『見えざる数字』

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それから三日が過ぎた。


呂布は毎日、水汲みと薪集めに追われた。成体たちは呂布をこき使い、呂布は黙々と従った。日が昇れば洞窟を出て、日が暮れれば戻ってくる。その繰り返しだった。


だが、呂布はただ働いていたわけではない。


夜になると、呂布は密かに洞窟を抜け出した。森に出て、狩りをした。ネズミ、トカゲ、虫、木の実。手に入るものは何でも食べた。群れから与えられる僅かな残飯だけでは、この体を維持できない。自分で糧を得なければ、いつまでも最下層のままだ。


狩りの腕は、日に日に上がっていた。


最初の夜は、ネズミ一匹を仕留めるのに何刻もかかった。だが、三日目の夜には、同じ時間で三匹を仕留められるようになっていた。体が慣れてきたのだ。この小さな体の動かし方が、少しずつ分かってきた。


そして、もう一つ。


呂布は、奇妙なことに気づき始めていた。


体の奥底で、何かが蠢いている。


最初は気のせいだと思った。飢えから来る幻覚か、あるいは疲労から来る錯覚か。だが、日が経つにつれ、その感覚は強くなっていった。


四日目の朝だった。


呂布は、いつものように水汲みに出かけた。川辺で水を掬い、顔を洗い、一息ついた。


その時だった。


視界の隅に、何かが見えた。


呂布は目を凝らした。


空中に、淡い光の文字が浮かんでいた。


最初は、木漏れ日の悪戯かと思った。だが、違った。文字は確かにそこにあった。呂布にしか見えない、透明な文字の羅列。


呂布は、息を呑んだ。


文字は、こう記していた。


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【名前】名無し


【種族】ゴブリン(幼体)


【レベル】2


【HP】18/18


【MP】3/3


【筋力】5


【敏捷】8


【耐久】4


【知力】12


【魔力】2


【幸運】3


【スキル】

・暗視(固有)

・威圧(休眠)

・天下無双(封印)


【称号】

・転生者

・主殺し

・最弱


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呂布は、しばらく動けなかった。


目の前に浮かぶ文字を、何度も読み返した。


これは、何だ。


名前。種族。レベル。HP。MP。筋力。敏捷。


聞いたことのない言葉が並んでいる。だが、不思議と意味は理解できた。この世界に生まれ落ちた時から、この世界の言語と概念が頭に入っている。それと同じように、これらの言葉の意味も、自然と理解できた。


レベルとは、強さの指標だ。


数字が大きいほど、強い。呂布のレベルは2。ゴブリンの幼体としては、最低に近い数字だろう。


HPとは、生命力だ。


これが0になれば、死ぬ。呂布のHPは18。おそらく、成体のゴブリンはこの何倍もあるはずだ。


筋力、敏捷、耐久、知力、魔力、幸運。


これらは、体の各能力を数値化したものだ。呂布の数値は、どれも低い。特に筋力と耐久が低い。この痩せ細った体では、当然の結果だった。


だが、一つだけ突出している数値があった。


知力。12。


他の数値が一桁なのに、知力だけが二桁に達している。これは、前世の記憶と経験が影響しているのだろう。四十年以上生きた人間の知性が、この幼い体に宿っている。


そして、スキル。


呂布は、スキルの欄に目を留めた。


暗視。これは、闇の中でも見える能力だ。ゴブリンの固有能力らしい。確かに、呂布は夜の森でもある程度見えていた。


威圧。休眠と書かれている。使えないということか。


そして。


天下無双。封印。


呂布の心臓が、跳ねた。


天下無双。


前世で呂布が背負っていた称号。誰よりも強く、誰にも負けない武人の証。それが、スキルとしてここに記されていた。


だが、封印されている。


使えないということだ。今の呂布には、天下無双の力を振るう術がない。


呂布は、拳を握りしめた。


封印。


なぜ封印されている。どうすれば解除できる。


呂布は、天下無双の文字に意識を集中した。


すると、新たな文字が浮かび上がった。


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【天下無双】(封印)


種別:固有スキル

効果:戦闘時、全ステータスが大幅に上昇。一対多の戦闘において、真価を発揮する。

解放条件:レベル50以上、かつ「覇者」の称号を獲得すること。

備考:前世より継承。封印状態では効果を発揮しない。


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レベル50以上。


呂布は、自分のレベルを見た。2。


気が遠くなるような差だった。今の呂布から見れば、50という数字は天の高みにあるようなものだ。


だが、呂布は絶望しなかった。


むしろ、希望を感じていた。


封印されているということは、解除できるということだ。レベルを上げ、称号を獲得すれば、天下無双の力が戻ってくる。前世の力を、この世界でも振るうことができる。


呂布は、称号の欄に目を移した。


転生者。主殺し。最弱。


転生者は、そのままの意味だろう。別の世界から転生してきた者。


主殺しは、前世の業だ。丁原を殺し、董卓を殺した。その罪が、称号として刻まれている。


そして、最弱。


呂布は、その称号を睨んだ。


最弱。群れの中で最も弱い者に与えられる称号。おそらく、何のメリットもない。むしろ、デメリットがあるかもしれない。


呂布は、最弱の文字に意識を集中した。


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【最弱】


種別:称号

効果:全ステータス-10%。他者からの評価が低下する。

解除条件:群れの中で最下位でなくなること。

備考:この称号を持つ者は、群れの中で最も低い地位に置かれる。


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全ステータス-10%。


呂布は、舌打ちした。


やはり、デメリットがあった。今の低いステータスが、さらに10%減少している。この称号がある限り、呂布は本来の力を発揮できない。


だが、解除条件は明確だ。


群れの中で最下位でなくなること。


つまり、誰か一人でも自分より下の者がいれば、この称号は消える。


呂布は、洞窟の方を見た。


グルドたちの顔が浮かんだ。三日前に叩きのめした、あの幼体たち。彼らは今、呂布を恐れて近づいてこない。だが、群れの序列としては、まだ呂布より上だ。成体たちがそう認識している限り、呂布は最下層のままだ。


変えなければならない。


群れの認識を。序列を。


そのためには、力を示す必要がある。誰の目にも明らかな形で、呂布が最弱ではないことを証明しなければならない。


呂布は、再びステータスの画面を見た。


レベル2。


三日前は、レベル1だったはずだ。いや、確認したわけではないが、おそらくそうだ。夜の狩りを続けるうちに、レベルが上がったのだろう。


レベルは、上げられる。


ステータスは、伸ばせる。


この世界には、明確な成長の仕組みがある。努力すれば強くなれる。経験を積めば、数字が上がる。


前世とは違う。


前世の呂布は、生まれながらに強かった。努力して強くなったわけではない。天から与えられた才能で、他者を圧倒していた。だからこそ、努力の価値を理解しなかった。策を弄する者を見下した。


だが、この世界は違う。


この世界では、誰でも強くなれる。最弱から始めても、努力次第で頂点に立てる。


呂布は、拳を握りしめた。


やってやる。


レベルを上げ、ステータスを伸ばし、スキルを解放する。そして、天下無双の力を取り戻す。


そのためには、まず目の前の課題を片付けなければならない。


最弱の称号を、消す。


群れの中で、最下位から脱する。


呂布は、立ち上がった。


水汲みの葉を手に取り、洞窟へと歩き出した。


---


洞窟に戻ると、異変が起きていた。


成体たちが、洞窟の奥に集まっている。何やら騒がしい。怒号と悲鳴が入り混じり、ただならぬ空気が漂っていた。


呂布は、壁際に身を隠しながら様子を窺った。


成体たちの輪の中心に、一匹のゴブリンがいた。


群れの長だった。


他の成体より一回り大きい、この群れで最も強い個体。手には鉄の剣を握り、目は血走っている。その前に、一匹の成体が跪いていた。


「許してくれ、長……俺は……」


跪いた成体が、震える声で言った。


長は、答えなかった。


剣を振り上げ、そして振り下ろした。


鈍い音がした。


跪いた成体の首が、胴から離れた。血が噴き出し、洞窟の床を赤く染めた。


呂布は、息を殺してその光景を見ていた。


何が起きたのか、すぐには分からなかった。だが、周囲の成体たちの会話から、状況を把握した。


狩りに失敗したらしい。


長に命じられた狩りで、獲物を逃がした。それだけのことで、首を刎ねられた。


これが、ゴブリンの群れか。


呂布は、長を見つめた。


恐怖で支配している。失敗すれば殺す。逆らえば殺す。だから、誰も逆らわない。誰も、長に意見しない。


前世の俺と、同じだ。


呂布は、その事実を噛みしめた。


俺も、こうやって配下を支配していた。恐怖で縛り、力で押さえつけ、逆らう者は容赦なく罰した。


その結果が、白門楼だ。


最後の最後で裏切られ、縄で首を吊られて死んだ。


長は、剣を振って血を払い、周囲を見回した。


「次に失敗した奴も、同じ目に遭う。分かったな」


成体たちは、震えながら頷いた。


長は満足げに鼻を鳴らし、洞窟の奥へと消えていった。


呂布は、壁際で息を潜めていた。


あの長を、いつか倒さなければならない。


群れを率いるためには、長を倒し、その座を奪う必要がある。だが、今の呂布には、あの長に勝つ力がない。レベルも、ステータスも、何もかもが足りない。


だが、いつかは届く。


呂布は、自分のステータスを思い浮かべた。


レベル2。筋力5。敏捷8。知力12。


今は低い。だが、上げられる。時間をかけて、少しずつ。


そして、いつか。


天下無双の封印を解き、あの長を打ち倒す。


呂布は、静かに決意した。


その日のために、今は力を蓄える。


今は耐える。今は待つ。今は、這い上がるための準備をする。


陳宮が言っていた。


「呂布殿、今は時期ではありません」


ああ、分かっている。


今は、まだ時期ではない。


だが、いつか必ず、時は来る。


その時まで、俺は牙を研ぎ続ける。

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