『死地の策』
夜が明けるまでに、作戦を完成させねばならなかった。
俺は洞窟の地面に、枝で周辺の地形を描いていった。森の配置、獣道の位置、開けた場所と狭い場所。この一ヶ月で俺の頭に刻み込まれた情報を、すべて吐き出した。
「敵は五人。装備は剣と弓。動きから見て、訓練を受けた兵士だ」
仲間たちが、食い入るように図を見つめている。
「正面からぶつかれば、俺たちに勝ち目はない。一人一人の戦闘力が違いすぎる」
「なら、どうする」
グルドが問うた。
「戦わずして勝つ」
俺は図の一点を指した。
「ここだ。洞窟から北東に進んだ場所に、崖がある。高さは俺の背丈の五倍ほど。その下には岩が散乱している」
「知ってる。狩りの時に見た」
ピックが頷いた。
「敵をそこへ誘い込む。そして——落とす」
沈黙が流れた。
「落とす、って……」
「崖の上から岩を落とす。人間がどれほど強くても、頭上から降ってくる岩は避けられない。少なくとも、隊列は乱れる。そこを叩く」
メザが目を細めた。
「罠か」
「そうだ。お前の得意分野だろう」
「……やれる。崖の上に岩を積んでおいて、蔓で繋いで、引けば落ちるようにすればいい。一晩あれば準備できる」
「頼んだ。ゴリ、お前は岩運びを手伝え」
「任せろ」
俺は図の別の場所を指した。
「だが、問題がある。敵をどうやって崖まで誘導するかだ」
「囮か」
グルドが言った。
「ああ。誰かが敵の前に姿を現し、追わせる必要がある。危険な役目だ」
「俺がやる」
即座にグルドが手を挙げた。
「駄目だ」
俺は首を振った。
「囮は俺がやる」
「は? お前が?」
「俺が最も足が速く、最も危機察知の能力が高い。それに——」
俺は仲間たちの顔を見回した。
「俺が囮になれば、敵は必ず追ってくる。成体のゴブリンが一匹、堂々と姿を見せれば、奴らは『巣の場所が分かる』と思うだろう。幼体では、そうはいかない」
理屈は通っている。だが、グルドは納得していない顔だった。
「独りで行くなと言ったのは、お前だろう」
「独りじゃない。お前たちが崖の上で待っている。俺は敵を連れてくるだけだ。仕留めるのは、全員でやる」
グルドは唇を噛んだ。だが、反論の言葉は出てこなかった。
「……分かった。だが、絶対に死ぬな」
「死なない。約束する」
俺は図に視線を戻した。
「続きを説明する。敵が崖下に入ったら、メザが合図を出す。それを見て、ゴリと帰還者たちが岩を落とす。俺は崖を迂回して上に回り込む。岩が落ちた直後、混乱した敵を全員で襲う」
「武器は」
「石と棍棒。それから——」
俺は洞窟の奥を見た。
「ガルムが使っていた武器が残っているはずだ。錆びた剣が一本あった。俺が使う」
「剣を使えるのか」
「前世では方天画戟を振るっていた。剣くらい、どうとでもなる」
前世。その言葉に、仲間たちが複雑な表情を浮かべた。俺が転生者であることは、もう全員が知っている。だが、詳しくは聞いてこない。聞いても理解できないと思っているのだろう。
それでいい。今は、目の前の戦いに集中すべきだ。
「最後に、最悪の場合の話をしておく」
俺は声を落とした。
「作戦が失敗したら、全員で散開して逃げろ。森の奥に逃げ込み、三日後にこの洞窟で合流する。俺が戻らなければ——グルド、お前が群れを率いろ」
「そんな話、聞きたくない」
「聞け。これは命令だ」
グルドが睨みつけてきた。だが、俺は視線を逸らさなかった。
「……分かった」
「よし。では、準備を始めろ。夜明けまでに、すべてを整える」
---
月が西の空に傾く頃、準備は整った。
崖の上には、拳大から頭大までの岩が積み上げられている。それらは蔓で結ばれ、一箇所を引けば連鎖的に崩れ落ちる仕組みになっていた。メザの仕事は見事だった。
「これで、三人は確実に仕留められる」
メザが自信を覗かせた。
「残りは俺たちで片付ける」
「問題は、全員が崖下に入るかどうかだ」
「だから囮の俺が調整する。敵が全員揃うまで、引きつけ続ける」
俺は錆びた剣を腰に差した。柄は朽ちかけ、刃は欠けている。まともな武器とは言い難い。だが、ないよりはましだ。
「呂布」
グルドが近づいてきた。
「なんだ」
「……さっきは言えなかったが」
彼は少し言いよどんだ後、真っ直ぐに俺を見た。
「お前がいなければ、俺は死んでいた。あの夜、成体に蹴られて、朝まで持たなかっただろう。だから——」
「だから、何だ」
「だから、死ぬな。絶対に死ぬな。お前が死んだら、俺はお前を許さない」
奇妙な言い回しだった。だが、その意味は分かる。
「ああ。死なない」
俺は拳を突き出した。グルドが一瞬戸惑い、それから同じように拳を合わせた。
「行ってくる」
---
夜明け前の森は、静寂に包まれていた。
俺は木々の間を縫い、人間たちが昨日歩いていた方向へ向かった。彼らは「明日から本格的に捜索する」と言っていた。つまり、今日来る。
問題は、どこから来るかだ。
おそらく、村から出発するはずだ。そして昨日の捜索範囲の続きから探し始める。俺は昨日彼らを見た場所の近くで待ち伏せることにした。
木の上に登り、枝葉の間から地上を見下ろす。
待った。
朝日が差し込み始めた頃——
足音が聞こえた。
「——この辺りから再開だ」
「了解」
昨日と同じ声。同じ五人が、森に入ってきた。
俺は息を殺し、彼らの動きを観察した。
先頭を歩くのは、剣を持った男。リーダーらしい。その後ろに弓兵が二人。最後尾に剣士が二人。隊列を組み、警戒しながら進んでいる。
訓練されている。だが、隙がないわけではない。
彼らの視線は地面と前方に集中している。ゴブリンの足跡や巣の痕跡を探しているのだ。上を見ていない。
今だ。
俺は枝から飛び降り、わざと音を立てて着地した。
「——何だ!?」
男たちが一斉に振り向いた。
俺と目が合った。
「ゴブリンだ!」
「成体が一匹! 逃がすな!」
俺は踵を返し、走り出した。
背後で弓弦が鳴る音。風を切って矢が飛んできた。危機察知が警告を発し、俺は咄嗟に身を低くした。矢が頭上を掠めていく。
「追え! 巣を突き止めるんだ!」
足音が追ってくる。五人全員が追跡に加わっている。
計画通りだ。
俺は速度を調整しながら走った。速すぎれば見失われる。遅すぎれば追いつかれる。ぎりぎりの距離を保ちながら、崖への道を辿った。
木々の間を抜け、茂みを飛び越え、獣道を駆ける。何度か矢が飛んできたが、危機察知のおかげでかわすことができた。
「速い……! だが、逃がさん!」
リーダーの声が近い。思ったより足が速い。
俺は歯を食いしばり、さらに加速した。
やがて、見覚えのある地形が見えてきた。崖だ。その下には岩が散乱し、両側を木々が囲んでいる。袋小路のような地形。
完璧な殺し場だ。
俺は崖下に飛び込んだ。
「追い詰めたぞ!」
五人の男たちが、俺の後を追って崖下に入ってきた。
「観念しろ、ゴブリン。ここで終わりだ」
リーダーが剣を構えた。他の四人も武器を手に、俺を取り囲むように散開する。
全員が、崖下にいる。
俺は崖の上を見上げた。
メザの姿が、一瞬だけ見えた。
「今だ!」
俺は叫んだ。
その声に、男たちが一瞬怯んだ。そして——
轟音と共に、岩が降ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます