『二匹の狩り』
グルドの傷が癒えるまで、三日かかった。
その間、呂布は毎日狩りに出かけ、獲物をグルドと分け合った。グルドは最初こそ遠慮していたが、呂布が無理やり押し付けるうちに、素直に受け取るようになった。
三日目の朝。
グルドが、自力で立ち上がった。
「もう大丈夫だ」
グルドは、体を動かしながら言った。
「傷は痛むが、動ける。これ以上、お前の世話になるわけにはいかない」
呂布は、グルドの様子を観察した。
顔の腫れは引いていた。体の傷も、薬草のおかげで塞がりつつある。動きは少しぎこちないが、歩くことに問題はなさそうだった。
「なら、今夜から一緒に狩りに出るか」
呂布は言った。
グルドの目が、わずかに見開かれた。
「一緒に?」
「ああ。二匹でやれば、効率が上がる。お前も体を動かした方が、回復が早い」
グルドは、しばらく呂布を見つめていた。
やがて、小さく頷いた。
「分かった。足手まといにならないようにする」
「期待している」
呂布は、そう言って背を向けた。
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その夜。
月が昇ると、呂布とグルドは洞窟を抜け出した。
他のゴブリンたちは、すでに眠りについている。成体たちの鼾が、洞窟の奥から響いていた。誰も、二匹が出て行くことに気づかなかった。
森に入ると、呂布は足を止めた。
「お前、狩りの経験はあるか」
グルドは、首を横に振った。
「ない。幼体は狩りに出ることを許されていない。俺がやったことがあるのは、水汲みと薪集めだけだ」
「そうか」
呂布は、予想通りの答えに頷いた。
ゴブリンの群れでは、狩りは成体の仕事だ。幼体は成体に従い、雑用をこなし、与えられた残飯を食べる。それが掟だった。
だが、呂布はその掟を破っていた。
「なら、今から教える。よく見ておけ」
呂布は、周囲を見回した。
耳を澄ませる。目を凝らす。風の匂いを嗅ぐ。
狩りは、獲物を見つけるところから始まる。
「いいか、グルド。獲物を探す時は、まず音を聞け」
呂布は、小声で言った。
「草を踏む音。枝を折る音。鳴き声。水を飲む音。獲物は必ず音を立てる。その音を聞き分けろ」
グルドは、真剣な顔で頷いた。
「次に、匂いだ。獲物には、それぞれ固有の匂いがある。ネズミ、ウサギ、鳥。匂いで何がいるか分かるようになれば、一人前だ」
「匂いで分かるのか」
「慣れればな。俺も最初は分からなかった。だが、毎日狩りをしているうちに、少しずつ分かるようになってきた」
呂布は、風上に鼻を向けた。
湿った土の匂い。木々の匂い。そして、かすかに混じる獣の匂い。
「いる。この先に、何かいる」
呂布は、音を立てないように歩き出した。
グルドが、その後に続く。
---
獲物は、ネズミだった。
切り株の根元で、何かを齧っている。月明かりに照らされた灰色の毛並み。丸い耳。細い尻尾。
呂布は、足を止めた。
グルドに、手振りで指示を出す。
回り込め。逃げ道を塞げ。
グルドは、頷いて移動を始めた。音を立てないように、慎重に。だが、動きがぎこちない。狩りの経験がないから、どう動けばいいか分かっていないのだ。
案の定、グルドが枝を踏んだ。
パキン、という音が、静寂を破った。
ネズミが顔を上げた。耳をそばだて、周囲を警戒している。
まずい。
このままでは逃げられる。
呂布は、判断を下した。
待ち伏せを諦め、追いかける。
呂布は、飛び出した。
ネズミは、呂布に気づいて逃げ出した。だが、呂布の方が速かった。この一週間で鍛え上げた脚力が、ネズミとの距離を一気に詰める。
ネズミは、グルドがいる方向に逃げた。
グルドが、慌てて手を伸ばした。
だが、届かない。ネズミは、グルドの脇をすり抜けて逃げようとした。
その瞬間、呂布が石を投げた。
石が、ネズミの逃げ道を塞ぐように落ちた。ネズミは驚いて方向を変えた。その一瞬の隙に、呂布が追いついた。
呂布は、ネズミに飛びかかった。
両手で押さえつけ、首を捻る。骨が折れる音がして、ネズミの体から力が抜けた。
仕留めた。
呂布は、息を整えながら立ち上がった。
グルドが、呆然とした顔で近づいてきた。
「すごいな……」
グルドは、呂布の手にあるネズミを見つめていた。
「俺が枝を踏んだのに、それでも仕留めるのか」
「想定外のことは、いくらでも起きる。大事なのは、その時にどう対応するかだ」
呂布は、ネズミをグルドに渡した。
「お前が持っていろ。次の獲物を探す」
グルドは、ネズミを受け取った。
その目に、尊敬の色が浮かんでいた。
---
その夜、二匹はネズミを三匹、トカゲを二匹仕留めた。
呂布一人で狩りをしていた時より、効率が上がっていた。グルドが追い込み役を務め、呂布が仕留める。役割分担ができると、狩りはずっと楽になった。
帰り道、グルドが口を開いた。
「リョフ。お前、どこで狩りを覚えた」
呂布は、少し考えてから答えた。
「独学だ。この世界に来てから、自分で覚えた」
「この世界に来てから?」
グルドが、怪訝な顔をした。
しまった、と呂布は思った。
口が滑った。だが、今さら誤魔化しても不自然だ。
「……俺は、ここで生まれたわけではない」
呂布は、ゆっくりと言った。
「別の場所から、この体にやってきた」
グルドは、呂布を見つめた。
「どういう意味だ」
「信じなくてもいい。だが、俺には前の人生の記憶がある。そこで覚えたことが、今の俺の中に残っている」
グルドは、しばらく黙っていた。
やがて、口を開いた。
「前の人生……転生ってやつか」
呂布は、驚いた。
「知っているのか」
「話に聞いたことがある。人間の冒険者が、そんな話をしていた。死んだ後、別の体に生まれ変わる奴がいるって。本当かどうかは知らないけど」
グルドは、呂布を見た。
「お前が、その転生者なのか」
呂布は、頷いた。
隠しても仕方がない。どうせ、長く一緒にいれば、呂布が普通のゴブリンではないことは分かってしまう。
「前の人生で、俺は人間だった」
呂布は言った。
「武人だった。戦場で戦い、多くの敵を倒した。だが、最後は裏切られて死んだ。目を覚ましたら、この体になっていた」
グルドは、黙って聞いていた。
信じているのか、いないのか。その表情からは読み取れなかった。
「だから、お前は強いのか」
やがて、グルドが言った。
「前の人生で、戦い方を知っていたから」
「そうだ。だが、今の体には、前の力はない。筋力も、体格も、何もかもが違う。だから、一から鍛え直している」
グルドは、頷いた。
「なるほど。それで、毎晩狩りに出ていたのか」
「ああ。力をつけなければ、長には勝てない。レベルを上げ、ステータスを伸ばし、いつか必ず奴を倒す」
呂布は、拳を握りしめた。
グルドは、その拳を見つめていた。
「レベル……ステータス……お前、それが見えるのか」
呂布は、グルドを見た。
「見えないのか」
「見えない。何の話だ」
呂布は、眉をひそめた。
ステータスが見えるのは、転生者だけなのか。それとも、何か特別な条件があるのか。
「俺には、自分の能力が数字で見える。レベル、HP、筋力、敏捷。そういったものが、目の前に浮かぶ」
「それは……便利だな」
グルドは、羨ましそうに言った。
「俺にも見えればいいのに」
「いつか、見えるようになるかもしれない。この世界のことは、俺もまだよく分かっていない」
呂布は、そう言って歩き出した。
グルドが、その後に続く。
二匹の影が、月明かりの下を歩いていく。
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洞窟の近くまで戻った時、呂布は足を止めた。
「グルド」
「何だ」
「今日の話は、誰にも言うな」
グルドは、頷いた。
「分かっている。言ったら、頭がおかしいと思われるだろうしな」
「それもある。だが、それだけじゃない」
呂布は、グルドを見た。
「俺の正体が知れれば、長に目をつけられるかもしれない。転生者がどう扱われるか、俺には分からない。だが、警戒されるのは間違いない」
グルドは、真剣な顔で頷いた。
「分かった。誰にも言わない。約束する」
「頼んだ」
呂布は、そう言って洞窟に向かって歩き出した。
背後で、グルドの声がした。
「リョフ」
呂布は、振り返った。
グルドが、まっすぐに呂布を見ていた。
「お前が何者でも、俺は気にしない。お前は俺を助けてくれた。俺に狩りを教えてくれた。それだけで、十分だ」
呂布は、グルドを見つめた。
「俺は、お前についていく。お前が長を倒すまで、いや、その先も。どこまでも、ついていく」
グルドの目には、迷いがなかった。
呂布は、しばらく黙っていた。
やがて、口元に小さな笑みが浮かんだ。
「ならば、来い。グルド」
呂布は言った。
「俺と共に、這い上がるぞ」
グルドは、大きく頷いた。
二匹は、並んで洞窟に入っていった。
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その夜、呂布はステータスを確認した。
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【名前】呂布
【種族】ゴブリン(幼体)
【レベル】5
【HP】38/38
【MP】9/9
【筋力】11
【敏捷】16
【知力】15
【魔力】5
【耐久】10
【幸運】5
【スキル】
・暗視(固有)
・威圧(休眠)
・天下無双(封印)
・指揮(Lv.1)【NEW】
【称号】
・転生者
・主殺し
・最弱
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新しいスキルが、増えていた。
指揮。Lv.1。
呂布は、そのスキルに意識を集中した。
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【指揮】Lv.1
種別:汎用スキル
効果:配下の能力を微増させる。指揮下にある者の全ステータス+3%。
成長条件:配下と共に戦闘を重ねることで、レベルが上昇する。
備考:仲間を率いることで習得。
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配下と共に戦闘を重ねる。
呂布は、グルドの顔を思い浮かべた。
今夜、初めて二匹で狩りをした。それが、このスキルの習得に繋がったのか。
指揮のスキルがあれば、仲間を増やすほど有利になる。一人で戦うより、仲間と共に戦う方が、強くなれる。
前世の俺には、なかったものだ。
前世の呂布は、常に一人で戦っていた。配下はいたが、駒としか思っていなかった。共に戦う仲間ではなく、使い捨ての兵士。だから、誰も呂布のために命を懸けなかった。
だが、この世界では違う。
グルドは、俺のために戦うと言った。俺についていくと言った。
それが、このスキルになった。
呂布は、拳を握りしめた。
一人では、限界がある。
だが、仲間がいれば、もっと高みに登れる。
陳宮。高順。
お前たちが教えようとしていたことが、ようやく分かり始めている。
呂布は、目を閉じた。
明日も、狩りがある。グルドと共に、森に出る。そして、少しずつ強くなる。
長い道のりだ。
だが、一人ではない。
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