『小さな反逆』
それから、十日が過ぎた。
呂布とグルドは、毎夜欠かさず狩りに出た。最初はぎこちなかったグルドの動きも、日を追うごとに洗練されていった。追い込みの角度、足音の消し方、獲物との間合いの取り方。教えたことを、グルドは驚くほどの速さで吸収していった。
「筋がいいな」
ある夜、呂布はグルドにそう言った。
グルドは、照れくさそうに鼻を掻いた。
「そうか? 俺は、お前の真似をしているだけだ」
「真似ができるということは、見て学ぶ力があるということだ。それは才能だ」
グルドは、複雑な表情を浮かべた。
「才能、か。群れにいた時は、そんなこと言われたことなかったな。役立たずとか、痩せガキとか、そんな言葉ばかりだった」
「群れの連中には、お前の価値が分からなかっただけだ」
呂布は言った。
「だが、俺には分かる。お前は、使える」
グルドは、呂布を見つめた。
その目に、複雑な感情が渦巻いている。喜び。戸惑い。そして、小さな誇り。
「……ありがとう、リョフ」
グルドは、小さな声で言った。
呂布は、何も言わずに歩き出した。
背中で、グルドの足音がついてくるのを聞きながら。
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十日の間に、呂布のステータスは大きく伸びていた。
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【名前】呂布
【種族】ゴブリン(幼体)
【レベル】8
【HP】62/62
【MP】15/15
【筋力】18
【敏捷】24
【知力】18
【魔力】8
【耐久】16
【幸運】7
【スキル】
・暗視(固有)
・威圧(休眠)
・天下無双(封印)
・指揮(Lv.2)
・投擲(Lv.2)【NEW】
・隠密(Lv.1)【NEW】
【称号】
・転生者
・主殺し
・最弱
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レベル8。
十日前と比べると、見違えるような成長だった。筋力は倍以上になり、敏捷は三倍近くまで伸びた。新しいスキルも二つ増えた。
投擲は、石を投げて獲物を仕留め続けた結果だろう。隠密は、夜の森で気配を消しながら狩りをしたことで習得したらしい。
だが、称号の「最弱」はまだ消えていなかった。
群れの中での序列は、変わっていないからだ。呂布がどれだけ強くなっても、成体たちはそれを知らない。呂布は依然として、水汲みと薪集めをさせられる最下層の幼体だった。
変えなければならない。
群れの認識を、変えなければならない。
そのためには、力を示す必要がある。誰の目にも明らかな形で。
その機会は、思いがけない形でやってきた。
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十一日目の朝。
呂布が水汲みから戻ると、洞窟の中が騒がしかった。
成体たちが、輪を作って何かを囲んでいる。怒号と悲鳴が飛び交い、殺気だった空気が漂っていた。
また誰かが制裁を受けているのか。
呂布は、壁際に身を潜めて様子を窺った。
輪の中心にいたのは、グルドだった。
呂布の血が、一瞬で沸騰した。
グルドは、地面に這いつくばっていた。頭を押さえつけられ、身動きが取れない状態だった。その上から、成体のゴブリンが見下ろしている。
「このガキ、俺の寝床に忍び込みやがった」
成体が、怒りに震える声で言った。
「食い物を盗もうとしたんだろう。許さねえぞ」
グルドは、必死に首を横に振った。
「違う……俺は、ただ通り過ぎようとしただけで……」
「嘘をつくな!」
成体が、グルドの背中を踏みつけた。
グルドが、苦悶の声を上げた。
「こいつは前にも長に殴られた奴だ。懲りずにまた問題を起こしやがって。今度こそ、思い知らせてやる」
成体が、腰の棍棒に手をかけた。
周囲の成体たちは、誰も止めようとしない。むしろ、面白そうに見物している。幼体が成体に制裁されるのは、彼らにとって娯楽なのだ。
呂布は、拳を握りしめた。
どうする。
助けに入れば、成体と敵対することになる。今の呂布では、成体に正面から勝てるかどうか分からない。レベルは上がったが、それでも成体との差は大きい。
だが、見捨てれば、グルドは殺されるかもしれない。
呂布の脳裏に、高順の姿がよぎった。
戦場で負傷した兵士を背負って帰陣した、あの寡黙な将。
「この者は、私のために戦ってくれました。私のために、傷を負いました。ならば、私がこの者を背負うのは、当然のことです」
高順なら、どうする。
答えは、決まっていた。
呂布は、輪の中に足を踏み入れた。
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成体たちが、呂布を見た。
「何だ、痩せガキ」
グルドを踏みつけている成体が、呂布を睨んだ。
「邪魔をするな。これは躾だ」
呂布は、成体を見上げた。
体格差は歴然だった。成体は呂布の三倍近い体躯がある。腕は丸太のように太く、手には棍棒を握っている。正面からぶつかれば、一撃で叩き潰されるだろう。
だが、呂布は怯まなかった。
「そいつは俺の仲間だ」
呂布は言った。
「手を放せ」
成体たちの間に、ざわめきが走った。
幼体が成体に命令している。前代未聞のことだった。
「何だと?」
グルドを踏みつけていた成体の目が、細くなった。
「今、何と言った」
「聞こえなかったか。手を放せと言った」
呂布は、一歩も引かなかった。
成体の顔が、怒りで紅潮した。
「このガキ……調子に乗りやがって」
成体が、グルドから足を離した。
代わりに、呂布に向かって歩いてきた。棍棒を握りしめ、殺気を放ちながら。
「面白い。お前も一緒に躾けてやる」
成体が、棍棒を振り上げた。
呂布は、動かなかった。
成体の動きを、冷静に観察していた。
遅い。
グルドを襲った時と同じだ。力任せの、素人の一撃。振りかぶりが大きく、軌道が読みやすい。
成体が、棍棒を振り下ろした。
呂布は、半歩横にずれた。
棍棒が、空を切って地面を叩いた。土が抉れ、砂埃が舞い上がる。
成体は、虚を突かれた顔をした。
当たると思っていたのだ。こんな痩せガキ、一撃で仕留められると。
その隙を、呂布は見逃さなかった。
呂布は、地面の石を拾い上げた。
そして、投げた。
狙いは、成体の顔面。
石が、成体の眉間に命中した。
鈍い音がした。成体が、たたらを踏んだ。棍棒を取り落とし、両手で顔を押さえる。
「がっ……この……」
成体が、呻きながら呂布を睨んだ。
額から血が流れている。だが、倒れてはいない。石の一撃では、この巨体を仕留めることはできなかった。
だが、それで十分だった。
呂布は、成体が落とした棍棒を拾い上げた。
重い。この体には、かなりの重量だ。だが、持てないほどではない。この十日で、筋力は大幅に上がっている。
成体は、血を拭いながら呂布を見た。
その目に、恐怖の色が浮かんでいた。
「お前……何者だ……」
呂布は、答えなかった。
棍棒を構え、成体を見据えた。
「続けるか」
呂布は言った。
「やるなら、相手になる。だが、次は顔では済まない」
成体は、呂布を見つめていた。
周囲の成体たちも、息を呑んで見守っている。誰も、口を挟もうとしない。
沈黙が、洞窟に満ちた。
やがて、成体が一歩後ずさった。
「ちっ……覚えてろよ」
成体は、そう吐き捨てて背を向けた。
他の成体たちも、ばつが悪そうに散っていく。
輪が解け、グルドが残された。
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呂布は、グルドに近づいた。
「立てるか」
グルドは、呂布を見上げた。
その目に、驚愕と感謝が入り混じっていた。
「リョフ……お前……」
「話は後だ。まず、ここを離れるぞ」
呂布は、グルドの腕を取って引き起こした。
二匹は、洞窟の隅へと移動した。他のゴブリンたちの視線が、背中に突き刺さっていた。
洞窟の隅に着くと、グルドが口を開いた。
「なぜ助けた」
「前にも言っただろう。お前は俺の仲間だ」
「でも、成体に逆らって……お前、目をつけられるぞ」
「構わない」
呂布は言った。
「どうせ、いつかは成体どもとぶつかる。それが今日になっただけだ」
グルドは、呂布を見つめていた。
「お前、本当に普通じゃないな」
「普通のゴブリンじゃないからな」
呂布は、かすかに笑った。
グルドも、つられて笑った。痛みで顔をしかめながら、だが確かに笑っていた。
「ありがとう、リョフ。俺、また助けられた」
「礼はいい。それより、怪我を見せろ」
呂布は、グルドの体を調べた。
打撲と擦り傷がいくつか。だが、骨は折れていないようだ。前回ほど酷くはない。
「軽傷だ。すぐ治る」
「ああ……すまない」
「謝るな。お前は何も悪くない」
呂布は、そう言って立ち上がった。
洞窟の奥を見た。成体たちが、こちらを窺っている。さっき呂布に追い払われた成体が、仲間と何やら話し込んでいる。
おそらく、報復を考えているのだろう。
面倒なことになった、と呂布は思った。
だが、後悔はなかった。
グルドを見捨てるくらいなら、成体全員を敵に回した方がましだ。
それに、いいこともあった。
呂布は、自分のステータスを確認した。
称号の欄に、変化があった。
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【称号】
・転生者
・主殺し
・~~最弱~~(解除)
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最弱の称号が、消えていた。
その代わりに、新しい称号が追加されていた。
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【称号】
・転生者
・主殺し
・反逆者【NEW】
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呂布は、「反逆者」の称号に意識を集中した。
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【反逆者】
種別:称号
効果:上位者に対する攻撃力+10%。恐怖耐性を獲得。
獲得条件:群れの序列を無視し、上位者に反抗すること。
備考:この称号を持つ者は、権力に屈しない意志を持つと認められる。
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呂布は、口元に笑みを浮かべた。
最弱の称号が消え、反逆者の称号を得た。
ステータスの-10%補正がなくなり、代わりに上位者への攻撃力が上がった。恐怖耐性も得た。
悪くない取引だ。
「リョフ、どうした」
グルドが、怪訝な顔で呂布を見ていた。
「いや、何でもない」
呂布は、首を横に振った。
「それより、今夜の狩りの準備をしよう。体が動くなら、な」
「ああ、大丈夫だ。これくらい、何ともない」
グルドは、拳を握って見せた。
呂布は、頷いた。
成体との対立は避けられなくなった。だが、それでいい。
這い上がるためには、いつか既存の秩序を壊さなければならない。
その第一歩を、今日踏み出した。
陳宮なら、無謀だと言うかもしれない。もっと慎重に、もっと周到に準備すべきだと。
だが、高順なら分かってくれるはずだ。
仲間を守るために戦う。それは、武人として当然のことだと。
呂布は、洞窟の天井を見上げた。
まだ、道のりは長い。
だが、確実に前に進んでいる。
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