『死線』


魔狼が、地を蹴った。


銀色の巨体が、月光を裂いて迫ってくる。狙いは呂布だ。傷を負った獲物を、真っ先に仕留めるつもりらしい。


「散れ!」


呂布は叫んだ。


三匹が、別々の方向に跳んだ。


魔狼の牙が、空を噛んだ。呂布がいた場所の土が、爪で抉り取られる。


「グルド、右から!ピック、左から!」


呂布の指示が飛ぶ。


二匹が、魔狼の側面に回り込んだ。石を拾い、投げる。


石が、魔狼の脇腹と後ろ足に当たった。


魔狼が、苛立たしげに唸った。振り返り、グルドに向かって突進する。


「避けろ!」


呂布が叫ぶ。


グルドは、間一髪で横に跳んだ。魔狼の爪が、グルドの髪を掠めていく。


その隙に、呂布は動いた。


脇腹の傷が、激しく痛む。だが、痛みを無視して走った。魔狼の背後に回り込み、石を投げる。


狙いは、後ろ足の関節。


石が、魔狼の踵に命中した。


魔狼が、よろめいた。一瞬、体勢が崩れる。


「今だ!」


呂布は叫んだ。


ピックが、正面から石を投げた。グルドも、側面から石を投げた。二つの石が、魔狼の顔面に向かって飛ぶ。


魔狼は、一つを躱した。


だが、もう一つは躱しきれなかった。


ピックの投げた石が、魔狼の左目に命中した。


魔狼が、悲鳴を上げた。


獣の咆哮が、森を震わせた。魔狼は首を振り、前足で顔を掻いている。左目から、血が流れていた。


やった。


呂布は、手応えを感じた。


目を潰した。これで、魔狼の戦闘力は大幅に落ちる。死角ができた。勝機が見えてきた。


「畳みかけるぞ!」


呂布は叫んだ。


三匹が、魔狼に向かって石を投げ続けた。


魔狼は、怒り狂っていた。片目を失った痛みと屈辱で、理性を失いかけている。闇雲に暴れ、爪を振り回し、牙を剥き出しにして吠えている。


だが、動きが雑になっていた。


冷静さを失った獣は、御しやすい。呂布は、戦場で何度もそれを見てきた。


「グルド、右に回り込め。ピック、距離を取って牽制しろ。俺が、正面から仕掛ける」


「分かった!」


二匹が、指示通りに動く。


呂布は、魔狼の正面に立った。


魔狼の残った右目が、呂布を捉えた。憎悪に燃える黄金の瞳。あの瞳に睨まれると、足が竦みそうになる。


だが、呂布は動じなかった。


この程度の殺気、戦場で幾度となく浴びてきた。関羽の眼光に比べれば、この魔狼の眼など、児戯に等しい。


呂布は、石を構えた。


魔狼が、呂布に向かって突進した。


待て。まだだ。


距離が縮まる。魔狼の巨体が、呂布に迫る。牙が、眼前に迫る。


今だ。


呂布は、横に跳んだ。


同時に、石を投げた。


至近距離からの一撃。狙いは、魔狼の右目。


石が、魔狼の顔面に向かって飛ぶ。


魔狼は、咄嗟に首を捻った。


石は、右目を外れた。だが、鼻面に命中した。


魔狼が、怯んだ。鼻は、獣にとって急所の一つだ。激痛が走ったはずだ。


その隙を、グルドは見逃さなかった。


「リョフ!」


グルドが、右側から飛びかかった。


手には、尖った木の枝を握っている。いつの間に拾ったのか。その枝を、魔狼の右目に向かって突き出す。


魔狼が、気づいた。


首を振り、グルドを振り払おうとする。


だが、遅かった。


枝が、魔狼の右目に突き刺さった。


魔狼の絶叫が、森を引き裂いた。


両目を失った魔狼は、完全に錯乱した。闇雲に暴れ、木々を薙ぎ倒し、地面を掻き毟っている。


「離れろ!」


呂布は叫んだ。


三匹は、魔狼から距離を取った。


魔狼は、もう呂布たちを追ってこなかった。目を失い、方向も分からなくなっている。ただ、その場で暴れ続けていた。


やがて、魔狼は走り出した。


森の奥へ向かって、逃げていく。木々にぶつかり、転びながら、それでも必死に逃げていく。


その背中が、闇の中に消えていった。


---


静寂が、戻ってきた。


三匹は、しばらく動けなかった。荒い息を吐きながら、互いの顔を見合わせていた。


「勝った……のか」


ピックが、呆然と呟いた。


「ああ」


呂布は答えた。


「勝った」


その瞬間、三匹の間に歓声が上がった。


「やった! やったぞ!」


グルドが、拳を突き上げた。


「魔狼に勝った! 俺たち、魔狼に勝ったぞ!」


「信じられない……本当に勝ったのか……」


ピックは、まだ信じられないという顔をしていた。


呂布は、二匹の喜ぶ姿を見ていた。


勝った。


確かに、勝った。


だが、呂布の心は冷静だった。


仕留めたわけではない。追い払っただけだ。魔狼は、まだ生きている。傷が癒えれば、また襲ってくるかもしれない。


それに、呂布自身も無傷ではなかった。


脇腹の傷が、熱を持って痛んでいる。出血は止まっているが、深い傷だ。数日は、まともに動けないだろう。


だが、それでも。


三匹で、魔狼を退けた。


成体のゴブリンでも単独では勝てない相手に、幼体三匹で立ち向かい、追い払った。


これは、小さな勝利ではない。


大きな一歩だ。


呂布は、ステータスを確認した。


---


【名前】呂布


【種族】ゴブリン(幼体)


【レベル】9


【HP】47/70


【MP】17/17


【筋力】20


【敏捷】26


【知力】19


【魔力】9


【耐久】18


【幸運】8


【スキル】

・暗視(固有)

・威圧(休眠→覚醒)【CHANGE】

・天下無双(封印)

・指揮(Lv.2→Lv.3)【UP】

・投擲(Lv.2→Lv.3)【UP】

・隠密(Lv.1)

・危機察知(Lv.1)【NEW】


【称号】

・転生者

・主殺し

・反逆者

・魔狼殺し【NEW】


---


レベルが上がっていた。


スキルも、いくつか成長している。指揮がLv.3に。投擲もLv.3に。そして、新しいスキル「危機察知」を習得していた。


だが、それ以上に目を引く変化があった。


威圧が、休眠から覚醒に変わっている。


呂布は、威圧スキルに意識を集中した。


---


【威圧】(覚醒)


種別:固有スキル

効果:敵に恐怖を与え、戦意を削ぐ。格下の相手は、戦わずして逃走する可能性がある。

覚醒条件:格上の敵に勝利すること。

備考:前世より継承。覚醒状態では、意識的に発動可能。


---


威圧スキルが、使えるようになった。


呂布は、口元に笑みを浮かべた。


威圧。前世では、呂布の代名詞とも言えるスキルだった。呂布が戦場に立つだけで、敵兵は恐怖に震えた。呂布の眼光を浴びるだけで、膝を折る者もいた。


それが、この世界でも使えるようになった。


まだ、天下無双には遠い。だが、確実に近づいている。


「リョフ」


グルドの声が、呂布の思考を中断させた。


「お前、傷が酷いぞ。早く手当てしないと」


呂布は、脇腹を見た。


血が滲んでいる。痛みも、激しくなってきた。戦闘中は気にならなかったが、今は体全体が重く感じる。


「ああ……そうだな」


呂布は、頷いた。


「帰ろう。傷の手当てをして、休む」


三匹は、洞窟に向かって歩き出した。


グルドとピックが、呂布の両脇を支えている。呂布一人では、まともに歩けなかった。


「お前ら、なぜ戻ってきた」


呂布は、歩きながら問うた。


「逃げろと言っただろう」


「言っただろ、さっき」


グルドが答えた。


「お前を置いて逃げられるか、って」


「俺も同じだ」


ピックが言った。


「お前についていくって決めたんだ。お前が死ぬなら、俺も一緒に死ぬ」


呂布は、二匹を見た。


こいつらは、本気でそう思っている。


命を懸けて、呂布のために戻ってきた。


「馬鹿な奴らだ」


呂布は、呟いた。


「俺と一緒に死んでも、何の得にもならないぞ」


「得とか損とか、そういう問題じゃない」


グルドが言った。


「お前は、俺を助けてくれた。俺に狩りを教えてくれた。俺に、生きる意味をくれた。その恩を、俺は忘れない」


「俺も、お前に救われた」


ピックが言った。


「お前がいなかったら、俺はずっと一人で、何もできないまま死んでいた。お前が、俺に希望をくれた」


呂布は、黙って聞いていた。


胸の奥が、熱くなる。


こいつらは、俺を信じている。


俺のために、命を懸けてくれる。


前世では、得られなかったもの。陳宮も、高順も、呂布にこれを与えようとしていた。だが、呂布は受け取らなかった。受け取る価値が、自分にあるとは思わなかった。


だが、今は違う。


今の呂布は、この二匹の信頼を受け止めることができる。


「ありがとう」


呂布は、小さな声で言った。


グルドとピックが、驚いた顔をした。


「お前、今何て言った」


「聞こえなかったか。ありがとうと言ったんだ」


「いや、聞こえたけど……お前がそんなこと言うとは思わなかった」


グルドが、目を丸くしている。


呂布は、かすかに笑った。


「俺だって、礼くらい言う」


「そうか……そうだよな」


グルドも、笑った。


ピックも、笑った。


三匹は、笑いながら洞窟へ向かって歩いた。


傷は痛む。体は重い。だが、呂布の心は軽かった。


仲間がいる。


信じられる仲間が、いる。


それだけで、何でもできる気がした。


---


洞窟の近くまで戻った時、空が白み始めていた。


長い夜だった。だが、得るものは大きかった。


呂布は、二つの月を見上げた。


月は、西の空に沈みかけていた。代わりに、東の空が赤く染まり始めている。


新しい一日が、始まろうとしていた。


呂布は、拳を握った。


まだ、道のりは長い。


長を倒し、群れを率い、この世界で天下を獲る。その目標は、遥か遠くにある。


だが、今夜、確かな一歩を踏み出した。


仲間と共に、強敵を退けた。


それが、呂布に自信を与えていた。


やれる。


この仲間となら、やれる。


天下無双の封印を解き、覇道を歩む。


その日は、必ず来る。


呂布は、そう確信していた。


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