭の中に、文字が浮かんだ。


『経験値を獲得しました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


また、四レベル上がった。


『称号が進化しました:鬼殺し → 鬼狩り』


『進化条件を満たしました』


進化——?


俺は目を見開いた。


『種族進化が可能です。現在の種族:ゴブリン(成体)。進化先候補:ホブゴブリン』


『進化しますか? はい/いいえ』


俺は、その文字を見つめた。


ホブゴブリン。ゴブリンの上位種。グルドが言っていた「進化」とは、これのことか。


だが、今は——


「呂布! グルドの腕が……!」


メザの声が聞こえた。


俺は進化の選択を保留し、グルドのもとへ駆け寄った。


「見せろ」


グルドの左腕は、肘のあたりで折れていた。骨が皮膚を突き破ってはいないが、明らかに異常な角度で曲がっている。


「くそ……痛い……」


グルドが歯を食いしばっている。


「動かすな。添え木を当てて固定する。メザ、枝を持ってこい」


「分かった」


メザが走っていった。


俺はグルドの傍に膝をついた。


「すまない。俺が、もっと早く——」


「謝るな」


グルドが、痛みを堪えながら笑った。


「勝ったんだ。俺たちは……オーガを……三匹とも……」


「ああ。勝った。お前のおかげだ」


「腕の一本くらい……安いもんだ……」


グルドの目が閉じた。気を失ったのだ。


俺は拳を握り締めた。


勝った。だが、代償もあった。


これが、戦いというものだ。


---


その夜、俺たちはオーガの巣を新たな拠点とした。


広く、深く、敵から身を守るには最適だ。そして——食料も豊富だった。オーガたちが蓄えていた獣肉が、大量に残っていた。


「これで、しばらくは食うに困らないな」


ゴリが言った。


「ああ」


俺は洞窟の入口に座り、夜空を見上げた。


二つの月が、静かに輝いている。


『進化しますか? はい/いいえ』


保留にしていた選択肢が、まだ頭の中に残っていた。


ホブゴブリンへの進化。


俺は——


「はい」


静かに答えた。


その瞬間、全身を光が包んだ。


---


【ステータス更新】


**【名前】呂布**

**【種族】ホブゴブリン**

**【レベル】29**


**【HP】250/250**

**【MP】85/85**


**【筋力】95**

**【敏捷】105**

**【知力】68**

**【魔力】52**

**【耐久】88**

**【幸運】32**


**【スキル】**

暗視(固有)、威圧(覚醒)、天下無双(封印)、指揮(Lv.6)【UP】、投擲(Lv.5)、隠密(Lv.5)、危機察知(Lv.6)【UP】、窮地の逆転(Lv.3)【UP】、戦術眼(Lv.6)【UP】、教導(Lv.4)【UP】、統率(Lv.4)【UP】、読字(自動習得)、剣術(Lv.5)【UP】、野営(Lv.2)、追跡(Lv.2)【UP】、火計(Lv.1)【NEW】、再生(Lv.1)【NEW】


**【称号】**

転生者、主殺し、反逆者、魔狼討伐者、群れの長、人殺し、鬼狩り【進化】


---


**【新規スキル】火計 Lv.1**


**種別:**戦術スキル


**効果:**火を用いた戦術の効果が向上。煙、炎、熱を利用した攻撃や牽制の成功率が上昇する。


**成長条件:**火を用いた戦術を実行し、成功させること。


**備考:**古来より、火は戦場を支配する力の一つである。


---


**【新規スキル】再生 Lv.1**


**種別:**身体スキル


**効果:**HP回復速度が向上。軽傷であれば、時間経過で自然治癒する。


**成長条件:**戦闘で傷を負い、回復を繰り返すこと。


**備考:**ホブゴブリンへの進化に伴い、肉体の回復力が強化された。


---


**【称号進化】鬼狩り**


**効果:**オーガ系魔物に対する攻撃力+15%。オーガ系魔物からの威圧に対する耐性を獲得。


**進化条件:**オーガを三体以上討伐すること。


**備考:**鬼を狩る者。山の支配者を打ち倒した証。


---


**【種族進化】ホブゴブリン**


**効果:**全ステータスが大幅に上昇。体格が約1.5倍に成長。寿命が延長。知性と魔力の上限が向上。


**進化条件:**ゴブリン成体でレベル25以上に達し、格上の敵を討伐すること。


**備考:**ゴブリンの上位種。通常のゴブリンとは一線を画す存在。さらなる進化の道が開かれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る