『旅立ちの朝』


三日が過ぎた。


その間、俺たちは休むことなく準備を進めた。


まず、武器の扱いを仲間たちに教えた。人間から奪った剣は三本。最も上等な一振りは俺が使い、残りの二本はグルドとゴリに渡した。


「重いな」


グルドが剣を持ち上げ、顔をしかめた。


「慣れろ。棍棒より殺傷力がある。正しく使えば、一撃で敵を倒せる」


「正しく、ってのが難しいんだろう」


「だから教える。構えはこうだ」


俺は剣を構えて見せた。前世の記憶が、体に染み付いている。方天画戟とは重心が異なるが、刃物を扱う基本は同じだ。


「足は肩幅に開く。重心は低く。剣は体の前で構え、常に敵の中心線を狙え」


グルドとゴリが、ぎこちなく真似をした。


「違う。もっと肘を絞れ。腕が開くと、隙ができる」


「こ、こうか?」


「まだ駄目だ。もう一度」


何度も何度も、繰り返し指導した。


三日では、到底習熟には至らない。だが、基本の形だけでも覚えれば、いざという時に役立つ。少なくとも、棍棒を振り回すよりはましだ。


弓は、ピックとメザに渡した。


「俺は弓なんて触ったこともないぞ」


ピックが困惑した顔で言った。


「だから教える。弓は接近戦を避けられる武器だ。お前たちの体格なら、これが最も適している」


弓の扱いは、俺自身も得意とは言えなかった。前世では弓兵を指揮したことはあるが、自分で射る機会は少なかった。だが、基本は知っている。


「弦を引く時は、肩甲骨を寄せるように。狙いは、矢の先端と目標を一直線に結ぶ」


ピックが弓を構え、試しに矢を放った。矢は大きく逸れ、木の幹に突き刺さった。


「全然当たらない……」


「最初はそんなものだ。百本射れば、十本は当たるようになる」


「百本も矢がないだろ」


「なら、射った矢を回収して繰り返せ」


ピックが肩を落としたが、素直に従った。


---


武器の訓練と並行して、俺は情報を整理していた。


討伐依頼書から分かったこと。この地域は「グラナド辺境伯領」という人間の領地であること。領主は「ヴァルター・フォン・グラナド」という名の貴族であること。俺たちのような魔物は「害獣」として駆除の対象であること。


そして、討伐の報酬が「銀貨五十枚」であったこと。


「銀貨五十枚ってのは、多いのか少ないのか」


グルドに尋ねたが、当然答えは返ってこなかった。


「知らない。そもそも、金なんて使ったことがない」


「だろうな」


俺たちはゴブリンだ。人間の経済圏とは無縁の存在。だが、いずれはその世界にも足を踏み入れることになるだろう。天下を目指すなら、人間の世界を知らねばならない。


「なあ、呂布」


メザが近づいてきた。


「森の外について、何か知っていることはあるか。お前、前に人間だったんだろう。この世界のことも知っているのか」


「いや。俺が生きていたのは、この世界とは別の世界だ。地形も、国も、何もかもが違う」


「じゃあ、お前もこの世界については素人なのか」


「ああ。だから、情報が必要なんだ」


俺は洞窟の外を見た。


「この森の先に何があるのか。人間の国がどれほど広いのか。俺たち魔物を束ねる存在がいるのか。何も分からない」


「魔物を束ねる存在?」


「いるかもしれない、という話だ。人間に国があるなら、魔物にも似たような組織があっても不思議ではない」


メザが考え込む表情を浮かべた。


「聞いたことがある」


「何を」


「ずっと昔、群れの年寄りが言っていた。森の奥の、もっと奥の、さらに奥には——『王』がいる、と」


「王?」


「詳しくは知らない。ただの与太話だと思っていた。でも、お前の言う『魔物を束ねる存在』って、それのことじゃないのか」


俺は黙って考えた。


魔物の王。それが本当に存在するなら、俺の目標は明確になる。


「森の奥、か」


「行くのか」


「ああ。いずれは」


だが、今ではない。今の俺たちでは、「森の奥の奥」に辿り着く前に死ぬだろう。まずは力をつけなければならない。


---


四日目の朝、俺は全員を集めた。


「今日、この洞窟を出る」


仲間たちの顔に、緊張が走った。


「どこへ行くんだ」


グルドが尋ねた。


「南だ」


俺は地面に描いた地図を指した。この数日で、偵察を重ねて周辺の地形を把握していた。


「北には人間の村がある。東にはグラナド辺境伯の領地が広がっている。西は、この森が延々と続いているが、獲物が少ない。南には——」


俺は南の方角を指した。


「山がある」


「山?」


「遠くから見えた。森を抜けた先に、大きな山脈がある。人間の村からは離れている。そこを目指す」


「山に何があるんだ」


「分からない。だが、山には洞窟がある。隠れる場所がある。そして——山には、強い魔物がいる可能性が高い」


ピックが顔をしかめた。


「強い魔物って、それ、俺たちが狩られるってことじゃ……」


「狩られないために、強くなる。強い魔物がいる場所でなければ、俺たちはこれ以上成長できない」


俺は全員の顔を見回した。


「分かっている。危険な旅になる。だが、ここに留まれば、いずれ人間に殺される。前に進むしかない」


沈黙が流れた。


やがて、グルドが口を開いた。


「俺は行く。最初から、そう決めていた」


「俺も」


ピックが頷いた。


「俺もだ」


ゴリが拳を握った。


「罠師として、できることはする」


メザが静かに言った。


帰還者たちも、互いに顔を見合わせた後、一人ずつ頷いた。


「行こう。どこへでも」


俺は小さく笑った。


「ありがとう。——では、出発だ」


---


洞窟を出たのは、朝日が森を照らし始めた頃だった。


十一匹のゴブリンが、列を成して森を進む。先頭は俺。その後ろにグルドとゴリ。中央に帰還者たち。最後尾にピックとメザ。


各自が武器を持っている。俺とグルドとゴリは剣。ピックとメザは弓。帰還者たちは棍棒と石。人間から奪った革鎧は、俺とグルドとゴリで分けた。


「なあ、呂布」


歩きながら、グルドが話しかけてきた。


「なんだ」


「山まで、どのくらいかかる」


「分からない。三日か、五日か。もっとかかるかもしれない」


「食料は足りるのか」


「足りなければ、道中で狩りをする。水は、川沿いに進めば確保できる」


俺は前方を見据えた。


木々の間から、遠くに山の影が見える。まだ霞んでいるが、確かにそこにある。


「長い旅になる。気を抜くな」


「分かってる」


グルドが剣の柄に手を置いた。


俺たちは歩き続けた。


---


昼を過ぎた頃、最初の異変があった。


「——止まれ」


俺は片手を上げ、隊列を止めた。


「どうした」


「気配がある。前方、五十歩ほど先」


危機察知が、微かな警告を発している。敵意を持った存在が、近くにいる。


俺は木の陰に身を隠し、前方を窺った。


木々の間に、動くものが見えた。


ゴブリンだった。


だが、俺たちの群れではない。見知らぬ個体が、三匹。こちらに気づかず、何かを漁っている。


「野良か」


グルドが囁いた。


「ああ。群れからはぐれた者か、あるいは別の群れの偵察か」


「どうする。避けるか」


俺は考えた。


避けることはできる。だが——


「いや。接触する」


「は?」


「情報が欲しい。この先の地形、危険な場所、強い魔物の縄張り。何でもいい。知っている者がいれば、聞き出したい」


「敵だったら?」


「その時は、殺す」


俺は立ち上がり、堂々と前に出た。


「——そこの三匹」


三匹のゴブリンが、びくりと振り向いた。


俺を見た瞬間、彼らの顔に恐怖が浮かんだ。当然だ。俺は成体で、剣を持ち、革鎧を纏っている。彼らは幼体で、武器らしい武器も持っていない。


「逃げるな。話がある」


一匹が逃げようとした。だが、俺の後ろからグルドとゴリが姿を現し、退路を塞いだ。


「ひっ……」


三匹が震え上がった。


「殺さない。話を聞くだけだ」


俺は剣を鞘に収め、両手を広げて見せた。敵意がないことを示す仕草だ。


「……話?」


一匹が、恐る恐る口を開いた。


「ああ。この先に何があるか、教えてほしい。南の山について、何か知っているか」


三匹は顔を見合わせた。


「山……?」


「そうだ。あの山脈だ。何がいる。どんな場所だ」


しばらくの沈黙の後、一匹が答えた。


「……行ったことはない。でも、聞いたことはある」


「何を」


「山には、『鬼』がいる」


「鬼?」


「大きくて、強くて、ゴブリンを食う魔物だ。山に近づいた者は、誰も戻ってこない——そう聞いた」


俺は眉をひそめた。


鬼。それが何を指すのか、正確には分からない。だが、ゴブリンを捕食する強力な魔物がいるということは確かなようだ。


「他には。山に近づく方法は」


「知らない。俺たちは、山には近づくなと言われて育った。だから何も——」


「そうか」


俺は頷いた。


「ありがとう。行っていい」


三匹は信じられないという顔をした。


「本当に……殺さないのか」


「殺す理由がない。だが、俺たちのことを他の者に話すな。話せば——」


俺は剣の柄に手を置いた。


「次は、殺す」


三匹は青ざめた顔で頷き、脱兎のごとく逃げ去った。


---


「鬼、か」


歩きながら、グルドが呟いた。


「ああ」


「どんな奴だと思う」


「分からない。だが、ゴブリンを食うほど強いなら——俺たちにとっては脅威だ。同時に、倒せば大きな経験になる」


「倒せれば、な」


「倒す。必ず」


俺は前を向いた。


山の影が、少しだけ大きくなっていた。


「今夜は、森の中で野営する。見張りは二交代制。全員、体力を温存しろ」


「了解」


俺たちは、南へ向かって歩き続けた。


---


【ステータス更新】


**【名前】呂布**

**【種族】ゴブリン(成体)**

**【レベル】19**


**【HP】130/130**

**【MP】40/40**


**【筋力】45**

**【敏捷】52**

**【知力】36**

**【魔力】25**

**【耐久】42**

**【幸運】19**


**【スキル】**

暗視(固有)、威圧(覚醒)、天下無双(封印)、指揮(Lv.5)、投擲(Lv.4)、隠密(Lv.3)、危機察知(Lv.4)、窮地の逆転(Lv.2)、戦術眼(Lv.4)、教導(Lv.3)【UP】、統率(Lv.2)、読字(自動習得)、剣術(Lv.2)【UP】


**【称号】**

転生者、主殺し、反逆者、魔狼討伐者、群れの長、人殺し


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