第2話 街の人たちが、なぜか僕を見ると姿勢が良くなる

黒鉄の洞窟から戻った翌朝、僕たちは王都の冒険者ギルドにいた。

昨日の探索報告を提出しに来ただけなのに、受付嬢のミーナさんが僕を見るなり、背筋を伸ばして深々と頭を下げてきた。


「マ、マルクさま……本日のご依頼は、どのような内容をご希望でしょうか」


声が震えている。

僕は慌てて手を振った。


「いえ、今日は報告だけで――」


「承知しました! すぐに処理いたしますので、どうか落ち着いてお待ちください!」


落ち着いてほしいのはこっちだ。

ミーナさんは普段、どんな相手にも柔らかく接する人なのに、

僕に対してだけ妙に緊張している。


パーティーのみんなは、僕の背後で気まずそうに視線を交わしていた。


「……ねえ、レオン。ミーナさん、なんであんなに怯えてるの?」


リリアが小声で尋ねる。


「きっと昨日の洞窟の件が、もう噂になってるんだ」


レオンがため息をつく。


「噂って?」


僕が振り返ると、三人は同時に目を逸らした。


なんだろう。

僕、何かしたかな?


報告を終え、ギルドを出ようとしたとき、

壁際にいた冒険者たちが一斉に姿勢を正した。


「お、おはようございます!」

「今日も、おつかれさまです!」

「す、すごい荷物ですね!」


僕は笑顔で返した。


「ありがとう。皆さんも頑張ってくださいね」


すると、彼らは一瞬固まり、次の瞬間、揃って深く頭を下げた。


「「「は、はいっ!」」」


……なんで敬語なんだろう。

僕、下っ端なのに。


ギルドを出ると、レオンが気まずそうに口を開いた。


「マルク、ちょっと話がある」


「どうしたんですか?」


「いや……その……お前の評判が、王都で少しずつ広がっていてな」


「評判?」


「“笑顔で魔物を屠る男”とか、“歩く大量虐殺ジェノサイド”とか、“魔王よりエグイ荷物持ち”とか……」


「誰がそんなことを?」


「知らん。だが、昨日の洞窟の跡地を見た冒険者も、かなり尾ひれをつけて話したらしい」


僕は首をかしげた。


「でも、魔物は危険ですし、倒したほうが安全ですよね?」


「倒し方の問題よ!」


リリアが思わず声を上げた。


「えっ?」


「普通は、あんな……あんなグッチャグチャにしないのよ!」


「そうなの?」


「「「そう!」」」


三人が揃って叫んだ。


僕は少し落ち込んだ。

念入りに倒しただけだったんだけどな。


そのまま街を歩いていると、商店街の人たちが妙に丁寧に挨拶してくる。


「マルクさん……さま、いつもありがとうございます!」

「今日もお元気そうで……なによりです!」

「どうぞ、うちの店の前はご自由に通ってください!」


通るだけで許可が必要なのだろうか。

僕は笑顔で会釈したが、商人たちはなぜか一歩下がった。


レオンが小声で言う。


「……マルク、お前、街の人たちにとって“触れちゃいけない存在”みたいに扱われてるぞ」


「えっ、僕そんなに迷惑かけましたっけ?」


「迷惑というか……恐怖……というか……」


カインが言い淀む。


「僕、誰かに危害を加えました?」


「いや、直接は……ないけど……」


リリアが視線をそらす。


なんだろう。

僕、そんなに怖いかな。


そんな空気の中、突然、通りの向こうから悲鳴が上がった。


「ひ、ひぃぃ! ゴブリンが出たぞ!」


見ると、荷馬車を襲おうとしているゴブリンが三匹。

街中に現れるなんて珍しい。


「レオンさん、行きましょう!」


僕が駆け出そうとすると、レオンが慌てて腕を掴んだ。


「待て待て待て! お前が行くと、地獄絵図になる!」


「そんなことしませんよ!」


「いや、結果的にそうなるんだ!」


レオンが必死に止めるので、僕は足を止めた。

代わりに、リリアが魔法を放ち、カインが結界で市民を守る。

レオンが剣でゴブリンを追い払う。


三人とも、僕が手を出す前に片付けようと必死だ。


数分後、ゴブリンは倒され、荷馬車の主人が深々と頭を下げた。


「助かりました! 本当にありがとうございます!」


レオンたちが胸を張る。

僕は後ろで拍手した。


「皆さん、すごいです!」


すると、荷馬車の主人が僕に気づき、顔色を変えた。


「ひっ……! あ、あの……マルクさま……?」


「はい?」


「い、いえっ! なんでもありません! ありがとうございました!」


主人は荷馬車を引きずるようにして逃げていった。


レオンたちは、なんとも言えない表情で僕を見た。


「……マルク。もうお前、何もしてないのに怖がられてるぞ」


「どうしてですか?」


「存在が怖……強すぎるのよ」


リリアが頭を抱える。


「存在が強いって、どういう意味です?」


「「「察して!」」」


三人が同時に叫んだ。


その日の夕方、宿に戻ると、

宿の主人が僕にだけ特大サイズの夕食を用意してくれた。


「マルクさま、どうぞ……こちら、サービスで……」


「ありがとうございます! でも、どうして僕だけ?」


「い、いえ……その……機嫌を損ねたくないといいますか……お気持ちを鎮めていただきたいといいますか」


「え?」


「ひぃっ! なんでもありません!」


主人は厨房に逃げていった。


レオンたちは、テーブル越しに僕を見つめていた。


「マルク……お前、今日一日で、街の人たちの“恐怖と畏敬の対象”になってるぞ」


「畏敬?普通に尊敬されるのは嬉しいですけど、怖がられるのは困りますね」


「いや、尊敬より恐怖が勝ってるだろ……」


カインがぼそりと言う。


「僕、そんなに怖いです?」


三人は、返事に困ったように息を飲む。


僕はスープを飲みながら考えた。

どうすれば、みんなに普通に接してもらえるんだろう。


いつでも笑顔でいれば、優しく見えると思っていた。

でも、どうやらそれだけでは足りないらしい。


明日は、もっと穏やかに過ごしてみよう。

街の人たちに、僕が危険じゃないと知ってもらうんだ。


そう決意したところで、レオンがぽつりと言った。


「……お前、さらに穏やかぶろうとしているだろう。そういうところが逆に怖いんだよ……」


「えっ?」


「いや、ごめん。なんでもない。怒らないで……」


なんでもないと言いながら、三人とも微妙に距離を取っている。


僕は今も満面の笑顔だ。でも、どうしてだろう。

笑えば笑うほど、周囲の緊張感が伝わってくる気がする――?

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本当は怖い荷物持ち 茶電子素 @unitarte

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