『鬼の領域』
山に足を踏み入れてから、二日が過ぎた。
俺たちは山腹の洞窟を仮の拠点とし、周囲の偵察を続けていた。洞窟は小さいが、十一匹が身を寄せ合えば眠れる程度の広さはある。入口は狭く、大きな敵は入ってこられない。防衛には適していた。
だが、問題は食料だった。
「獲物が少ない」
ピックが報告した。
「森と違って、小動物がほとんどいない。ネズミも、トカゲも、ウサギも——見かけない」
「水場は見つけたか」
「ああ。北西に小さな泉がある。水は綺麗だ。ただ、そこにも獲物はいなかった」
俺は眉をひそめた。
山には獲物がいない。だが、あの巨大な魔狼は確かに存在した。あれほどの体躯を維持するには、相当量の食料が必要なはずだ。
何を食っている。
「呂布」
メザが近づいてきた。
「さっき、北の斜面を調べてきた。妙なものを見つけた」
「妙なもの?」
「骨だ。大量の」
俺はメザについて、北の斜面へ向かった。
---
そこは、まさに骨の山だった。
岩の窪みに、無数の白骨が積み重なっている。大小様々。獣のもの、鳥のもの——そして、人型のもの。
「これは……」
俺は骨の一つを拾い上げた。ゴブリンの頭蓋骨だった。
「ゴブリンの骨か」
「ああ。それだけじゃない。あれを見ろ」
メザが指差した先には、より大きな骨があった。人間のものだ。鎧の破片が、骨に絡みついている。
「人間も、か」
「それだけじゃない。もっと大きいのもある」
さらに奥を見ると、俺の胴体ほどもある巨大な骨が転がっていた。何の骨か分からない。だが、相当な大きさの獣だったことは確かだ。
「ここは——」
俺は周囲を見回した。
「餌場だ」
「餌場?」
「何かが、ここで獲物を食っている。食い終わった後の骨を、ここに捨てている」
メザの顔が青ざめた。
「何が、こんなことを……」
「鬼だ」
俺は断言した。
「あの三匹が言っていた、ゴブリンを食う魔物。山に近づいた者は誰も戻らない——その理由が、これだ」
---
洞窟に戻り、俺は全員を集めた。
「北の斜面で、骨の山を見つけた。ゴブリン、人間、その他の獣——全てが食われた後の残骸だ」
仲間たちの顔に、恐怖が浮かんだ。
「この山には、強力な捕食者がいる。おそらく、『鬼』と呼ばれている存在だ。俺たちは、その縄張りに入り込んでいる」
「じゃ、じゃあ、逃げた方が……」
帰還者の一匹が言いかけた。
「逃げてどこへ行く」
俺は静かに問い返した。
「森に戻れば、人間の討伐隊が待っている。東に行けば、辺境伯の領地だ。西は、獲物のない荒野が続いている。南は、この山のさらに奥だ」
「それでも、ここにいたら食われる……」
「食われる前に、食う側に回る」
俺の言葉に、全員が息を呑んだ。
「俺たちは弱い。今のままでは、鬼に勝てない。だが、このまま逃げ続けても、いずれ死ぬ。なら——」
俺は剣の柄に手を置いた。
「鬼を狩る。そのために、まず敵を知る。明日から、本格的な偵察を行う」
---
翌朝、俺はピックを連れて洞窟を出た。
「二匹で行動する。目的は情報収集だ。鬼の姿を確認し、数を把握し、行動パターンを観察する。戦闘は避ける」
「分かった」
ピックは緊張した面持ちで頷いた。
俺たちは岩場を慎重に進んだ。足音を殺し、気配を消し、影から影へと移動する。
山の空気は冷たく、乾いていた。時折、風が吹き抜け、砂埃を舞い上げる。視界は悪くないが、隠れる場所が少ない。
「呂布」
ピックが小声で言った。
「あれ」
指差す先を見ると、岩の陰に黒い影があった。
動いている。
俺は身を低くし、岩の隙間から観察した。
それは——
「でかい……」
ピックが息を呑んだ。
鬼だった。
体長は俺の五倍はある。二足歩行。灰色の肌、隆起した筋肉、頭部から突き出た二本の角。手には、木を削って作ったような粗末な棍棒を持っている。
オーガだ。
俺の頭に、その名称が浮かんだ。転生時に与えられた知識か、あるいは本能的な認識か。この世界では、こういった存在を「オーガ」と呼ぶ。
「あれが、鬼……」
ピックが震えている。
「静かに。気づかれるな」
俺はオーガの動きを観察した。
奴は岩場をゆっくりと歩いている。何かを探しているようだ。鼻をひくつかせ、周囲の臭いを嗅いでいる。
獲物を探している。
俺たちの臭いを追っているのか。
いや、風向きは俺たちの方から吹いている。臭いは届いていないはずだ。
オーガは、やがて北の方角へ去っていった。
俺は息を吐いた。
「行ったか」
「あ、あれと戦うのか……?」
ピックの声が震えている。
「いずれは。だが、今日じゃない」
俺は立ち上がり、オーガが去った方向を確認した。
「追跡する。奴の巣を突き止める」
---
オーガの足跡は、追いやすかった。
巨体ゆえに、地面に深い足跡が残る。岩を蹴り、草を踏み潰し、通った後には明確な痕跡がある。
俺たちは距離を保ちながら、その後を追った。
やがて、山の中腹に大きな洞窟が現れた。
「あれか」
洞窟の入口は、俺の身長の十倍はある。中から、獣の臭いが漂ってくる。複数の臭い。複数の個体がいる証拠だ。
「何匹いるんだ……」
ピックが呟いた。
俺は洞窟の周囲を観察した。
入口の前には、骨や獣の皮が散乱している。火を焚いた跡もある。知性がある証拠だ。ただの獣ではない。
「戻るぞ」
俺は判断した。
「これ以上近づくのは危険だ。今日の収穫は十分だ」
---
洞窟に戻り、俺は仲間たちに報告した。
「鬼の正体はオーガだ。体長は俺たちの五倍以上。二足歩行で、棍棒を使う。知性もある」
「オーガ……」
グルドが唸った。
「聞いたことがある。ゴブリンの上位種——いや、別系統の魔物だったか」
「詳しいな」
「昔、群れの年寄りが話していた。ゴブリンが強くなると、オーガになれることがある、と」
俺は眉を上げた。
「ゴブリンが、オーガに?」
「進化、とか言っていた。レベルが上がって、条件を満たすと、体が変わるらしい。俺は信じてなかったけど」
進化。
俺はステータスのことを思い出した。あの半透明の文字板。レベルが上がると、ステータスが上昇する。スキルが増える。称号が付与される。
ならば——種族が変化することも、あり得るのか。
「グルド。その話、もっと詳しく聞かせろ」
「詳しくって言われても……俺が知っているのは、それだけだ。『強くなればオーガになれる』って、それだけ」
「条件は分からないのか」
「分からない。年寄りも、具体的には知らなかったと思う。噂話みたいなものだったから」
俺は考え込んだ。
ゴブリンがオーガに進化できるなら、俺もいずれその段階に達する可能性がある。そうなれば、今のオーガたちと対等に戦えるかもしれない。
だが、それを待っている余裕はない。
「オーガの巣には、複数の個体がいる。正確な数は分からないが、少なくとも三匹以上。正面からぶつかれば、俺たちは全滅する」
仲間たちの顔が強張った。
「だが、方法はある」
俺は地面に図を描き始めた。
「オーガは知性があるが、高くはない。動きは鈍く、体が大きい分、狭い場所では不利になる。そして——単独で行動することがある」
「さっき見たやつも、一匹だった」
ピックが頷いた。
「群れで襲われれば勝てない。だが、一匹ずつ孤立させて倒すなら——可能性はある」
俺は図に矢印を描いた。
「まず、オーガの行動パターンを完全に把握する。いつ、どこで、何をしているのか。狩りに出る時間、戻る時間、単独になる瞬間。それを見極める」
「それから?」
「罠を張る。人間にやったのと同じだ。孤立した一匹を、罠に誘い込み、全員で叩く」
メザが目を光らせた。
「俺の出番か」
「ああ。だが、オーガ相手の罠は、人間用とは規模が違う。落とし穴か、岩を落とすか——何が有効か、考えてくれ」
「任せろ。いくつか案を出してみる」
俺は全員の顔を見回した。
「時間をかける。焦らない。確実に、一匹ずつ減らしていく。それが、俺たちの戦い方だ」
---
それから七日間、俺たちは偵察と観察を続けた。
オーガは三匹いた。
一匹目は、最初に見た灰色の個体。体格は三匹の中で最も大きく、おそらく群れの長だ。行動は慎重で、単独になることは少ない。
二匹目は、赤みがかった肌を持つ個体。体格は中程度。短気な性格らしく、しばしば他の二匹と争っている。単独で狩りに出ることが多い。
三匹目は、最も小さい——といっても俺の四倍はあるが——茶色の個体。若いのか、他の二匹に従属的な態度を取っている。雑用を押し付けられることが多いようだ。
「狙うなら、二匹目だ」
俺は結論を出した。
「単独行動が多く、性格が荒い。怒らせれば、簡単に罠に誘い込める」
「罠の準備はできている」
メザが報告した。
「北の崖に、落とし穴を掘った。深さは俺の背丈の三倍。底には、尖らせた杭を並べてある。上には、枝と葉で覆いをした。オーガの重さなら、確実に落ちる」
「よくやった」
俺は頷いた。
「明日、仕掛ける」
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【ステータス更新】
**【名前】呂布**
**【種族】ゴブリン(成体)**
**【レベル】22**
**【HP】152/152**
**【MP】50/50**
**【筋力】52**
**【敏捷】60**
**【知力】42**
**【魔力】30**
**【耐久】50**
**【幸運】22**
**【スキル】**
暗視(固有)、威圧(覚醒)、天下無双(封印)、指揮(Lv.5)、投擲(Lv.5)【UP】、隠密(Lv.5)【UP】、危機察知(Lv.5)、窮地の逆転(Lv.2)、戦術眼(Lv.5)【UP】、教導(Lv.3)、統率(Lv.3)【UP】、読字(自動習得)、剣術(Lv.3)【UP】、野営(Lv.2)【UP】、追跡(Lv.1)【NEW】
**【称号】**
転生者、主殺し、反逆者、魔狼討伐者、群れの長、人殺し
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**【新規スキル】追跡 Lv.1**
**種別:**探索スキル
**効果:**足跡、臭い、痕跡から対象の移動経路を追跡する能力が向上。追跡対象の行動パターンを分析しやすくなる。
**成長条件:**様々な対象を追跡し、その習性を把握すること。
**備考:**狩人としての基本技能。偵察や待ち伏せに不可欠。
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