第2話
彼女を診ることになった医者は、かつて天才と呼ばれた外科医でありました。
腕は確かで、判断は速く、命を切り分けることに躊躇がありませんでした。彼は、必ず患者を救う男でした。
それゆえに、「優しすぎる」と言われる自分を、彼自身が最も嫌っていました。
初めてツノ持ちの少女と向き合った診察の日、窓の外は雨でありました。隔離病棟に雨の音は部屋全体に響いていました。少女は、ベッドの上で膝を抱えていました。
「E-17」
名前で呼ぶなという上司の命令でした。
呼ばれた瞬間、少女は露骨に眉をひそめました。
「……それ、きらい」
「決まりだ、仕方ないだろう……」
男は視線を逸らしました。
少女はまるで、野生動物のようでした。
何を考えているのか未知数で、近づけば噛みつきそうで、でも目の奥には、強い怯えがありました。
日々、データは増えていきます。
それは「災厄」ではなく、「感情の器官」でした。
角は武器ではなく、防具でもなく、ましてや呪いでもありませんでした。それは、彼女が世界を受け止めきれなかった痕跡でした。
生まれ落ちた瞬間、抱きしめる腕を持たなかったこと。
泣いた声を「うるさい」と言われたこと。
怖いという感情を、誰にも翻訳してもらえなかったこと。
それらすべてが、言葉になれなかった分だけ、形を持ってしまったのです。
だから角は、怒りで伸び、恐怖で震え、孤独で軋みました。
自然災害とは、彼女の感情が外に漏れた結果でしかなく、人間が涙を流すように、彼女は嵐を流していただけなのでした。
血液、脳波、角の状態。そして、感情の揺れ。
彼女が笑うと空が澄み、怒ると雷が轟き、泣くと海が荒れました。
そのたびに、医者は胸の奥で、自分が裁判官の席に座らされているような気分になりました。
ある日、少女がぽつりと言いました。
「このツノね……」
男は顔を上げました。
「ママのお腹を突き破って、生えてきたの」
男は息を呑みました。
「人が死なないために、切らなきゃいけないのは分かってる。でも……怖いの……」
その声は、ツノが生えた人間では無い何かではなく、ただの女の子のものでした。
「先生……私のツノ、切られちゃうの?」
男は答えられませんでした。
自分の優しさが、彼女を裏切る準備でしかないことを、誰よりも自分が知っていたからです。
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