『決着』
魔狼が、迫ってくる。
月光を浴びた銀色の巨体。残った一つの目が、憎悪に燃えている。潰れた左目からは、まだ血が滲んでいた。あの夜の傷が、完全には癒えていない。
だが、その動きは鈍っていなかった。
むしろ、以前より速い。復讐の念が、魔狼を突き動かしている。
呂布は、魔狼の動きを見ていた。
右から来る。死角になった左側を庇いながら、右から回り込んで襲いかかるつもりだ。
呂布は、左に跳んだ。
魔狼の牙が、空を切った。
着地と同時に、呂布は石を投げた。狙いは、魔狼の潰れた左目。傷口を狙えば、痛みで動きが鈍るはずだ。
だが、魔狼は首を振って石を弾いた。
学習している。前回の戦いで、石を投げられることを覚えたのだ。もう、同じ手は通じない。
まずいな。
呂布は、舌打ちした。
投擲が通じないとなると、攻撃手段が限られる。素手で魔狼に挑んでも、この体格差では致命傷を与えられない。
ならば、どうする。
呂布は、周囲を見回した。
森の中だ。木々が立ち並び、下草が茂っている。地形を利用すれば、何とかなるかもしれない。
呂布は、走り出した。
森の奥へ向かって、全力で駆ける。
魔狼が、追いかけてきた。
重い足音が、背後から迫る。距離が、どんどん縮まっていく。
このままでは、追いつかれる。
呂布は、太い木の幹に向かって走った。
木に激突する寸前で、横に跳ぶ。
魔狼は、勢い余って木に衝突した。
鈍い音がした。木が揺れ、葉が散った。魔狼が、一瞬よろめいた。
その隙に、呂布は距離を取った。
だが、魔狼はすぐに体勢を立て直した。怒りの咆哮を上げ、再び呂布を追い始めた。
同じ手は、二度は通じない。
呂布は、別の作戦を考えながら走った。
---
森の中を、呂布は駆け続けた。
魔狼は、執拗に追ってくる。何度か木を利用して躱したが、そのたびに魔狼は学習し、同じ手が通じなくなっていく。
体力が、削られていく。
長に蹴られた腹が、まだ痛んでいる。魔狼との戦いで受けた傷も、完全には癒えていない。このまま逃げ続ければ、いずれ体力が尽きる。
どこかで、決着をつけなければならない。
呂布は、地形を観察しながら走った。
使えるものはないか。罠になるものはないか。
その時、呂布は見つけた。
崖だ。
森の中に、小さな崖があった。高さは、呂布の身長の十倍ほど。下には、岩がごろごろと転がっている。落ちれば、ただでは済まない。
呂布は、崖に向かって走った。
魔狼が、追いかけてくる。
崖の縁で、呂布は足を止めた。
振り返ると、魔狼が迫ってきていた。もう、目と鼻の先だ。
呂布は、崖を背にして立った。
逃げ場は、ない。
魔狼が、立ち止まった。
獲物を追い詰めた。そう確信しているのだろう。黄金の目が、勝ち誇ったように光っている。
魔狼が、ゆっくりと近づいてきた。
急ぐ必要はない。獲物は、もう逃げられない。ゆっくりと、確実に仕留める。そういう動きだった。
呂布は、魔狼を見つめていた。
心臓が、激しく鳴っている。だが、恐怖はなかった。
死ぬかもしれない。だが、死ぬ気はない。
必ず、生きて戻る。仲間に、そう約束した。
約束は、守る。
呂布は、足元の石を拾った。
最後の一投。これに、全てを賭ける。
魔狼が、飛びかかってきた。
呂布は、石を投げなかった。
代わりに、横に跳んだ。
魔狼の巨体が、呂布がいた場所を通過した。
崖の縁を、踏み越えて。
魔狼は、空中で目を見開いた。
足元に、地面がない。
魔狼の体が、落下を始めた。
咆哮が、夜空に響いた。断末魔の叫びではない。驚愕と怒りの叫びだった。
呂布は、崖の縁に立って見下ろした。
魔狼の体が、崖下の岩に叩きつけられた。
鈍い音がした。骨が砕ける音だった。
魔狼は、動かなくなった。
---
しばらく、呂布は動けなかった。
荒い息を吐きながら、崖下を見つめていた。
終わった。
本当に、終わったのか。
呂布は、崖を慎重に降りた。
岩を伝い、木の根を掴みながら、ゆっくりと下っていく。
崖下に着くと、呂布は魔狼に近づいた。
魔狼は、仰向けに倒れていた。四肢が不自然な方向に曲がっている。骨が、あちこちで折れているようだった。
だが、まだ息があった。
魔狼の目が、呂布を見た。
残った一つの黄金の目。その目に、もう憎悪はなかった。あるのは、諦めと、微かな敬意だった。
お前に、負けた。
その目は、そう語っていた。
呂布は、魔狼を見下ろした。
「強かったぞ」
呂布は言った。
「お前は、俺が出会った中で、最も強い敵だった」
魔狼は、答えなかった。ただ、呂布を見つめていた。
呂布は、石を拾い上げた。
「苦しませたくはない。一撃で、終わらせてやる」
呂布は、石を振り上げた。
魔狼は、目を閉じた。
呂布は、石を振り下ろした。
鈍い音がした。
魔狼の体から、力が抜けた。
呂布は、しばらく魔狼の死体を見つめていた。
終わった。
本当に、終わった。
---
呂布は、その場に座り込んだ。
体中が、痛い。疲労が、一気に押し寄せてきた。
だが、生きている。
約束通り、生きている。
呂布は、空を見上げた。
二つの月が、雲間から顔を覗かせていた。白い月と、青い月。この世界に来てから、何度も見上げた月だ。
ステータスを確認しよう。
呂布は、意識を集中した。
---
【名前】呂布
【種族】ゴブリン(幼体→成体)【EVOLUTION】
【レベル】11→15【UP】
【HP】23/98
【MP】28/28
【筋力】32
【敏捷】40
【知力】26
【魔力】16
【耐久】30
【幸運】14
【スキル】
・暗視(固有)
・威圧(覚醒)
・天下無双(封印)
・指揮(Lv.4)
・投擲(Lv.3→Lv.4)【UP】
・隠密(Lv.2)
・危機察知(Lv.1→Lv.2)【UP】
・戦術眼(Lv.1→Lv.2)【UP】
・教導(Lv.1)
・窮地の逆転(Lv.1)【NEW】
【称号】
・転生者
・主殺し
・反逆者
・魔狼殺し→魔狼討伐者【UP】
---
呂布は、目を見開いた。
種族が、変わっている。
幼体から、成体へ。
進化したのだ。
呂布は、自分の体を見下ろした。
確かに、体が変わっていた。腕が太くなっている。胸板が厚くなっている。身長も、伸びているようだった。
ゴブリンの成体。
呂布は、拳を握った。
以前とは、比べ物にならない力が宿っている。筋力が32。幼体だった頃の三倍以上だ。
そして、新しいスキル。
窮地の逆転。
呂布は、そのスキルに意識を集中した。
---
【窮地の逆転】Lv.1
種別:固有スキル
効果:絶体絶命の状況で、全ステータスが一時的に上昇する。追い詰められるほど、効果が増大する。
習得条件:圧倒的不利な状況から、単独で勝利すること。
備考:死地を乗り越えた者にのみ与えられる。
---
死地を乗り越えた者。
呂布は、そのスキルの説明を噛みしめた。
白門楼で死に、この世界に転生した。最弱のゴブリンとして生まれ、魔狼と戦い、長と対峙し、そして今、単独で魔狼を討伐した。
その全てが、このスキルに繋がった。
呂布は、立ち上がった。
体は疲れ切っている。HPも、最大値の四分の一以下まで減っている。
だが、心は満たされていた。
強くなった。
確実に、強くなっている。
天下無双の封印解除まで、まだ遠い。だが、着実に近づいている。
呂布は、森の中を歩き始めた。
仲間たちが、待っている。
約束を、果たさなければならない。
---
森を抜け、見覚えのある場所に出た。
いつも鍛錬をしていた、開けた場所だ。
そこに、四つの影があった。
グルド。ピック。メザ。そして、意識を取り戻したらしいゴリ。
四匹が、呂布を見つめていた。
「リョフ!」
グルドが、駆け寄ってきた。
「生きてたのか! 良かった……!」
「約束しただろう。必ず戻ると」
呂布は、かすかに笑った。
「お前、体が……」
ピックが、呂布を見上げながら言った。
「大きくなってる。何があった」
「成体に進化した。魔狼を倒して、レベルが上がったらしい」
「魔狼を倒した!? 一人で!?」
メザが、目を丸くした。
「ああ。崖から落として、止めを刺した」
四匹は、呆然と呂布を見つめていた。
信じられない、という顔だった。あの魔狼を、一人で倒した。それが、どれほど凄いことか、四匹には分かっていた。
「すげえ……」
ゴリが、呟いた。
「お前、本当にすげえよ、リョフ」
呂布は、四匹を見回した。
「お前たちは、無事だったか」
「ああ。俺たちは大丈夫だ」
グルドが答えた。
「それより、お前の方が心配だ。傷だらけじゃないか」
「大したことはない。少し休めば、治る」
呂布は、その場に座り込んだ。
さすがに、疲れた。体が、休息を求めている。
「リョフ」
グルドが、呂布の隣に座った。
「洞窟は、どうなった」
呂布は、首を横に振った。
「分からない。俺が出た時は、まだ乱戦が続いていた。長は、魔狼に噛まれて傷を負っていた」
「長が?」
「ああ。腕を噛まれていた。あの傷では、まともに戦えないだろう」
四匹は、顔を見合わせた。
「なら……チャンスかもしれない」
ピックが言った。
「長が弱っている今なら、倒せるかもしれない」
「無理だ」
呂布は、首を横に振った。
「俺たちも消耗している。今戦っても、勝てる保証はない。それに、洞窟がどうなっているか分からない。魔狼に殺された成体もいる。状況を確認してからだ」
「そうだな……」
グルドが、頷いた。
「焦っても、いいことはない」
呂布は、空を見上げた。
東の空が、白み始めていた。長い夜が、ようやく終わろうとしている。
「今日は、ここで休む。明日、洞窟の様子を見に行こう」
「分かった」
四匹が、呂布の周りに座った。
疲れ切った五匹が、寄り添うようにして座っている。
仲間だ。
呂布は、その事実を噛みしめた。
前世では、得られなかったもの。信で繋がった、本当の仲間。
こいつらがいれば、何でもできる気がした。
長を倒すことも、群れを変えることも、この世界で天下を獲ることも。
呂布は、目を閉じた。
明日から、また新しい戦いが始まる。
だが、今は休もう。
仲間と共に、束の間の安息を。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます