『新たなる群れ』



洞窟は、かつての主を失い静寂に包まれていた。


数日が過ぎ、外から戻った流浪のゴブリンたちが恐る恐る洞窟を覗いては、すぐに踵を返して去っていく。かつて数十匹を擁した群れは壊滅し、その残骸だけが朽ちた獣道のように横たわっていた。


俺たち五匹は、その廃墟の中で新たな生活を始めた。


「まずは掃除だ」


俺の言葉に、四匹が頷く。死体を運び出し、血痕を土で覆い、空気の通りを良くするために入口付近の瓦礫を取り除く。幼体四匹では重労働だが、成体となった俺の腕力があれば、かつての数倍の仕事をこなすことができた。


三日をかけて、洞窟は見違えるように清潔になった。入口から奥へと続く主道、その両脇に寝床となる窪みが五つ。俺が最奥を使うのではなく、あえて入口に近い場所を選んだ。敵が来た時、真っ先に気づけるように。それが長として最低限の務めだと、俺は考えていた。


長。


その言葉を、俺は自分に当てはめることに未だ慣れない。前世では軍を率いたこともあった。だが、あの頃の俺は「長」ではなかった。ただ最も強いだけの存在、恐怖で人を縛るだけの暴君。ガルムと何も変わらない。


「呂布」


グルドが声をかけてきた。


「食料、少し溜まってきた。このままいけば、しばらくは狩りに出なくても大丈夫かもしれない」


「油断するな。備蓄は多いに越したことはない」


「わかってる。でも、少しは休んでもいいんじゃないか? お前、ここ数日ほとんど寝てないだろう」


鋭い奴だ。確かに、成体への進化以降、俺は睡眠をほとんど取っていなかった。取れなかった、というべきか。目を閉じるたびに、ガルムの最期の言葉が脳裏をよぎる。


「仲間を信じろ」


その言葉が、棘のように胸に刺さったまま抜けない。


---


五日目の夜、予期せぬ来訪者があった。


見張りに立っていたピックが、小走りで俺のもとへ駆け込んできた。


「呂布、外に誰かいる。ゴブリンだ、三匹」


「敵か」


「わからない。武器は持ってない。なんか……怯えてる感じだ」


俺は立ち上がり、入口へ向かった。月明かりの下、確かに三匹の影が佇んでいた。いずれも幼体。痩せこけ、毛皮すら纏っていない。流浪の者たちだろう。


「何の用だ」


俺の声に、三匹がびくりと震えた。その中で最も背の高い一匹が、恐る恐る口を開く。


「あ、あんたが……新しい長か」


「そうだ」


「俺たちは……元々、この群れにいた。魔狼が来た夜、逃げ出して……戻る場所がなくなった」


なるほど。あの夜の混乱で散り散りになった者たちか。


「戻りたいのか」


三匹は顔を見合わせ、そして頷いた。


「行く場所がない。このまま森を彷徨っても、いつか死ぬだけだ。だから……頼む、俺たちを群れに入れてくれ」


俺は腕を組み、三匹を見下ろした。成体となった今、幼体との体格差は歴然としている。彼らから見れば、俺は威圧的な巨躯として映っているだろう。


だが、俺は威圧で人を従わせるつもりはない。


「一つ聞く」


「な、なんだ」


「お前たちは、前の長を慕っていたか」


沈黙が流れた。三匹は互いの顔を窺い、やがて最も背の高い一匹が首を横に振った。


「……怖かった。逆らえば殺される。だから従っていただけだ」


正直な答えだった。


「俺の下に入るなら、条件がある」


三匹が息を呑む。


「俺の指示には従え。だが、理由もなく殺しはしない。食料は平等に分ける。そして——」


俺は一度言葉を切り、かつて陳宮が俺に言った言葉を思い出しながら続けた。


「仲間を裏切るな。裏切れば、俺がお前たちを追い出す。殺しはしないが、二度と群れには入れない」


三匹は顔を見合わせた。その目には、戸惑いと、そして微かな希望のようなものが宿っていた。


「……それだけでいいのか」


「それだけだ。守れるか」


最も背の高い一匹が、ゆっくりと頷いた。


「守る。俺たちは、もう逃げない」


「なら入れ。今夜は休め。明日から狩りの仕方を教える」


三匹は安堵したように肩の力を抜き、洞窟へと足を踏み入れた。


---


それから数日のうちに、さらに四匹の流浪者が加わった。


いずれも元々この洞窟の群れにいた者たちだった。あの夜に逃げ出し、森を彷徨い、飢えと恐怖の中で生き延びてきた者たち。彼らは皆、新しい長の噂を聞きつけてやってきた。


「恐怖で支配しない長がいる」


その噂が、流浪者たちの間で広まっているらしかった。


群れは十一匹になった。俺を含めた五匹の「最初の仲間」と、後から加わった六匹の「帰還者」。両者の間には微妙な溝があったが、俺はそれを無理に埋めようとはしなかった。


「時間が解決する」


メザがそう言った。彼の観察眼は相変わらず鋭い。


「最初は警戒し合っていても、一緒に狩りをして、一緒に飯を食えば、自然と打ち解ける。焦る必要はない」


「お前は意外と楽観的だな」


「楽観的というより、現実的だ。争う余裕なんて誰にもない。生き延びることで精一杯なんだから、仲間割れしている暇はない」


正論だった。


実際、狩りを重ねるうちに、帰還者たちも少しずつ馴染んできた。最初は俺の指示にぎこちなく従っていた彼らが、今では自発的に役割を見つけ、動くようになっている。


ゴリは相変わらず力仕事を担当し、ピックは偵察と見張りに長けている。メザは罠の設置と解体を一手に引き受け、グルドは俺の右腕として全体の調整を行う。帰還者たちも、それぞれの得意分野を見つけ始めていた。


十五日目の夜、俺は洞窟の入口に座り、二つの月を見上げていた。


群れは安定し始めている。食料も足りている。争いもない。だが、俺の心には常に一つの問いが渦巻いていた。


これでいいのか。


群れを率いることが、俺の目的だったのか。違う。俺は天下を目指すと誓った。この異世界で、前世で果たせなかった覇業を成し遂げると。


だが、今の俺には何ができる。成体ゴブリンになったとはいえ、この森の外にどれほどの強者がいるのか、俺はまだ何も知らない。この世界の仕組みも、勢力図も、何一つ把握していない。


「考え事か」


グルドが隣に座った。


「ああ」


「……聞いてもいいか」


「なんだ」


「お前は、どこまで行くつもりだ」


俺は月から目を離さず、答えた。


「天下だ」


「……天下?」


「この世界の頂点に立つ。誰が支配しているのかは知らない。どんな強者がいるのかも分からない。だが、いつか必ず——すべてを統べる王になる」


沈黙が流れた。やがて、グルドが小さく笑った。


「正気か」


「正気だ。前世で果たせなかった夢を、この世界で叶える。そのために俺は生まれ変わった」


「……壮大すぎて、何も言えない」


「ついてこなくてもいい。お前たちには、それぞれの道がある」


「馬鹿言うな」


グルドの声には、怒りに似た熱があった。


「お前が俺を助けた時から、俺はお前についていくと決めた。天下だろうが地獄だろうが、俺は逃げない」


俺は初めて、グルドの方を向いた。月明かりに照らされた彼の目には、確かな意志が宿っていた。


「……感謝する」


「感謝なんていらない。ただ、一つだけ約束してくれ」


「なんだ」


「独りで行くな。俺たちを、置いていくな」


その言葉が、深く胸に沁みた。


前世の俺は、常に独りだった。誰かを信じることができず、誰かに信じてもらうこともできなかった。陳宮の諫言を聞かず、高順の忠義を無駄にし、最期は誰にも看取られることなく処刑された。


だが、今は違う。


「約束する」


俺は静かに答えた。


「俺は、もう独りでは行かない」


月が雲間に隠れ、洞窟に闇が満ちた。だが、その闇の中にも、確かな温もりがあった。


明日からは、より遠くへ狩りに出よう。この森の全体を把握し、より強い獲物を狩り、群れを鍛え上げる。そして——この世界のことを、もっと知らねばならない。


どこに何がいるのか。誰が強く、誰が弱いのか。


情報がなければ、覇道は歩めない。


俺はまだ、何も知らないのだから。


---


【ステータス更新】


**【名前】呂布**

**【種族】ゴブリン(成体)**

**【レベル】16**


**【HP】112/112**

**【MP】32/32**


**【筋力】38**

**【敏捷】46**

**【知力】30**

**【魔力】20**

**【耐久】36**

**【幸運】16**


**【スキル】**

暗視(固有)、威圧(覚醒)、天下無双(封印)、指揮(Lv.4)、投擲(Lv.4)、隠密(Lv.2)、危機察知(Lv.2)、窮地の逆転(Lv.1)、戦術眼(Lv.2)、教導(Lv.2)、統率(Lv.1)【NEW】


**【称号】**

転生者、主殺し、反逆者、魔狼討伐者、群れの長【NEW】


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**【新規スキル】統率 Lv.1**


**種別:**汎用スキル


**効果:**群れ全体の士気を向上させ、統率下の者の連携効率を上昇させる。配下の数が多いほど効果が増加。


**成長条件:**より多くの配下を率い、困難な状況を共に乗り越えること。


**備考:**単なる指揮ではなく、真に群れを導く者にのみ宿る力。


---


**【新規称号】群れの長**


**効果:**配下からの信頼度上昇、群れ内での発言力増加。威圧スキルの効果が群れ外の者に対して+15%。


**取得条件:**群れを率い、十匹以上の配下を従えること。


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