第10話 『墳血の薔薇』

「ビョークは知ってるのか?」


「知ってるのはフォソーラだけだ」


 とハーレーが言った。

 二人は壁に肩を並べながら、落ち着いた様子で座っていた。


「なんで、こんな何もない廃パブに」


「ここで育ったんだ」


「え……」


 ハルタは耳を疑った。

 それがどういう意味なのか、ハーレーは分かって言っているのか。


「俺は獣貰いの、この地区で育った」


 ハーレーの外見には、獣貰いの特徴である獣の耳や尻尾、毛深い体毛などが見当たらない。


「孤児院の前に捨てられてたんだ。風を操れたからこの国の出身で間違いないと言われたが、親が誰なのかは分からない。信じられないんだろ?」


「あ、ああ」


「誰かに話したことはない。潜りでも、獣貰いに嫌悪する奴は多いからな」


 だから使わない剣の扱いにも慣れているのだという。幼少の頃、ハーレーを引き取った両親から教わったそうだ。


「俺がまだ小さかった頃、ここを賊が襲った。このパブを経営していた両親は殺され、俺と同じくらいの歳の友人は、みんなどこかへ連れていかれた」


「え、でも」


 それが禁じられていることをハルタは知っていた。


「そうだ。この国では自分を売ることはできても他人を売ることはできない。買うことはできてもな。人間愛護協会が禁じているからだ。だから俺だけ助かった。俺が人間だからだ。だが獣貰いは違う。人間愛護協会ですら、獣貰いを人間とは考えていない。俺はそれを変えたくて潜りになった。いつかクランを作って……」


 何かを思い出したように、「クラン……」とハルタが呟く。


「力を得て、この状況を変えてやるんだ。最初は蓋ノ騎士になろうとも考えた。だが出生の問題があるから無理だと思った。調べればすぐに分かるだろうからな。獣貰いで蓋ノ騎士になれるのはミャ王くらいのものだ。基本的にはありえない。世間が認めないからな。だが湯葉丸を、幼猫族ようびょうぞくであるあいつを、イカルガもお前も毛嫌いしなかった。だから仲間に入れたんだ」


「ビョークは?」


「あいつは思慮深い男だ。意味もなく何かを恐れたりしない。湯葉丸とも仲が良かったしな。フォソーラは俺に従順だから迎え入れた」


 ハルタは懐から茶封筒を取り出した。中から手紙を取り出し。


「それは?」


「イカルガの両親から貰った。遺品の中にあったらしい」


「……遺書か」


「両親に宛てた手紙らしい。自殺とは関係ない」


 ハルタは遺書の方の内容──イカルガが自殺した理由を説明し、手紙をハーレーへ渡した。

 手紙を読み終えると、ハーレーは穏やかな笑みを浮かべた。


「ずっと気になってたんだ。どうしてイカルガは生前、あんなぼろいモーテルなんかに住んでたのかって……それが理由だった」


 ハルタはがそう言うと、


「──クランか」


 とハーレーは納得するように言った。

 今は五人だけのパーティーだが、いつか人を集め、自分たちだけのクランを立ち上げたい──手紙にはそう書かれていた。


「クランの承認には色々と条件が必要だ。お金もかかる。そのためにイカルガは金を節約し、貯金してた」


 そう話しながらハルタは立ち上がった。

 用が済んだかのように、玄関口の方へ歩いて行って止まった。


「蓋魔の俺を、ハーレーだけが迎え入れてくれた」


 振り返らず、背中を向けたまま言った。


「感謝してる」


「なんだよ。急に、どうした?」


「ハーレーには感謝してるんだ」


「……そんな価値は、俺には」


「町へ来たばかりの頃、俺がいるせいでどこのパーティーにも入れなかった。仕方なく二人で活動を始めたら、俺のせいでイカルガに怪我をさせてしまったんだ。初めてハーレーに会ったとき、こんな人間のできた人がいるんだなぁって感心させられた。ハーレーが剣を教えてくれたから戦うことができた。こんなことになったけど、恨みはない。むしろほっとした。完璧だと思ってたハーレーにも、人間臭いところがあったんだって」


 何かおかしい……。

 ハーレーは違和感に気付いた。苦い表情がやめられない。

 気づけば鳥肌が立っていた。


「毎日稽古をつけてくれた。それで俺は、ヘルデルタなら楽々殺せるくらいに上手くなって……それで、思い出したんだ。確かあれは、剣の練習に付き合ってもらってた時だ。俺に、パーティーの名の由来について話しただろ。覚えてないか?」


「ああ、覚えてるさ、もちろん」


 自然界に存在しなかった青い薔薇を人間は作った。

 だが俺たちが見たかったのは青いだけの薔薇なのか。実物は見劣りした。美しいが物足りない。

 燃えるような青がいい。そんな薔薇は他にはないから。だからだからこそパーティーの名に相応しい。

 いつか開闢王かいびゃくおうを打ち取った英雄の一団を超えてやる。

 世界中の人々が見たことも聞いたこともない、まだ知らない理想と幻想を俺たちが体現するんだ。

 唯一無二にして孤高の存在、それが俺たち──。


「〈蒼炎の薔薇ブルー・ローズ〉だ」


 背筋に悪寒が走り、身震いした。肌がひりついて、ハーレーは腕をさり気なく摩った。ハルタの声がおかしい。人が変わったように、陰りを感じた。

 

「世界が知らない理想と幻想……。イカルガは、俺たちにとっての〈蒼炎の薔薇ブルー・ローズ〉だ。なあ、ハーレー?」


「……ん?」


「彼女を救うことができるなら、何色にだって染まれるだろ?」


 ハルタは振り返り、ハーレーの目を見て言った。


「……救う? だって彼女はもう」


「生き返らせる」


 髭さえ剃れば若々しい姿に戻るだろう。振り返ったハルタの表情は、かつてのイカルガと同じ、凛々しいものだった。ハーレーにはそう見えた。

 だが同時に怖さを感じた。

 ハルタはそっと右腕を掲げた。前腕の辺りから血まみれの腕が、皮膚を貫き何本も重なりあって伸びている。

 まるで赤い薔薇の花束のようだ。ハーレーにはそう見えた。だがそれが何かは分からない。


「何を、言ってるんだ……」


 ハルタがいかれてしまった。

 鼓動が速まる。どう説得すればいいのか分からず、ハーレーは戸惑う。目を丸くした。


「人は生き返らない。知ってるだろ、お前だって」


「不可能はない。ハーレーもいつかそう言ったろ。蓋魔の怨霊だと忌み嫌われるだけの俺にも、魔力はあった。世界は知らないことだらけだ。行動がすべてを変える。まだ、希望はある」


「魔力って、その腕のことを言ってるのか?」


 それが魔力によるものなのかどうか、ハーレーには分からなかった。特別魔力に詳しいわけではないが、自分がイメージする魔力の類とは少し違うような気がした。


「イカルガが戻ってきたとき、彼女の居場所が必要だ。もう一度パーティーを再建してくれ。俺たちの〈蒼炎の薔薇ブルー・ローズ〉を」


 ハルタが玄関扉に両手をついた。


「どこへ行く」


「探してくる。蘇生法を」


「だからそんなものは」


「イカルガこそ〈蒼炎の薔薇ブルー・ローズ〉だ。俺たちにとっての唯一の希望だ」


 両開きの扉を開け放つとハルタは出て行った。

 店内へ差し込む日差しが顔に当たり、ハーレーは目を瞑った。薄目に、去るハルタの目つきが狂気じみたものに見えた気がした。



 ※



「ハルタさんほどではありませんが、僕も稼ぎが激減しました。人気があったのはイカルガだけでした」


「イカルガが別格だっただけだろ」


 北ノ町の早朝の路地に、ビョークと湯葉丸の姿があった。ハルタの住んでいるモーテルの近くだ。

 まだ日が昇り切っておらず、辺りは薄暗い。


「一人で複数のヘルデを相手にできる潜りなんてそういない。イカルガが代わりものなだけだ」


「ま、ビギナーズラックってやつですね。僕たちは運が良かった。彼女を失った代償はデカい。それより、そっちは大丈夫なんですか? 咀嚼卿にクランを乗っ取られてたと聞きましたが」


「乗っ取られてない。マスターが調査中だ」


「マスターというと、ミャ王ですか」


 そう言ったところで、ビョークの足が止まる。


「なんですか、これは……」


 左手にモーテルが見える。かつてイカルガが住み、その後はハルタが借りていたものだ。そのモーテルの屋根から大木が突き出ていた。一本だけではない。まるで部屋の数だけ生えているようであった。モーテルは二階まであるから、一回の部屋数の二倍だろうか、とビョークは瞬時に部屋数を数え、計算しようとするが、また別のものに気を取られた。

 大木の一つ一つで、人が首を吊っていた。ぴんと張ったロープが見える。

 そして路地を挟んだモーテルの向かいに住宅が一つあり、その家の屋根からも大木が生えていた。屋根を突き破っている。

 同様に、誰かが首を吊っている。数は四人。

 入口には〈立ち入り禁止〉と書かれた黄色いテープが張られていた。


「悪いとは思ってるよ。地下墓地を閉鎖させちまって」


 と少し離れた先を歩く湯葉丸は言って、立ち止まるビョークに気付き足を止めた。


「どうかしたか?」


 この状況を見て、何故そんな質問が出て来るのか。

 ビョークは湯葉丸の言葉に耳を疑い、


「ど、どうかしたかって──は?」


「なんだよ、喧しいな。近所迷惑だ。静かにしろ」


「こ、ここ、こんなものを見て静かにしていられるわけないでしょ!」


 興奮してビョークは大声を出した。


「こんなものって?」


 湯葉丸のその言葉をきっかけに、ビョークの表情が真顔になる。何かを思い出したようだった。口を閉じ、そこに何かあるわけでもなく、視線が右下へ落ちた。考え事をしているのだ。


「湯葉、ちょっと言いですか」


「なんだよ」


「あれが見えますか?」


 ビョークは右手の住宅を指差した。


「ああ」


「誰か首を吊ってますよね」


「そうだな。見れば分かる」


 やはり湯葉丸の反応はおかしい。


「人族ではありませんね」


「多分トロルだろ、青いから」


 湯葉丸は目を細めて見上げた。


「その隣はオークか。それから小さいの二人。片方だけ青いな。トロルとオークの家族……四人家族か。珍しいな。でも自殺したみたいだ。あ、モーテルの方も──」


 と湯葉丸は次にモーテルへ興味を持ち、淡々と見える状況を述べた。

 その様子をビョークは不審な目で観察した。


「なんで自殺だって思ったんですか?」


 ビョークの問いに、解説をやめて湯葉丸が振り返った。


 首を吊っているのが人間かそれ以外かの区別はできる距離だ。トロルとオークは特徴的で分かりやすい。

 だが自殺であるとは断定できない。自殺を連想しやすい光景ではある。いい加減なことを言っているならその限りではない。

 だがビョークには、湯葉丸の言葉にしては随分と軽いように思えた。

 それ以前に、まず屋根から大木が生えていることに着目すべきだ。あれが自殺かどうかはその後だろう。モーテルの屋根にも、向いの住宅の屋根にも、この間イカルガの件で訪れた際には、このような大木はどこにもなかった。それを湯葉丸も知っているはずだ。

 単純な話が、建物の屋根を突き破って木が生えることは不自然だ。誰かが意図してやったというなら別だ。

 だが一体どこの独創的な建築デザイナーが、この北ノ町の土地の安い、木賃宿とその向かいの住宅の屋根から、大木を生やそうなどと思うだろうか。

 誰かの手によってこのような状況が起きていると考えるのが自然である。ビョークはそう考え、様子のおかしい湯葉丸へ顔を上げた。


「なんだよ」


 湯葉丸が不機嫌そうに訊いた。


 この不自然な状況がここにあることを知っていたとて、湯葉丸のこの反応はおかしかった。

 ビョークが顔を近づけてくるので、湯葉丸は嫌がって離れた。


「何も思わないのか?」


「何がだよ。てか近い」


「あれを見て何も思わないのか」


「あれって?」


 ビョークは何か確信を得たように、鞄から小瓶を取り出した。透明な瓶だ。中には白い煙のようなものが漂っている。


「湯葉丸、ちょっとこの瓶の中にある煙のにおい、確かめてくれないか?」


「ん、いいけど。何これ?」


「開発中の薬さ。魔法陣が練り込んであって、一時的に身体能力が向上するんだ」


「おおー、そういう使い方もできるのか、魔法陣って。なんて便利なんだ。いいけど、なんで今なんだ?」


 小瓶を湯葉丸の鼻の前まで近づけ、ビョークは蓋を開けた。


「吸い込んで」


 合図で一気に湯葉丸は吸い込む。信頼関係があるからこそ、躊躇いはなかった。


「おえー」


 湯葉丸がえずいて咳き込んだ。


「なんだよ、これ。めっちゃ臭い」


「あれを見て」


 ビョークがモーテルを指差した。「あっちも」と向かいの家も指差す。

 湯葉丸が言葉を失った。顔面に分かりやすい驚きが張り付いているようだった。いつもの湯葉丸だ、とビョークは安心し、「やっぱりですか」と確信を得たようなことを呟く。


「ややや、やばいって、あれ、やばいって、見てみろ、ビョーク、人が首吊ってるぞ」


「落ち着いてください。今説明して──」


 ヒヒーン!──。

 馬の鳴き声がきこえた。早朝の薄暗い路地に。

 会話が止まり、二人は同時に振り返る。

 路地の先に、一般的な馬の大きさからかけ離れた、巨大な黒い馬の姿があった。前脚が上がり後ろ脚だけで立っている。隆起した筋肉と艶のある黒い毛並みが、二人の位置からでも分かった。

 馬が駆けだした。真っすぐにこちらに向かってくる。二人は仰天しながら急いで路地の端に寄った。蹄の音が閑静な住宅街に響き渡る。

 馬が二人の目の前で止まった。

 二人はそろって瞬きをし、その馬の背に見えるまん丸な毛髪の塊を見た。驚きと恐怖で目が離せない。

 塊がぬっと動く。大量の毛髪の奥に、輪郭、唇、鼻筋、頬、額が見えた。二人は、それが人の首であることに気付いた。

 長く伸びたまつ毛により、その首の両目は見えなかった。

 首は二人へ顔を向けた。


「ベンジェンス……フォールズ……」


 首が喋った。

 ビョークがびくっとして、「ひゃっ」と声を漏らす。


「ベンジェンス・フォールズ……」


 首がまた言った。


「べっ、べべべ、ベンジェンス?」


 湯葉丸が言葉をなぞる。

 二人がそれ以上何も答えないでいたら、首は諦めたように顔を背け、すぐに馬が走り出した。


「今の見ましたか」


 馬の尻尾が見えなくなり、しばらくしてビョークが口を開く。まだ恐怖の余韻が表情に残っていた。


「馬の背に、首があった」


「ですよね」


「え」


「首ですよね、あれ」


「……うん。多分」

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