二部

第11話 『未設定』

 一三年前、一二月下旬。


「このように、楯蓋たてぶたの形状は一般的な楯とは違い、ヤカンや鍋の蓋のような形をしています。ふちが曲面側、つまり持ち手とは反対方向へやや反り返っているのが特徴ですね。これは楯蓋が、楯というより、蓋としての意味合いが強いからだと言われています」


 六歳から七歳の少年少女が、校庭の一画に横一列で並ばされ、曲面が茜色の、大きな円形の楯を握った拳で、地面に正拳突きしている。

 歯を食いしばり、「んっ」とか「はっ」とか声を出しながら突いている。もっと腹から声を出せと教員が野次を飛ばすと、同級生たちの声は従って大きくなる。

 その光景が異常だと思っていたのは、同級生の中では、どうやらハルタだけだったらしい。


「いいですか、皆さん。楯蓋は蓋ノ人ふたのびとの魂です。皆さんは将来、蓋ノ神ふたのかみ様をお守りする立派な蓋ノ人にならなければなりません。そのためには蓋ノ人の証である、この楯蓋を使いこなせなくてはいけないんです」


 腰の後ろで手を組み、教員は生徒たちの目の前を移動した。

 教員の目つきが、嫌いだった。愛想がいいわけでも、不愛想でもない、薄い笑みを含んだ表情が、ハルタにはどこか偉そうで、傲慢に見えた。


「あら、ヒズミさん」


 とある男子生徒の前で、教員の足が止まる。


「いいですねぇ。昨夜、ばかりだというのに、見事に耳絶ちがそよいでいるじゃありませんか」


 その突き終えた拳から風を吹かせる生徒の姿が、ちらほらあった。


「ヒズミ?」


 とハルタが教員の言葉に首を傾げる。


「キャッケくんですよ、先生。ヒズミじゃなくて」


「話を聞いていなかったのですか、ハルタさん。最初に説明しましたよ。キャッケさんは昨夜、耳絶ちが芽吹いたのです」


 ヒズミがハルタの方を見て、歯茎を剝き出しにした笑顔を向けた。


「ご両親に名を与えられたのです。ですから今日からは、却家きゃっけという苗字ではなく、ヒズミ、と名前で呼んでさしあげなさいと最初に言いました」


「……ごめんなさい」


 ハルタはしょんぼりする。

 他の生徒へ興味が移り、教員が離れて行くと、ヒズミがハルタへ寄ってきて、


「あと、お前と他所から来たあのイカルガって女だけやな」


「……うん」


「うん、とちゃうわ。お前、耳絶ち無かったら蓋魔やぞ」


 周りから女子生徒の笑い声が聞こえた。数人が「蓋魔は怨霊、ムシしよォ、そーしよォ、そーしよォ」と口ずさむ。

 ヒズミが「うまいうまい」と振り返って、笑い返した。


「蓋魔やったらムシされんぞ」


「無視?」


「無に飼わすって言うんやて」


 また女子生徒たちが「蓋魔は怨霊、無飼むししよォ、そーしよォ、そーしよォ」と口ずさんだ。

 教員の怒号が飛んで、歌が止まる。


「先生、ハルタくんがサボってまーす」


 と流れで、女子生徒の一人が片手間に告げ口した。


「ヒズミも


 とハルタはとっさに言い訳を述べようとする。が、ヒズミはすでに、元の位置へ戻り正拳突きを再開していた。

 抜け目のない奴だ。そう思いながら、注意を受け、ため息交じりにハルタは正拳突きを再開する。

 授業の終わりを告げるチャイムがなった。

 教員の号令を置き去りに、子供たちが校舎へ駆けてゆく。そんな中、ハルタは自分と同じように、一人行動が遅い少女の姿を見つけた。


「イカルガさん、行こ」


 歩み寄って、声をかけた。

 少女が振り返る。


「うん……」


 声が俯いている。

 仲のいい女友達はいないのだろうか。


「待ちなさい」


 教員が呼び止めた。


「あなたたち二人は、あと一〇〇回正拳突きをしてから戻りなさい」


「でも給食が」


「聞こえませんでしたか。食べたければ早く終わらせなさい。耳絶ちが芽吹かないのは、授業に真面目に取り組んでいないからです。真剣に楯蓋と向き合っていれば、今ごろ他の生徒たちと同じように芽吹いていたでしょう。ほら、早くしなさい」



 ※



「あれ、俺とイカルガさんの分は……?」


 教室へ戻ると、ほとんどの生徒が食べ終えている頃だった。黒板端の、給食台の上に置かれた銀色の鍋をハルタは覗き込む。中身はどれも空だった。

 献立は、カレーライス、ほうれん草のコーン和え、みかんヨーグルト、牛乳。

 青いコンテナの中には、まだ米は残っているが、それ以外は何も残っていなかった。牛乳も残っていない。


「あれ、ハルタ、お前どこ行っとったん?」


 クラスメイトが訊ねる。


「居残りさせられてたんだよ。イカルガさん、給食室行こ。何か残ってるかもしれないし」


 イカルガはこくりと頷いた。


 イカルガが、誰か女子生徒と話している姿をハルタは見たことがなかった。彼女は物静かで、口数が少ない。

 引っ越して来てまだ間もないからだろう。しばらくはそう思っていたが、そうではないような違和感がいつからかあった。ただ興味の移り変わりの激しい年ごろで、頻繁に関わるわけではないイカルガのことを、常に考えているわけでもなかった。

 気が付くとハルタは、イカルガの瞳を見つめることが増えていた。それを男子生徒に茶化されることもあったが、本人に自覚がないので、それで恥ずかしくなって頬を赤く染めるだとか、分かりやすい反応もない。

 確かに顔立ちは整っている方だが、まだ幼く、目鼻立ちがくっきりしているわけでもない。

 ただ彼女と目が合うと、吸い込まれそうになる。

 地面に触れているはずの足が離れ、下っ腹に浮遊感が現れて、心臓が脈を打った。

 病気だと思った。だからイカルガの目は、あまり見ないようにしていたが、ハルタの目は見たいものへ自然と向いた。


 給食室は体育館と隣接しており、屋内廊下で繋がっている。

 体育館にはすでに給食を食べ終えた生徒たちの姿があった。陣取り、と言って、誰よりも先に体育館へ入り、ドッジボールをするためのコートを押さえておく、いわば小学生特有の任務である。これに失敗すると同級生たちから溜息を浴びせられ、信頼度が微妙に下がる。


「すいません、余ってる牛乳貰えませんか」


「あー、はいはい。好きなだけ持ってき」


 給食室の前で、割烹着を着たおばちゃんたちがコンテナを積み上げていた。そのコンテナに入っていた牛乳を二つ受け取り、一つをイカルガへ渡した。


「ありがとう」


 か細い声でイカルガは言った。ハルタは少し照れくさくなり、「うん」と笑みを浮かべて誤魔化した。

 二人してその場で牛乳を飲んでいると、「アカンやろ」と怒鳴り声が聞こえた。その声量に空気が震えた気がした。二人は廊下の先へ振り向く。そこに、銀縁の丸眼鏡をした、枝のように細い女の姿があった。見た目は四〇歳過ぎ。五〇近いかもしれない。おばさんだ。こちらへ歩いてくる。

 校舎を歩いていると、ハルタやクラスメートたちはその先生の姿を偶に見かけることがあった。クラスを持っているわけではないようで、生徒の間では生徒指導の先生か、管理用務員さんではないかと言われている。だから厳密には先生ではない。

 丸眼鏡のおばさんが、ハルタの前を通り過ぎイカルガの目の前に立った。


「アカンやろ」


 と放たれた言葉が、光線のようになって廊下を駆け抜けた。体育館へ曲線を描きながら侵入すると、館内の中心で直角に上へ曲がり、勢いよく駆け上がり、天井をぶち破った──という妄想が、ハルタの脳裏に過るくらいの、凄まじい声量で、おばさんは怒鳴った。

 空気が凍っているかのようだった。

 給食のおばちゃんたちの苦笑いが見えた。首だけ振り返って様子を窺っている。見ているだけだ。助けようともしてくれない。自分が許可した、とそう言ってくれれば誤解が解けるのに。そう思うのだが、おばちゃんたちはハルタの視線から目を背けた。知らんぷりした。


「開多さんの子か」


 丸眼鏡の教員が、嘘のような優しい声と笑顔で、ハルタへ振り返っていた。


「おいしいか?」


 声が出なかった。


「おいしいか、牛乳」


 言葉を忘れた。

 黙っていると、「そうか」と丸眼鏡の教員は、優しい眼差しと共に去って行った。

 ハルタの硬直が解ける。はっとしてイカルガの方を見た。


「イカルガさん……?」


 イカルガの笑顔が怯んでいた。あんなにぱっちりしていたまぶたが項垂れている。瞳が陰っている。

 イカルガは泣き出しそうだった。

 心臓を締め付けられたような重さを感じた。罪悪感。自分がこんなところへ連れてきて、隠れて牛乳を飲ませたせいだ。

 もちろん、悪いことではない。他の生徒もやっていることだ。ただ自分のせいでイカルガが怒られてしまったことも事実。

 ハルタは、イカルガの手から牛乳をそっと取り上げ、給食のおばちゃんたちに見えるように、自分の物と一緒に柱の前に置いた。いつもならおばちゃんたちに直接渡すが、声をかける気になれなかった。

 イカルガの両手をそっと握って、「行こ」とだけ言った。まだ動揺しているようで返事も頷きもない。表情はぎこちなく怯えている。

 手を繋ぎ、イカルガの手をやや引っ張るように給食室を離れた。

 足取りが重い。会話がない。横目でイカルガの顔を見ると、目線が落ちている。

 どう声を掛ければいいのか分からなかった。

 ただ、いつものぱっちりした、イカルガの瞳が見たかった。


「イカルガさん」


 ハルタが立ち止まると、手で繋がれているイカルガの足も必然的に止まった。ポケットから小銭を数枚取り出し、手の平に乗せて見せた。


「駄菓子屋いこ」



 ※



 バステル村は四方を山に囲まれている。盆地だ。

 東一帯の山には〈親知らず山〉という名がつけられているが、村人同士での呼び名は別にある。

 駄菓子屋は、蓋ノ神小学校の南側にあった。駄菓子屋から東の坂を上っていくと山に入る。

 山をしばらく進むと沢があった。

 二人は隣同士で座り、沢に裸足をつけながら買ったばかりの駄菓子を食べた。


「見て」


 とハルタが、青くなった舌を出してみせた。イカルガも恥ずかしそうに、青くなった舌をぺろっと出して見せる。

 バブルブルーという、食べると舌が青くなるガムのせいだ。

 しばらくそうやってふざけ合っていると、いつの間にかイカルガの瞳は元に戻っていた。いつものぱっちりと開いた目だ。


「あの駄菓子屋のおばあちゃん、優しいんだ。前に給食で出た海苔を持っていったら、サイコロガムと交換してくれた」


「よく行くの?」


 砂糖まみれの平べったいグミを噛みちぎりながら、イカルガは訊いた。


「偶にね」


 ハルタが沢に入れた足をばたつかせると、水しぶきが飛んだ。イカルガも真似をしてばたつかせる。


「俺さ、蓋ノ騎士になりたいんだ」


 唐突に言った。声が水音と被さっている。


「知ってる? 蓋ノ騎士」


 イカルガは目をぱっちりと開いて、二回大きく頷き、


「私も」


「え?」


「私も、蓋ノ騎士が夢なの」


「ホントに?」


「うん」


 ハルタの全身を風が駆け抜けた。

 嬉しくなって、照れくさそうに「同じだな」と返した。


「じゃあさ、二人で蓋ノ騎士目指さない? 蓋ノ騎士は、耳絶ちのスペシャリスト……あれ、プロフェッショナルだっけ? まあ、いいや。ともかく、蓋ノ騎士は凄いんだ。二人で見返してやろうぜ。キャッケ、じゃなかった。ヒズミとか、先生とか、あの銀縁丸眼鏡のおばさんとかをさ」


 イカルガの表情が少し、しゅんとなる。

 嫌なことを思い出させてしまったと思い、ハルタは「ごめん」と言った。バタ足が止まる。

 二人は足を乾かしてから靴下と靴を履いた。


「なんであの人、イカルガにだけ怒ったんだろう」


「あれって、勝手に飲んじゃいけないものだったの?」


 とイカルガが訊ねる。


「ダメとは言われてない。みんな、ときどき貰いに行くんだ。毎日ってわけじゃない。偶にね。あんな、怒鳴るようなことじゃないよ」


「多分、他所者だから」


「え?」


「私が、他所から引っ越してきたからだと思う」


「どういうこと?」


「……分からないわ」


 イカルガは口をつぐんだ。ハルタは下手に難しい顔をして、イカルガの言葉を考えてみるのだが、結局分からない。


「イカルガさん、あのさ……イカルガ、って呼び捨てしていい? 俺のことも呼び捨てでいいから」


 イカルガのぽかんとした顔が、ハルタを見た。目が合う。ハルタは動悸がした。


「いいけど……」


 砂利を踏みしめる音が聞こえた。

 二人は反射的に、同時に振り返った。


「ヴィ様、追手です」


「どこをどう見りゃ追手なんだ。ただのいちゃついたガキだろ」


 ハルタとイカルガ、二人の全身に鳥肌が立った。時間の止まったような感覚。二人は目を奪われた。

 黒い毛髪のびっしりと生えた生首が、地面を移動していた。毛髪の束が、蜘蛛の脚のように動いている。

 その隣に素っ裸の女が立っていた。艶やかな長い黒髪に白い生肌。大人な美しい顔立ちだ。


「ガキがこんなとこで何してる」


 ハルタは立ち上がって、イカルガを背に生首と向かい合った。

 生首がにちゃーと笑って、軽く水浴びした。その隣で裸の女も水浴びをしている。


「そっちこそ」


「威勢のいいガキだ。おい坊主、いいこと教えてやる。女の前だからって調子に乗るな」


 生首が隣の女へ、「馬になれ」と言った。


「ええ、でもぉ」


「いいから馬になれ」


「もう疲れたですぅ」


 裸の女の全身が、砂鉄のような黒い影に包まれた。砂鉄が晴れると、そこ佇んでいたのは、真っ黒な馬だった。大きい。

 きょとんとするハルタ。


「俺たちを見ろ。喋る黒馬に、生ける生首だ。分かるだろ、スケール負けしてんだよ」


「……スケール?」


「異形に話しかけるなと、お父さんお母さんに言われなかったか?」


「言われてない」


「そうか。だがそっちの嬢ちゃんはどうかな? 今にも逃げ出したそうな顔してるぜ」


 ハルタはイカルガの横顔を確認する。

 生首がハルタへ近づいた。毛髪の一部がぴんと直立して、目線がハルタの目線と同じ高さに合わさる。生首の輪郭を隠していた髪の毛が、顎の下で交差し首元を絞め、頭頂部で重なって螺旋状に捻じれた。


「ほら、これで逃げねぇ」


 生首が、首を吊る人間の真似をした。


「大事なものは、こうやって首に紐つけとかなきゃなぁ。結び目はハングマンズノット。これで安心だ、解けねぇ」


 心臓が破裂しそうだった。

 ハルタはイカルガの手を握って、その場から走り出そうとする。


「待て!」


 生首の張った声に、ハルタの足が止まった。

 長い毛髪が岸辺にあったビニール袋を掴み、そのままハルタの方へすうっと伸びた。


「これ、お前んだろ?」


 ハルタは首だけ振り返って、毛髪の先端にあるビニール袋を受け取る。中には駄菓子の余りが入っている。


「山にゴミを捨てるな」


 二人は見合った。


「戻ろ、ハルタ」


 イカルガに名を呼ばれ、ハルタの視線がイカルガへ向く。イカルガの顔が至近距離にあった。


「戻ろ」


「……うん」


 どきどきしながら、ハルタは頷いた。


「じゃあな、ハルタ」


 去ろうとして声がする。

 振り返ると、生首が毛髪を手のように振っていた。



 ※



 下校のチャイムを背景に、正門──南門から出てきた小学生の群れが西と東、南へ散っていく。経年劣化のせいか音が所々バリついており、籠って聴こえる。高音に伸びがなく、余韻が気持ち悪い。


「忘れてた。今日、午前授業だった」


 ハルタが思い出したように言った。

 授業が午前のみであるのに、給食と昼休みがあるせいで、イカルガもうっかりしていた。

〈学活〉という名のホームルームの終わった教室から、順に廊下へ生徒が流れ出ている。その下駄箱へ向かう生徒たちの群れに紛れながら、ハルタとイカルガが教室へ戻って来たのは、一三時二〇分頃のことだった。

 掃除中の生徒たちが手を止め、二人の姿を不審そうにちらちら見ている。

 教員が見当たらないことを見計らって、リュックを背負い教室から出ようとしたところで、二人は担任に捕まった。こっぴどく叱られた。

 担任が保護者面談を控えていたため、説教は短く終わり、掃除の終わる一三時四〇分までには解放され、二人は一緒に下校した。


 ハルタの家は、蓋ノ神小学校の南側にあった。

 寄り道せず真っすぐ帰れば、小学一年生の足でも徒歩三〇分で着く距離だ。

 夏の蒸し暑い中、イカルガと分かれハルタが帰宅したのは、一四時一五分頃だった。

 玄関扉を開けたのとほぼ同時くらいに、リビングの扉が開いて、母親と父親の姿が見えた。

 母親はハルタの姿を見るなり、ぎこちない笑みを浮かべた。

 ハルタは子供ながらに、その笑顔に違和感を覚える。微笑みがどこか緊張を帯びていた。

 父親の様子もどこか落ち着きがない。何も言わない。自分の方をまじまじと見つめている。まるで二人に、何かを確認されているような、そんな気がした。


「不審者が入ったんだって」


 母親が胸を撫で下ろすかのように言った。


「どこに?」


「学校よ。校庭に入ってきて、遊具のところで男の子が刺されたんだって」


「こうてい?」


「帰りが遅いから、もしかしてうちの子なんじゃって、心配したのよ」


 校庭、という言葉が浮かばなかった。グラウンド、と母親が言い直すとハルタは理解した。日常的に教員が使うのは「グラウンド」の方だった。

 校庭の隅にある、ジャングルジムと滑り台が合体したような大きな遊具の姿が、ハルタの脳裏に浮かんだ。その傍で横たわる男の子。


「情報が錯綜してる」


 父親がリビングへ入りながら呟いた。

 洗面所で手洗い、うがいをして、手の水気をタオルで拭いた。両親の会話が聞こえる。リビングの扉を開けようと、ドアノブに触れた手が止まる。


「変な話よね、首がないなんて」


「ああ、変だ。魔物の類かと思いきや、凶器が包丁なんて人間みたいだ。くちゃくちゃ何かを噛む音を聞いた生徒がいるとか」


「何それ」


「イビツが学校関係者から聞いたそうだ。ガムのような柔らかいものや、鳥の軟骨を噛むような音らしい」


 頭の中のイメージが、鮮明になっていく。

 刃物を持った首のない男。返り血を浴びた衣服。

 傍で横たわる男の子。血溜まり。

 その様子を遊具の上から見下ろす女子生徒。

 近くで硬直したように立ち止まる男子生徒。

 職員室へと走っていく女子と男子の後ろ姿。

 周囲にちらほら見える小さな背丈。

 離れたところで玉遊びに一喜一憂する、気づかない男女のグループ。

 雲梯うんていを楽しむ男女。

 刃物と共に、傍の北門から逃げる不審者。

 両親の会話が進むに連れ、ハルタの頭の中のイメージが更新されていく。


 しばらくして、父親がまたどこからか情報を貰ってきた。

 刺された男の子が亡くなった。


 翌日から学校が臨時休校に入り、ハルタはイカルがと会えない日々が続いた。

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