第2話

 目を覚ますと、窓の外はすでに明るくなっていた。


「……うっ、頭が痛ぇ」


 強烈な頭痛に襲われ、俺は顔をしかめる。

 魔力枯渇(マナ・ディプレッション)。魔力を限界まで使い果たした時の反動だ。身体が鉛のように重い。


「はは、やりすぎたな……」


 昨晩、俺はヤケになって自分の全魔力をあの卵に注ぎ込んだ。

 どうせ特待生の資格は剥奪されたんだ。回復用のポーションを買う金もないし、このまま数日は寝込むことになるかもしれない。


 俺は重い上半身を起こし、ベッドの脇に目をやった。

 そこには昨晩と変わらず、あの黒い卵が鎮座して――


「……あれ?」


 違和感があった。

 昨日までは確かに、何の変哲もない「岩のような黒」だったはずだ。

 だが今は、その表面に血管のような赤い亀裂が走り、脈打つように明滅している。


 ドクン、ドクン。

 まるで心臓の音だ。


「生きてる……!?」


 俺が慌てて顔を近づけた、その時だった。


 パキッ。


 乾いた音が響き、亀裂が一気に広がる。

 まばゆい光が溢れ出し、俺はとっさに腕で顔を覆った。


「キュウ!」


 光が収まると同時に、可愛らしい鳴き声が聞こえた。

 恐る恐る目を開ける。

 割れた殻の中にいたのは、俺の掌(てのひら)に乗るほどの、小さな生き物だった。


 漆黒の鱗。背中には未発達な小さな翼。そして額には、小さな一本角。

 形状はどう見てもドラゴンだが……あまりにも小さく、弱々しい。


「お前……ドラゴン、なのか?」


 俺が指を差し出すと、そいつはつぶらな瞳で俺を見つめ、ペロリと指先を舐めた。

 その瞬間、俺の脳内に不思議な感覚が流れ込んでくる。

 魂が繋がった証――『主従契約』が成立した感覚だ。


「キュ!」


 そいつは俺の指にじゃれつくと、空腹を訴えるように鳴いた。

 生まれたてでお腹が空いているんだろう。


「待ってろ、いま何か……って言っても、ここには何もないぞ」


 Fランク寮の備蓄なんてたかが知れている。

 俺はポケットを探り、唯一残っていた「灯り用の魔石」を取り出した。クズ魔石と呼ばれる、安物の鉱石だ。

 本来は魔道具の燃料にするもので、生物が食べるものじゃない。


「とりあえず、これの匂いでも嗅いで……」


 ガリッ!!


「え?」


 俺が差し出した瞬間、そいつは魔石にかじりついた。

 そして信じられないことに、バリボリと硬い鉱石を噛み砕き、一瞬で飲み込んでしまったのだ。


「お、おい! 大丈夫か!? そんなもの食べたら腹を壊すぞ!」


 俺は慌ててそいつを持ち上げる。

 だが、そいつはケロリとした顔で「ゲプッ」とげっぷをした。


 バチチッ!


 直後、そいつの身体から黒い火花が散った。

 ただの静電気じゃない。明らかに魔力の放電だ。


「……まさか」


 俺は震える手で、自分のステータス画面を展開した。

 契約した召喚獣の情報は、主(あるじ)である俺だけが閲覧できる。


====================

【個体名】未設定

【種族】幼竜(???)

【状態】正常(魔力充填)


【スキル】

・捕食進化(イート・エヴォル)

・雷耐性(微)New!

====================


「捕食……進化?」


 聞いたことのないスキルだ。それに、この『雷耐性(微)』というのは……。

 さっき食べた魔石は、微弱な雷属性を含んでいた。

 もしかして、食べた物の特性を自分の力に変えたのか?


「キュウ!」


 そいつは「もっとよこせ」と言わんばかりに俺を見上げ、尻尾を振っている。

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 昨日、試験官はこいつを「ハズレ」だと言った。

 だが、違う。

 食べた素材を能力に変えるなんて、そんな召喚獣は聞いたことがない。


「お前……もしかして、とんでもない大食らいなんじゃないか?」


 俺が問いかけると、そいつはニカっと笑ったように見えた。

 その顔を見て、俺の中で何かが吹っ切れる。


「よし、決めた。お前の名前は『ノクス』だ。闇夜のような黒(ノクス)……俺たちの再出発にふさわしい名前だろ?」


「キュア!」


 ノクスが嬉しそうに鳴く。

 最弱の召喚士と、謎のスキルを持つ大食らいの幼竜。

 俺たちの反撃は、ここから始まる。


 翌日。

 学園の掲示板に、無情な張り紙が出された。


『Fランク生徒への通達:明日、初級ダンジョンにて実戦課題を行う。ノルマを達成できなかった者は退学とする』


 それは実質、俺のような落ちこぼれを間引きするための死刑宣告だった。

 だが、俺の心は不思議と躍っていた。

 試してみたい。ノクスの力が、どこまで通用するのかを。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る