『夜狩りの日々』


それから、呂布は夜の狩りに没頭した。


日が沈むと洞窟を抜け出し、夜明け前に戻る。その間、ひたすら獲物を追い続けた。ネズミ、トカゲ、蛇、虫。見つけたものは全て狩り、全て腹に収めた。


最初の頃は、ネズミ一匹を仕留めるのがやっとだった。


だが、日を追うごとに、狩りの腕は上がっていった。


体が、変わり始めていた。


骨と皮だけだった腕に、薄く筋肉がついてきた。棒切れのようだった脚に、張りが出てきた。走っても息が切れにくくなり、跳んでも膝が笑わなくなった。


そして、何より。


ステータスが、上がっていた。


呂布は、毎晩狩りを終えるたびに、自分のステータスを確認するようになっていた。


五日目の夜。


---


【名前】名無し


【種族】ゴブリン(幼体)


【レベル】3


【HP】24/24


【MP】5/5


【筋力】7


【敏捷】11


【知力】13


【魔力】3


【耐久】6


【幸運】3


---


レベルが、3に上がっていた。


筋力が5から7に。敏捷が8から11に。耐久も4から6に上がっている。


数字で見ると、僅かな上昇だ。だが、体感としては大きな変化だった。以前なら追いつけなかった獲物に追いつける。以前なら持ち上げられなかった石を持ち上げられる。


成長している。


確実に、強くなっている。


呂布は、その実感に酔いしれそうになった。


だが、すぐに首を振った。


まだだ。


まだ、全然足りない。


レベル3。天下無双の解放条件は、レベル50以上。今の呂布は、その足元にも及ばない。


呂布は、さらに狩りに打ち込んだ。


---


七日目の夜。


呂布は、いつもの森を抜け、少し遠くまで足を伸ばした。


近場の獲物は、狩り尽くしつつあった。ネズミもトカゲも、呂布の存在を覚えたのか、姿を見せなくなっていた。新しい狩場を探す必要があった。


月明かりを頼りに、森の奥へと進む。


木々が密集し、下草が深くなる。足元が悪く、何度もつまずきそうになった。


だが、呂布は進み続けた。


どれほど歩いただろう。


やがて、森が開けた。


小さな沢があった。岩の間を縫うように水が流れ、月光を反射して銀色に輝いている。沢の周りには、背の低い草が生え、虫の声が響いていた。


獲物がいる。


呂布は、気配を察した。


沢の向こう岸。草むらの中に、何かが潜んでいる。ネズミではない。もっと大きい。


呂布は、身を低くした。


草むらに隠れながら、ゆっくりと近づく。


見えた。


ウサギだった。


この世界のウサギは、前世で見たものより一回り大きい。呂布の胴体ほどの大きさがある。灰色の毛並みに、長い耳。草を食んでいるのか、顔を地面に近づけている。


呂布は、息を殺した。


ウサギは、ネズミより遥かに素早い。警戒心も強い。正面から追いかけても、まず捕まえられない。


罠を張るか。


呂布は、周囲を観察した。


沢の流れ。岩の配置。ウサギの位置。逃げ道になりそうな方向。


一つの作戦が、頭に浮かんだ。


呂布は、音を立てないように移動した。


沢の上流へ回り込む。ウサギの背後に位置取る。ウサギが逃げるとすれば、沢を渡って反対側の森へ向かうはずだ。その逃げ道を塞ぐ。


呂布は、石を三つ拾った。


一つは、ウサギに投げる用。残りの二つは、逃げ道を塞ぐ用。


準備が整った。


呂布は、深呼吸した。


そして、動いた。


最初の石を、ウサギの背後の草むらに投げ込んだ。


音を立てて石が落ちる。ウサギが顔を上げ、耳をそばだてた。


狙い通りだ。


ウサギは、背後からの音に驚き、前方へ――沢の方へ向かって跳んだ。


呂布は、二つ目の石を投げた。


沢を渡ろうとするウサギの前方、着地点を狙って。


石が水面を叩き、飛沫が上がった。ウサギは驚いて方向を変えた。沢を渡るのを諦め、岸に沿って逃げようとする。


その瞬間、呂布は飛び出した。


全速力で、ウサギに向かって走る。


ウサギは呂布に気づき、悲鳴を上げて跳んだ。だが、遅かった。方向転換に手間取った分、呂布との距離が縮まっていた。


三つ目の石を、呂布は投げた。


今度は、ウサギの頭を狙って。


石が、ウサギの後頭部に命中した。


鈍い音。ウサギの体が、地面に転がった。


呂布は、すぐに追いついた。


ウサギはまだ生きていた。気絶しているだけだ。呂布は、その首に手をかけた。


そして、捻った。


骨が折れる音がした。ウサギの体から、力が抜けた。


仕留めた。


呂布は、荒い息を吐いた。


ウサギを持ち上げる。ずしりと重い。ネズミの何倍もある重量だ。これだけの肉があれば、何日も食いつなげる。


だが、喜んでいる場合ではなかった。


帰らなければ。


夜明け前に洞窟に戻らなければ、成体たちに怪しまれる。呂布は、ウサギを担いで森を走り始めた。


---


洞窟の近くまで戻った時、空は白み始めていた。


呂布は、足を止めた。


ウサギを、どうする。


このまま洞窟に持ち帰れば、成体たちに見つかる。見つかれば、奪われる。呂布が苦労して仕留めた獲物が、成体たちの腹に収まる。それだけならまだいい。最悪の場合、呂布が独断で狩りをしていたことが露見する。


群れの掟では、幼体が勝手に狩りをすることは禁じられている。


狩りは成体の仕事だ。幼体は成体に従い、与えられた餌を食べる。それが掟だ。呂布が夜ごと狩りをしていることが知られれば、制裁を受けるかもしれない。


呂布は、考えた。


隠すか。


ウサギを、どこかに隠しておく。そして、夜になってから取りに来て、少しずつ食べる。それが安全だ。


呂布は、洞窟から少し離れた場所に、大きな岩を見つけた。岩の下に、小さな空洞がある。ここなら、他のゴブリンには見つからないだろう。


呂布は、ウサギを空洞に押し込んだ。


上から土と枯れ葉をかけて、隠した。


これで、しばらくは大丈夫だ。


呂布は、洞窟に向かって歩き出した。


---


洞窟に戻ると、幼体たちが騒いでいた。


何事かと思い、呂布は壁際に身を隠して様子を窺った。


幼体たちの輪の中心に、一匹の幼体が倒れていた。


グルドだった。


三日前に呂布が叩きのめした、あの幼体。その体が、血まみれで横たわっている。


何があった。


呂布は、周囲の幼体たちの会話を聞いた。


「グルドの奴、長の前で粗相をしたらしい」


「馬鹿だな。長の機嫌が悪い時に近づくからだ」


「まだ生きてるのか」


「さあな。死んでも誰も困らないだろ」


幼体たちは、グルドを見下ろしながら嘲笑っていた。誰も助けようとしない。誰も、手を差し伸べようとしない。


呂布は、グルドを見つめた。


体のあちこちに傷がある。殴られたのだろう。顔は腫れ上がり、原形を留めていない。呼吸は浅く、虫の息だった。


このまま放っておけば、死ぬ。


呂布は、考えた。


助けるべきか。


グルドは、かつて呂布に襲いかかってきた相手だ。水を奪おうとし、殴りかかってきた。呂布が返り討ちにしなければ、逆に呂布が傷つけられていたかもしれない。


そんな相手を、助ける義理があるか。


前世の呂布なら、迷わず見捨てていた。


敵は敵だ。弱った敵を助ける理由などない。むしろ、このまま死んでくれた方が都合がいい。厄介な相手が一人減る。


だが。


呂布は、自分の中に芽生えた感情に気づいた。


見捨てたくない。


なぜだか分からない。だが、このまま見捨てることに、抵抗があった。


呂布は、高順の顔を思い出していた。


高順は、寡黙な男だった。多くを語らず、黙々と呂布に仕えた。だが、一度だけ、高順が部下を助ける場面を見たことがある。


戦場で負傷した兵士を、高順は自ら背負って帰陣した。


呂布は問うた。


「なぜ助ける。足手まといになるだけだ」


高順は答えた。


「この者は、私のために戦ってくれました。私のために、傷を負いました。ならば、私がこの者を背負うのは、当然のことです」


呂布には、その言葉の意味が分からなかった。


部下は駒だ。使い捨てだ。傷ついた駒を背負う意味などない。そう思っていた。


だが、今は違う。


少しだけ、高順の気持ちが分かる気がした。


呂布は、輪の中に足を踏み入れた。


幼体たちが、呂布を見た。


「何だ、お前」


「痩せガキが何の用だ」


呂布は、答えなかった。


グルドの傍らに膝をつき、その体を担ぎ上げた。


「おい、何してる」


「そいつを連れてどこに行く気だ」


呂布は、幼体たちを一瞥した。


「俺が何をしようと、お前たちには関係ない」


そう言って、洞窟の隅へと歩き出した。


幼体たちは、呆気に取られて見送った。誰も、呂布を止めようとはしなかった。


---


洞窟の隅。


呂布は、グルドを寝かせた。


傷は深い。特に、頭部の傷が酷い。このままでは、感染症を起こして死ぬ可能性が高い。


だが、呂布には医術の心得がなかった。


前世でも、傷の手当ては部下に任せていた。自分で治療したことなど、一度もない。


呂布は、考えた。


水だ。


まず、傷口を洗う必要がある。


呂布は、洞窟を出て川に向かった。大きな葉に水を汲み、戻ってくる。


グルドの傷口に、水をかけた。血と泥が洗い流される。傷の状態が、少し見えるようになった。


深いが、致命傷ではない。


骨は折れていないようだ。出血も、止まりつつある。


呂布は、周囲を見回した。


薬草がいる。傷に効く薬草。


この世界の知識が、頭の中にあった。森に自生する薬草の中に、傷の治りを早めるものがあるはずだ。


呂布は、再び洞窟を出た。


森の中を歩き回り、薬草を探した。青い葉の、小さな草。それを見つけて、持ち帰った。


葉を噛んで柔らかくし、グルドの傷口に押し当てた。


これで、少しはましになるはずだ。


呂布は、グルドの傍らに座り込んだ。


なぜ、こんなことをしているのだろう。


自分でも、よく分からなかった。


グルドは敵だった。少なくとも、味方ではなかった。助ける理由など、どこにもない。


だが、見捨てられなかった。


高順なら、何と言うだろう。


「将軍。人は、武だけでは従いませぬ」


ああ、そうだな。


武だけでは、人は従わない。


恐怖だけでは、人の心は繋ぎ止められない。


ならば、何で繋ぎ止める。


高順は言った。信だ、と。


信とは、何だ。


信頼。信用。信じること。信じられること。


呂布は、グルドを見下ろした。


こいつが目を覚ました時、俺を信じてくれるだろうか。


分からない。


だが、やってみる価値はある。


呂布は、グルドの傍らで夜を明かした。


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