『鍛錬』



仲間が増えると、新たな問題が生じた。


五匹で狩りをすれば、獲物は増える。だが、食い扶持も増える。さらに、五匹が毎夜洞窟を抜け出せば、さすがに成体たちにも気づかれる。


「どうする、リョフ」


グルドが、眉をひそめながら言った。


「このまま続ければ、いずれバレる。成体たちが本気で俺たちを潰しにきたら、まずい」


呂布は、顎に手を当てて考えていた。


グルドの言う通りだった。今の呂布たちは、まだ弱い。成体の集団と正面からぶつかれば、勝ち目はない。


「狩りの回数を減らす」


呂布は言った。


「毎夜ではなく、二日に一度にする。その代わり、一回の狩りで多くの獲物を確保する」


「それで足りるか」


「メザの罠がある。罠を仕掛けておけば、狩りに出なくても獲物が手に入る。昼間に回収すれば、夜の外出を減らせる」


グルドは、頷いた。


「なるほど。それなら、いけるかもしれない」


「それから、もう一つ」


呂布は、仲間たちを見回した。


「狩りに出ない夜は、鍛錬をする」


「鍛錬?」


ピックが、首を傾げた。


「何をするんだ」


「体を鍛える。戦い方を学ぶ。今のお前たちは、まだ弱すぎる。成体と戦えるようになるには、もっと強くならなければならない」


五匹は、顔を見合わせた。


「俺が教える」


呂布は言った。


「俺には、戦いの経験がある。その経験を、お前たちに伝える」


---


その夜から、呂布たちの鍛錬が始まった。


場所は、洞窟から少し離れた森の中の開けた場所だった。月明かりが差し込み、周囲を見渡せる。他のゴブリンに見つかる心配も少なかった。


「まず、基本からだ」


呂布は、四匹の前に立った。


「戦いの基本は、三つある。見ること、動くこと、当てること。この三つができなければ、戦いには勝てない」


四匹は、真剣な顔で聞いていた。


「見ることとは、相手の動きを予測することだ。相手がどこを狙っているか、次にどう動くか。それを見極める」


呂布は、グルドに向き合った。


「グルド、俺を殴ってみろ」


「え、いいのか」


「いい。本気で来い」


グルドは、躊躇いながらも拳を振り上げた。


そして、呂布の顔面に向かって振り下ろした。


呂布は、半歩横にずれた。


グルドの拳が、空を切った。


「今のを見ていたか」


呂布は、他の三匹に問いかけた。


「グルドは、殴る前に肩を引いた。拳を振り上げる時、目線が俺の顔に固定された。それで、顔面を狙っていると分かった」


四匹は、感心したように頷いた。


「相手の動きには、必ず予兆がある。それを見逃さなければ、攻撃を避けられる。逆に、自分が攻撃する時は、予兆を消せ。肩を引かず、目線を固定せず、相手に読まれない動きをしろ」


呂布は、グルドに向き直った。


「もう一度だ。今度は、肩を引くな」


「分かった」


グルドが、再び拳を振り上げた。


今度は、肩を引かないように意識している。だが、それでも動きは読めた。


「目線だ」


呂布は、グルドの拳を躱しながら言った。


「お前は、殴る場所を見てしまう。目線を散らせ。どこを狙っているか、分からないようにしろ」


「難しいな……」


グルドは、額の汗を拭いながら言った。


「当然だ。俺も、これができるようになるまで何年もかかった。一朝一夕には身につかない。だが、意識して練習すれば、必ずできるようになる」


---


呂布は、次に「動くこと」を教えた。


「戦いでは、足が命だ。攻撃を避けるのも、攻撃を当てるのも、足の動きで決まる」


呂布は、その場で軽く跳んだ。


「重心を低くしろ。膝を軽く曲げ、いつでも動けるようにしておけ。足を止めるな。常に動き続けろ」


四匹が、呂布の真似をして軽く跳んだ。


「ピック、お前は足が速いな」


「え、そうか?」


「ああ。その速さを活かせ。相手の攻撃を躱し、背後に回り込め。お前の武器は、その敏捷性だ」


ピックは、嬉しそうに頷いた。


「ゴリ、お前は足が遅い。だが、体が大きい。相手の攻撃を受け止め、押し返せ。お前の武器は、その体格だ」


ゴリは、無言で頷いた。


「メザ、お前は戦いには向いていない。だが、目がいい。後方で状況を見て、俺たちに指示を出せ。お前の武器は、その観察眼だ」


メザは、緊張した面持ちで頷いた。


「グルド、お前はバランスがいい。足も速いし、力もある。俺と一緒に前に出て、敵を仕留めろ。お前は、俺の右腕だ」


グルドは、真剣な顔で頷いた。


「いいか、全員」


呂布は言った。


「お前たちには、それぞれ長所がある。その長所を活かして戦え。苦手なことを克服しようとするな。得意なことを、もっと伸ばせ」


四匹は、呂布の言葉を噛みしめるように聞いていた。


---


鍛錬は、毎夜続いた。


狩りに出ない夜は、必ず森に集まり、体を鍛え、戦い方を学んだ。


呂布は、四匹に様々なことを教えた。


石の投げ方。棒の振り方。組み付かれた時の外し方。複数で一人を囲む時の連携。逆に、複数に囲まれた時の逃げ方。


どれも、前世で呂布が身につけた技術だった。戦場で、命を懸けて学んだことだった。


四匹は、スポンジのように知識を吸収していった。特にグルドとピックの上達は著しかった。二人とも、元々の素質があったのだろう。呂布の教えを、どんどん自分のものにしていった。


「リョフ、こうか」


ピックが、素早く横に跳びながら石を投げた。


的にしていた木の幹に、石が命中した。


「いい動きだ。だが、投げた後の着地が雑だ。着地の瞬間に隙ができている。もっと滑らかに、投げた動きの流れで着地しろ」


「分かった。もう一回やってみる」


ピックは、再び石を拾い上げた。


ゴリは、別の場所で棒を振っていた。丸太のような腕で、太い棒を振り回している。風を切る音が、森に響いた。


「ゴリ、力任せに振るな。力は七割でいい。残りの三割は、軌道の修正に使え。全力で振ったら、外した時に体勢が崩れる」


「七割、か……」


ゴリは、棒を振る手を緩めた。


最初は窮屈そうだったが、徐々にコツを掴んでいった。


メザは、木の上から全体を見下ろしていた。


「リョフ、ピックの後ろに死角がある。そこから攻められたら、対応できない」


「いい指摘だ。ピック、聞こえたか」


「聞こえた。後ろか……」


ピックは、背後を気にしながら動き始めた。


---


十日が過ぎた。


呂布は、四匹の成長を確認するため、模擬戦を行うことにした。


「今日は、俺とお前たち四匹で戦う」


呂布は言った。


「四対一? 俺たちが有利すぎないか」


グルドが、怪訝な顔をした。


「そう思うなら、やってみろ」


呂布は、不敵に笑った。


四匹は、呂布を囲むように散開した。


グルドが正面、ピックが右、ゴリが左、メザが後方で指示を出す。この十日で培った連携だった。


「行くぞ」


グルドの声を合図に、四匹が動いた。


ピックが右から、ゴリが左から、同時に呂布に迫る。グルドは正面で構え、二人の攻撃に合わせて突っ込む算段だった。


だが、呂布は動かなかった。


ただ、立っていた。


四匹の動きを、冷静に見ていた。


ピックが先に仕掛けた。右から、低い姿勢で飛び込んでくる。狙いは、呂布の脚。足を掬って、転ばせるつもりだ。


呂布は、軽く跳んだ。


ピックの腕が、呂布の脚があった場所を空振りする。


着地と同時に、呂布はピックの背中を軽く蹴った。ピックは、勢い余って前に転がった。


「ピック、脱落だ」


呂布は言った。


「今のが本気の戦いなら、首を刈られていた」


ゴリが、左から棒を振りかぶって迫ってきた。


力任せの一撃。だが、七割の力で振っている。呂布の教え通りだ。


呂布は、棒を躱さなかった。


代わりに、一歩踏み込んだ。


棒の軌道の内側、ゴリの懐に入り込む。棒の攻撃は、密着すると当たらない。柄の部分が当たっても、威力は半減する。


呂布は、ゴリの胸を軽く押した。


ゴリは、後ろによろめいた。


「ゴリ、脱落だ。懐に入られたら、棒は役に立たない。間合いを保て」


残るは、グルドだけだった。


グルドは、正面から呂布と対峙していた。両拳を構え、じりじりと距離を詰めている。


「来い、グルド」


呂布は言った。


グルドが、飛び込んできた。


右拳を突き出す。狙いは、呂布の胸。だが、それはフェイントだった。本命は、左の蹴り。呂布の脚を刈るつもりだ。


呂布は、フェイントを見抜いていた。


右拳を無視し、左の蹴りを受け止めた。グルドの脚を掴み、引っ張る。


グルドは、バランスを崩して倒れた。


呂布は、グルドの喉元に拳を突きつけた。


「グルド、脱落。だが、今のフェイントは良かった。俺でなければ、引っかかっていた」


「くそ……まだまだだな」


グルドは、悔しそうに笑いながら起き上がった。


---


四匹は、地面に座り込んで息を整えていた。


呂布は、四匹を見回した。


「十日前と比べれば、格段に良くなっている。だが、まだ足りない。俺一人に、四匹がかりで勝てないようでは、成体には対抗できない」


「成体は、お前より強いのか」


ピックが問うた。


「体格は、成体の方が上だ。力も上だろう。だが、技術は俺の方が上だ。お前たちが今の倍強くなれば、成体一匹なら倒せる」


「倍か……」


グルドが、空を見上げた。


「どれくらいかかる」


「お前たち次第だ。早ければ一月、遅ければ三月。だが、必ずできるようになる。俺が、そうさせる」


呂布は、立ち上がった。


「今日は、ここまでだ。明日も、同じ時間に集まれ」


「分かった」


四匹が、立ち上がった。


呂布は、四匹の背中を見ながら、ステータスを確認した。


---


【名前】呂布


【種族】ゴブリン(幼体)


【レベル】11


【HP】86/86


【MP】22/22


【筋力】26


【敏捷】32


【知力】22


【魔力】12


【耐久】24


【幸運】10


【スキル】

・暗視(固有)

・威圧(覚醒)

・天下無双(封印)

・指揮(Lv.3→Lv.4)【UP】

・投擲(Lv.3)

・隠密(Lv.1→Lv.2)【UP】

・危機察知(Lv.1)

・戦術眼(Lv.1)【NEW】

・教導(Lv.1)【NEW】


---


新しいスキルが、二つ増えていた。


戦術眼と、教導。


呂布は、新しいスキルに意識を集中した。


---


【戦術眼】Lv.1


種別:汎用スキル

効果:戦闘中、敵の弱点や状況を把握しやすくなる。

成長条件:多数を相手に戦闘を重ねることで、レベルが上昇する。

備考:戦場での経験から覚醒。


---


【教導】Lv.1


種別:汎用スキル

効果:配下への指導効率が上昇。教えた技術の習得速度が微増する。

成長条件:仲間を育成し続けることで、レベルが上昇する。

備考:師としての経験から習得。


---


教導スキルか。


呂布は、口元に笑みを浮かべた。


前世の呂布には、なかったスキルだ。前世の呂布は、誰かに教えることなどしなかった。部下は使い捨ての駒であり、育てる対象ではなかった。


だが、今は違う。


今の呂布は、仲間を育てている。仲間に教え、仲間を強くし、仲間と共に戦おうとしている。


それが、新しいスキルとして形になった。


陳宮、高順。


お前たちが見たら、何と言うだろうな。


あの呂布奉先が、誰かに物を教えている。誰かを育てようとしている。


笑うだろうか。それとも、喜ぶだろうか。


呂布には、分からなかった。


だが、一つだけ確かなことがあった。


今の自分は、前世より良い方向に進んでいる。


それだけは、間違いなかった。

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