『集う者たち』


噂は、呂布の予想を超える速さで広まった。


魔狼を退けた幼体がいる。その話は、洞窟の隅々まで伝わり、幼体たちの間で密かに語り継がれるようになった。


ある者は、信じなかった。幼体が魔狼に勝てるはずがない。嘘に決まっている、と。


ある者は、半信半疑だった。本当なら凄いことだが、見ていないから分からない、と。


だが、ある者は、信じた。


そして、呂布のもとを訪れた。


---


最初に来たのは、メザという名の幼体だった。


呂布より少し小柄で、痩せている。目は大きく、常にきょろきょろと周囲を見回していた。臆病そうな印象だが、どこか賢そうな雰囲気も漂わせていた。


「あの、リョフ、だよな」


メザは、おどおどしながら呂布に近づいてきた。


「お前に、話があるんだ」


呂布は、メザを観察した。


戦闘向きではない。体格も筋力も、平均以下だろう。だが、目の動きが良い。周囲の状況を、常に把握しようとしている。


「何の話だ」


「俺を、仲間に入れてくれないか」


メザは、単刀直入に言った。


「魔狼を退けたって聞いた。本当なら、お前はこの群れで一番強い幼体だ。俺は、強い奴についていきたい」


「強い奴につきたいだけか」


呂布は、冷たく言った。


「なら、長についていけばいい。あいつが、この群れで一番強い」


メザの顔が、曇った。


「長は……駄目だ。あいつは、俺たち幼体を虫けらとしか思っていない。いつ殺されるか分からない。お前は、違う」


「何が違う」


「お前は、幼体だ。俺たちと同じ立場だ。それなのに、成体に逆らって、魔狼を退けた。お前についていけば、俺も強くなれるかもしれない。そう思ったんだ」


呂布は、メザを見つめた。


この幼体は、生き延びることに必死だ。強い者の傍にいれば、安全だと考えている。間違ってはいない。弱者が生き延びるための、合理的な判断だ。


だが、それだけでは足りない。


「仲間になりたいなら、一つ条件がある」


呂布は言った。


「俺の指示には、絶対に従え。逃げるな。裏切るな。それができるなら、仲間に入れてやる」


メザは、少し考えてから頷いた。


「分かった。約束する」


「いい返事だ。だが、言葉だけでは信用できない。行動で示せ」


「行動?」


「今夜、俺たちと一緒に狩りに出ろ。そこで、お前の覚悟を見せてもらう」


メザの顔に、緊張が走った。


だが、すぐに頷いた。


「分かった。やってみる」


---


その夜、呂布たちは四匹で狩りに出た。


呂布、グルド、ピック、そしてメザ。四匹が、月明かりの下を森へと向かった。


呂布の傷は、まだ完全には癒えていなかった。だが、動けないほどではない。軽い狩りなら、問題なくこなせるはずだった。


「メザ、お前は何ができる」


歩きながら、呂布は問うた。


「え、えっと……特に、何も……」


メザは、しどろもどろに答えた。


「力もないし、足も遅い。戦いは、苦手だ」


「使えない奴だな」


ピックが、呆れたように言った。


「そんな奴、仲間にして意味あるのか」


「まあ待て」


グルドが、ピックを制した。


「リョフには、何か考えがあるんだろう」


呂布は、メザを見た。


「戦いは苦手でも、何か得意なことはあるだろう。何でもいい。言ってみろ」


メザは、しばらく考えていた。


やがて、おずおずと口を開いた。


「……罠なら、作れる」


「罠?」


「ああ。木の枝と蔓で、簡単な罠を作れる。ネズミくらいなら、捕まえられる」


呂布の目が、光った。


「見せてみろ」


---


メザは、その場にしゃがみ込んだ。


周囲を見回し、適当な枝と蔓を集める。その動きは、驚くほど手慣れていた。


「俺、体が弱くて、他の幼体と争っても勝てなかった。だから、こういうことで食い物を確保するしかなかったんだ」


メザは、手を動かしながら説明した。


「罠を仕掛けて、ネズミを捕まえる。それで、何とか生き延びてきた」


枝と蔓が、みるみるうちに形になっていく。輪状の罠だった。獲物が踏むと、蔓が締まって足を捕らえる仕組みらしい。


「できた」


メザは、完成した罠を呂布に見せた。


「これを獣道に仕掛けておけば、朝までにネズミが一匹か二匹は捕まる」


呂布は、罠を手に取って観察した。


単純な構造だが、よくできている。獲物の習性を理解していなければ、こういうものは作れない。


「いい腕だ」


呂布は言った。


メザの顔が、明るくなった。


「本当か?」


「ああ。罠を作れる者は、貴重だ。狩りの効率が、格段に上がる」


呂布は、メザに罠を返した。


「今夜は、お前に罠を任せる。森の中に、できるだけ多く仕掛けろ。俺たちは、追い込み猟をする。罠と追い込みを組み合わせれば、今まで以上に獲物が獲れるはずだ」


メザは、大きく頷いた。


「分かった。任せてくれ」


その目に、生き生きとした光が宿っていた。


初めて、自分の能力を認められた。その喜びが、メザの全身から溢れていた。


---


結果は、上々だった。


メザの罠が、ネズミ三匹を捕らえた。呂布たちの追い込み猟で、さらにネズミ二匹とトカゲ三匹を仕留めた。合計八匹。四匹で分けても、十分な量だった。


「すごいな、これ」


グルドが、獲物の山を見ながら言った。


「今までで、一番の収穫だ」


「罠のおかげだ」


呂布は言った。


「追い込み猟だけでは、限界がある。罠を組み合わせれば、もっと効率が上がる」


呂布は、メザを見た。


「メザ、よくやった」


メザは、照れくさそうに笑った。


「俺、役に立てたか?」


「ああ。十分に役立った。お前は、俺たちの仲間だ」


メザの目が、潤んだ。


「ありがとう、リョフ。俺、頑張る。もっと役に立つ」


「期待している」


呂布は、頷いた。


四匹は、獲物を担いで洞窟へと向かった。


---


次に来たのは、ゴリという名の幼体だった。


メザとは正反対の体格だった。幼体の中では一際大きく、腕も太い。成体に近い体躯を持っていた。


だが、その目は、どこか虚ろだった。


「お前がリョフか」


ゴリは、低い声で言った。


「俺を、仲間に入れてくれ」


「理由を聞こう」


呂布は言った。


ゴリは、しばらく黙っていた。


やがて、ぽつりと言った。


「俺の弟が、長に殺された」


呂布は、眉をひそめた。


「ピックと同じか」


「知らねえ。だが、俺の弟は、何もしていなかった。ただ、長の機嫌が悪い時に、近くにいただけだ。それだけで、殴り殺された」


ゴリの拳が、握りしめられた。


「俺は、長が憎い。だが、一人では勝てない。お前なら、長を倒せるかもしれない。そう思って、来た」


呂布は、ゴリを観察した。


この幼体は、怒りで動いている。復讐心が、ゴリを突き動かしている。


ピックと同じだ。


だが、ピックよりも深刻かもしれない。ゴリの目には、自暴自棄な光が宿っていた。弟を失った悲しみが、ゴリの心を蝕んでいるようだった。


「仲間になるなら、一つ聞きたい」


呂布は言った。


「お前は、死ぬ覚悟があるか」


ゴリは、呂布を見つめた。


「ある」


「復讐のために、命を捨てられるか」


「捨てられる。弟の仇を取れるなら、俺の命なんか、どうでもいい」


呂布は、首を横に振った。


「それでは駄目だ」


ゴリの顔に、困惑が浮かんだ。


「何が駄目だ」


「死ぬ覚悟は必要だ。だが、死にたがっている奴は、いらない」


呂布は、ゴリを真っ直ぐに見つめた。


「俺たちは、長を倒すために戦う。だが、それは死ぬためじゃない。生きるためだ。長を倒し、この群れを変え、より良い生き方を手に入れる。それが、俺たちの目的だ」


ゴリは、黙って聞いていた。


「お前は、弟の仇を取りたいんだろう。だが、仇を取った後はどうする。死ぬのか。それとも、生きるのか」


ゴリは、答えなかった。


考えていなかったのだ。仇を取ることだけを考えて、その先のことは何も考えていなかった。


「俺は、生きる道を選んだ者だけを仲間にする」


呂布は言った。


「死にたがっている奴は、いらない。そういう奴は、仲間を道連れにする。俺は、仲間を無駄に死なせたくない」


ゴリは、呂布を見つめていた。


その目に、何か変化が起きていた。虚ろだった目に、少しだけ光が戻っていた。


「……考えさせてくれ」


ゴリは、そう言って背を向けた。


呂布は、その背中を見送った。


---


三日後、ゴリが戻ってきた。


「考えた」


ゴリは言った。


「俺は、生きる。弟の分まで、生きる。そして、長を倒す。弟のような犠牲者を、もう出さないために」


その目には、もう虚ろさはなかった。


決意に満ちた、強い光が宿っていた。


呂布は、頷いた。


「いい答えだ。お前を、仲間に迎える」


ゴリは、深く頭を下げた。


「よろしく頼む、リョフ」


---


仲間が、五匹になった。


呂布、グルド、ピック、メザ、ゴリ。


五匹の幼体が、呂布の下に集まった。


それぞれが、異なる理由で呂布のもとに来た。だが、全員に共通していることがあった。


今の群れに、不満を持っている。


長の支配を、受け入れていない。


変化を、求めている。


呂布は、五匹を見回した。


まだ、弱い。成体一匹にも、勝てないかもしれない。


だが、数は力だ。連携すれば、成体にも対抗できる。魔狼を退けた時のように。


「いいか、全員」


呂布は言った。


「これから、俺たちは一つの群れだ。互いに助け合い、互いを守り、共に戦う。誰一人、見捨てない。誰一人、無駄に死なせない。それが、俺たちの掟だ」


五匹が、呂布を見つめた。


「分かったか」


「分かった」


四つの声が、揃って答えた。


呂布は、頷いた。


これが、俺の群れだ。


小さな群れ。弱い群れ。だが、信で繋がった群れ。


前世では、得られなかったもの。


陳宮が望み、高順が示そうとしたもの。


それを、呂布はようやく手に入れ始めていた。

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