『人を殺す』
岩が降り注いだ。
大小様々な石の塊が、轟音と共に崖を滑り落ちていく。メザの罠は完璧に機能した。
「う、うわあああっ!?」
男たちの悲鳴が上がった。
最後尾にいた剣士が、真っ先に巻き込まれた。頭大の岩が肩に直撃し、鈍い音と共に地面に叩きつけられる。続いてもう一人、足を砕かれて倒れた。
「散開しろ! 崖から離れ——」
リーダーが叫ぶ。だが、遅い。
岩の雨は数秒で終わった。だが、その数秒で戦況は一変していた。
五人のうち、二人が地面に伏している。一人は動かない。もう一人は足を押さえて呻いている。残る三人——リーダーと弓兵二人——は崖から離れた場所で、呆然と周囲を見回していた。
「伏兵だと……!? 罠か!」
リーダーの顔に、初めて焦りが浮かんだ。
今だ。
「かかれ!」
俺の号令と共に、崖の上から仲間たちが飛び降りてきた。
グルドが先陣を切った。棍棒を振りかぶり、最も近くにいた弓兵に襲いかかる。弓兵は咄嗟に弓を盾にしたが、グルドの一撃で弦が断ち切られた。
「くそ、ゴブリンどもが——!」
もう一人の弓兵が矢を番えようとした。だが、その背後からピックが飛びかかった。小柄な体を活かした跳躍。弓兵の背に取り付き、首に腕を回す。
「離れろ、この——!」
弓兵が暴れる。だが、ピックは離れない。その隙に、ゴリが棍棒で弓兵の膝を打った。鈍い音と共に、男が崩れ落ちた。
「お前ら、こんな下等な——」
リーダーが剣を構え直した。その目には、驚愕と怒りが渦巻いている。
「舐めるな!」
リーダーが踏み込んできた。狙いは——俺だ。
剣が振り下ろされる。俺は身を翻してかわした。錆びた剣を抜き、構える。
「ほう、剣を持っているのか。ゴブリンの分際で」
リーダーが嘲笑った。だが、その目は笑っていない。油断なく、俺を観察している。
この男は強い。
危機察知が、そう告げていた。今まで戦った相手——成体ゴブリンや魔狼——とは、格が違う。人間の兵士。訓練された剣士。
だが。
俺も、剣を振るったことがないわけではない。
「来い」
俺は剣を構えた。ガルムの錆びた剣。刃は欠け、柄は朽ちかけている。だが、武器は武器だ。
リーダーが動いた。
横薙ぎの一閃。速い。俺は後ろに跳んでかわした。続けて突き。身を捻って避ける。三撃目、振り下ろし。
避けきれない。
俺は剣で受けた。金属同士がぶつかる衝撃が、腕を痺れさせた。
「重い……!」
人間の膂力は、想像以上だった。ゴブリンの体では、まともに打ち合えば力負けする。
「どうした、それで終わりか」
リーダーが剣を引き、再び構えた。
俺は距離を取り、状況を把握した。
周囲では、仲間たちが奮戦している。弓兵二人は既に地面に転がっていた。動いているのは、リーダーと——
足を砕かれた剣士が、這いずりながら剣を拾おうとしている。
「グルド!」
俺は叫んだ。
「分かってる!」
グルドが駆け寄り、剣士の手を踏みつけた。剣士が悲鳴を上げる。
残るは、リーダー一人。
「くそ……くそっ!」
リーダーの顔が歪んだ。
「たかがゴブリンに……俺の部下が……!」
怒りで冷静さを失っている。好機だ。
俺は剣を構え直した。
正面からは勝てない。ならば——
「メザ!」
「分かってる!」
メザが背後から、石を投げた。リーダーの後頭部を狙った一投。だが、リーダーは首を傾けてかわした。
その一瞬。
視線が逸れた隙に、俺は踏み込んだ。
「——なっ!」
リーダーが気づいた時には、遅かった。俺の錆びた剣が、彼の脇腹に突き刺さっていた。
「ぐ、ぁ……」
鮮血が噴き出した。
俺は剣を引き抜き、後ろに跳んだ。リーダーがよろめく。剣を杖にして、どうにか立っている。
「この……ゴブリン……が……」
「終わりだ」
俺は剣を構え直した。
リーダーが剣を振り上げようとした。だが、力が入らない。脇腹から血が流れ続けている。致命傷だ。
「くそ……くそ……」
彼は膝をつき、やがて前のめりに倒れた。
動かなくなった。
---
静寂が訪れた。
俺は荒い息を吐きながら、周囲を見回した。
地面には、五人の人間が転がっている。岩に潰された者が二人。仲間たちに倒された者が二人。そして、俺が殺した者が一人。
全滅だ。
「や……やった……」
ピックが呆然と呟いた。
「勝った……のか?」
「ああ。勝った」
俺は剣を下ろした。刃には血がこびりついている。人間の血だ。
奇妙な感覚だった。
前世でも、人を殺したことはある。戦場で、数え切れないほどの命を奪った。だが、あの頃は何も感じなかった。敵を斬ることに、何の感慨もなかった。
今は違う。
胸の奥に、重いものがある。
「呂布」
グルドが近づいてきた。
「怪我は」
「ない。お前たちは」
「ピックが少し切られた。深くはない」
「そうか」
俺は倒れた人間たちを見下ろした。
彼らにも、家族がいたのだろうか。帰りを待つ者がいたのだろうか。
……考えるな。
これは戦だ。殺さなければ、殺されていた。俺たちが生き延びるために、彼らは死んだ。それだけのことだ。
それだけの、ことだ。
「呂布?」
グルドが心配そうに覗き込んできた。
「……何でもない。それより、死体を処理しろ。装備も回収する。使えるものは全部持っていく」
「分かった」
仲間たちが動き始めた。
俺は一人、崖を見上げた。
朝日が、崖の上から差し込んでいた。
---
洞窟に戻ったのは、正午過ぎだった。
死体は森の奥深くに埋めた。発見されるまで、時間が稼げるはずだ。
回収した装備は、予想以上に豊富だった。
剣が三本。いずれも俺の錆びた剣より遥かに上等だ。弓が二張りと、矢が十数本。革鎧が三着。それから——
「これは……」
俺は、リーダーの懐から出てきた革袋を開いた。
中には、金属の円盤が入っていた。片面に人の顔が刻まれ、もう片面には文字が記されている。
貨幣だ。
「金か」
「金? それ、食えるのか」
ゴリが首を傾げた。
「食えない。だが、人間の世界では、これと引き換えに物を手に入れることができる」
「へえ……よく分からないが、大事なものなんだな」
「ああ。大事なものだ」
俺は貨幣を数えた。銅貨が十二枚、銀貨が三枚。価値は分からないが、少なくとも無価値ではないはずだ。
「それと、これを見てくれ」
メザが、一枚の紙を差し出した。
「リーダーの男が持っていた。字が読めるんだろう?」
俺は紙を受け取り、広げた。
文字が記されている。読める。
『討伐依頼書 グラナド辺境伯領 治安維持隊宛
東の森にゴブリンの群れが発生した模様。周辺村落からの報告あり。規模は十から二十と推定される。早急に討伐し、村民の安全を確保せよ。
報酬:銀貨五十枚
グラナド辺境伯 ヴァルター・フォン・グラナド』
依頼書。これは、俺たちを殺すための依頼書だ。
「何て書いてあるんだ」
グルドが尋ねた。
「俺たちを殺せ、という命令だ。人間の貴族から、この五人に出された」
「貴族……」
「領地を支配する者だ。この森は、その貴族の領地らしい。俺たちは、奴の土地に巣食う害獣として狙われた」
沈黙が落ちた。
「……じゃあ、また来るのか。人間が」
ピックの声が震えていた。
「ああ。この五人が戻らなければ、いずれ不審に思われる。次はもっと多くの兵が送られてくるだろう」
「そんな……」
「だが、今すぐではない。この五人が『行方不明』になったと判断されるまで、数日はかかる。さらに調査が行われ、新たな討伐隊が編成されるまでには、もう少し時間がある」
俺は依頼書を折り畳み、懐にしまった。
「その間に、俺たちは強くなる。そして——」
俺は仲間たちを見回した。
「この森を出る」
「出る? どこへ」
「分からない。だが、ここにいれば、いずれ殺される。もっと人間から離れた場所へ。もっと強い魔物がいる場所へ。そこで力をつける」
グルドが眉を寄せた。
「強い魔物がいる場所って……それ、もっと危険じゃないのか」
「ああ。危険だ。だが、ここにいても危険は同じだ。なら、成長できる場所を選ぶ」
俺は立ち上がり、洞窟の外を見た。
「時間はある。まずは、今日の戦いの疲れを癒せ。それから——この装備の使い方を覚える。剣の振り方、弓の射方。人間の武器を、俺たちのものにする」
---
夜になり、仲間たちは眠りについた。
だが、俺は眠れなかった。
洞窟の入口に座り、二つの月を見上げていた。
今日、俺は人間を殺した。
前世でも無数の人間を殺してきた。だが、あの頃とは何かが違う。
あの頃の俺は、殺すことに何の疑問も抱かなかった。敵だから殺す。邪魔だから殺す。強いから殺せる。それだけだった。
今は——
「後悔しているのか」
自分自身に問いかけた。
答えは、否だ。
後悔はしていない。殺さなければ、仲間が死んでいた。俺も死んでいた。あれは必要な殺しだった。
だが。
「これから、もっと多くの命を奪うことになる」
天下を目指すと誓った。この世界の頂点に立つと。
それは、数え切れない屍の上に立つことを意味する。
覚悟は、あるか。
俺は自分の手を見下ろした。緑色の、ゴブリンの手。だが、その手には確かに人の血がこびりついていた。
「ある」
静かに、俺は答えた。
「覚悟は、ある」
前世で俺は、何のために戦っていたのか分からなくなった。力を振るうことだけが目的になり、いつしか周囲には敵しかいなくなった。
今は違う。
守るべき仲間がいる。目指すべき頂がある。
そのために血を流すなら——
流そう。
何度でも。
月が雲間に隠れ、闇が深くなった。
俺は立ち上がり、洞窟の奥へ戻った。
明日から、新たな戦いが始まる。
---
【ステータス更新】
**【名前】呂布**
**【種族】ゴブリン(成体)**
**【レベル】19**
**【HP】130/130**
**【MP】40/40**
**【筋力】45**
**【敏捷】52**
**【知力】36**
**【魔力】25**
**【耐久】42**
**【幸運】19**
**【スキル】**
暗視(固有)、威圧(覚醒)、天下無双(封印)、指揮(Lv.5)【UP】、投擲(Lv.4)、隠密(Lv.3)、危機察知(Lv.4)【UP】、窮地の逆転(Lv.2)【UP】、戦術眼(Lv.4)【UP】、教導(Lv.2)、統率(Lv.2)【UP】、読字(自動習得)、剣術(Lv.1)【NEW】
**【称号】**
転生者、主殺し、反逆者、魔狼討伐者、群れの長、人殺し【NEW】
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**【新規スキル】剣術 Lv.1**
**種別:**戦闘スキル
**効果:**剣を用いた攻撃力と命中率が上昇。レベルに応じて剣技の精度と威力が向上する。
**成長条件:**剣を用いた戦闘を重ねること。
**備考:**前世の記憶により、基礎的な剣の扱いは体得済み。現在の肉体で再習得中。
---
**【新規称号】人殺し**
**効果:**人間種に対する攻撃力+5%。人間種からの敵意感知能力が向上。
**取得条件:**人間を殺害すること。
**備考:**魔物にとっては珍しくない称号だが、知性ある者がこの称号を得ることには、別の意味がある。
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