第3話 雨の静寂と希望のささやき
くすんだ黒い橋の欄干を強い雨が容赦なく叩きつける。橋の下の濁流は、陰鬱なまでに残酷に流れ続けた。激しくなる雨水が頭や肩にかかっても気にならない様子で、小雪はただ川の流れをみつめていた。
「何してるの?」
そう話しかけてきたのは、赤い傘を差した若い女だ。暗くてよく見えないが、橋の先の工事車両の赤いテールランプが、大きな瞳となめらかな卵型の頬に反射していた。
「どうしたの?」
その女性は心配した声で訊く。少年はもう我慢の限界だった。
「僕、検査したら発達障害だって言われて」
小雪の頬につたう水は、雨と涙の区別もつかない。話を聴いていた女性は、自然な動きで、何も言わずに赤い傘の中に少年を招き入れた。
彼は、堰を切ったように打ち明ける。
「病院でも治らない障害だって言われて、親にも泣かれました」
女性の体がわずかにピクリと動く。
雨は一層強く傘を叩きつける。傘の持ち主である女性は、少年の嗚咽が止まるまでただ静かに沈黙を守った。赤い傘から半分はみ出た肩が雨で濡れても、彼の傍に寄り添い続ける。
そして、小さな傘のなかで、少年の頭を撫でた。
「キミは、いい子だね」
その言葉は小雪にとっては意外で、涙が止まる。少年が落ち着いたのを確認すると、女性は傘を渡しながら言った。
「人間は、欠けているほうが魅力的よ」
カバンから車のキーを取り出す。彼女が去ろうとしているのだと察すると、小雪は申し訳なく思い、咄嗟に言った。
「お名前、教えてください!」
女性は、しばしの沈黙のあとに言う。
「高嶺凛」
車を駐車している場所に、雨に当たりながらも彼女が歩いていくと、急に振り返った。
「親御さんが心配するから、早く帰りなさいね」
そう言い残すと、凛が乗った車のテールランプは雨の中に小さく消えていく。
彼女が現れたのは、本当にわずかな時間だった。しかし、その出会いは、橋の下の濁流の一瞬の静寂のように、心に穏やかさが流れた。
川の流れが止まらないように、いつまでも同じ場所に立ち止まっているわけにはいかない。
赤い傘をさしながら、一歩、また一歩と進み始める。
雨はまだ降り続いている。しかし心は、水源のような希望で満ち溢れていた。
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